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人は「落とさない」「誑(た)らさない」

早速、拙note第1回目にたくさんの方から「いいね」をいただき、心からかんうれしいです。感謝いたします。

実は、こういった自分のことを表現することは苦手、というか恐怖心すら感じています。

なぜなら、新聞記者が文章を書くときは、極力「自分」を出ないように努めているからです。新聞記事に求められているものは「客観性」。つまり自分の感情や考えをできるだけ抑えることこそが、「いい文章」とされているのです。

四半世紀、封印してきた「自分」を解き放つのは簡単ではありません。
そんな中、つたない文章をたくさんの方々ご高覧いただき御激励のお言葉をいただいたことは、望外の喜びです。

その一人、長野県に住む母親(70)から連絡がありました。拙文を読んでいて、20年前のあるシーンを思い出したそうです。当時は大阪社会部におり、母が自宅に遊びに来ていました。

「健司が朝、サイドボードに頭を突っ込んで、ウイスキーのボトルを取り出したの。『どうするの』って聞いたら、『ホームレスのおっちゃんと一緒に飲むんだ』ってうれしそうに言っていたのよ。新聞記者ってそんなことまでするのね、って感心した。すごくあなたらしいシーンだったから今でも鮮明に覚えているのよ」

本人はすっかり忘れていたのですが、母のエピソードを聞いて思い出しました。

当時、天王寺動物園の記者クラブで、大阪市西成区の「あいりん地区」を担当していました。多くの日雇い労働者が暮らしており、広場や路上には職や家を失ったホームレスの人たちもいました。私は、ルポをしようと地区内を歩き回りました。ところが、声をかけてもほとんど相手にしてもらえず、「よそ者の若造に話すことはない」「取材を受けても何も得はない」と断られ続けました。

何とか信用してもらい話を聞けないだろうか――。

そこで考えたのが、「酒盛り作戦」でした。昼間から路上で酒を飲んでいるおっちゃんたちと一緒に飲もう、と考えました。

おっちゃんたちは少しずつですが、身の上話をしてくれるようになりました。半年ほど過ぎた時には、ほぼ顔見知りになりました。

この「酒盛り作戦」は、北京特派員になっても有効でした。中国・上海郊外の空母建造の工場では、作業員が仕事を終えるのを見計らって、夜な夜なアルコール50度を超える白酒をあおりながら、話を聞いたものです。

私は同僚や後輩、同業他社の記者から「峯村さんって人誑しですね」「どうやって取材対象を落としたのですか」と、しばしば聞かれます。でも、この「人誑し」「落とす」という言葉が大嫌いです。そこには、駆け引きやだますといった要素があるからです。

たとえ、どんな人であっても、目線を同じにして、真剣に発言に耳を傾ける。そうした心と心の交流によって信頼を得ていくしかないと思っています。これはたとえ、どんな偉い政治家や役人に対してでも同じです。もちろん国籍も関係ありません。

どんなスクープや単独インタビューをする際でも基本は同じです。特派員時代は、中国国家主席を含む高官や米ホワイトハウス当局らに取材する機会がありました。その際も、「あいりん地区」のおっちゃんたちと同じやり方で接しました。

人の信頼を得るのに、奇策も近道もありません。真摯に向き合うことしかないのです。そんな当たり前の「初心」を忘れずに、毎日愚直に繰り返すことが、スクープへの唯一の方法だと信じています。 


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