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コーヒーは苦い飲み物?

 イランにコーヒーがいつ頃伝わったのかという話はすでにしたが、その当時どのように飲んでいたのかということをまだ話していなかった。
 中東でコーヒーのたて方というと、粉状にして煮だすことで知られているが、大きく二つの流儀に分かれる。一つ目はアラビア半島で見られるような、浅く煎った豆を用い、少し緑みがかったクリーム色をしたコーヒーである。コーヒーに加えて、カルダモンやクローブ、少し贅沢になるとサフランなどのスパイスなどを入れることもある。二つ目は、こちらも場合によってカルダモンなどで風味をつけるが、深く焙煎した豆を用いた、いわゆるトルコ・コーヒーである。

 エスプレッソやペーパーフィルターを用いた「ヨーロッパ式」のコーヒーを除けば、今日のイランで見かけるコーヒーの立て方としては、後者のトルコ・コーヒーである。イランにコーヒーが伝わったサファヴィー朝期にも、この方式で飲まれていたと一般的には考えられている。たとえば、サファヴィー朝期の交易の専門家であるルーディー・マッティー(Rudi Matthee)がイスラーム百科事典第三版で執筆したイランのコーヒーとコーヒーハウスの項目にも同じような説明がなされている[Matthee 2015]。

 サファヴィー朝期のコーヒーは、冬の飲み物であり、時にカルダモンを加えたものの、砂糖やミルクを入れずに飲まれていた。また飲むほかに、乾燥させて、粉末にし、焙煎して水に入れずに用いたり、蜂蜜を混ぜてペーストにして用いたようだ。その当時コーヒーはどこからやってきたのかというと、一つはイェメンのモカであった。そこから陸路でオスマン朝の領土を超えてもたらされたものもあったものの、17世紀にはほとんどが英国東インド会社やアラブ商人よって海路でペルシア湾の町バンダレ・アッバースに運ばれたようだ。またセイロンからも運ばれ、オランダ東インド会社によって18世紀前半までペルシア湾に運ばれたようだ。

 コーヒーを飲むための陶器のカップ、いわゆるフィンジャーンもオランダ東インド会社が輸出しており、1644~5年だけでも約27万個がイラン向けに発送した。「売れ筋商品」ということもあり、領内のケルマーンなどでも作られたようである。イランを含め中東向けの陶器の輸出については、近代以降には日本も関係してくるのだが、この辺りについては西尾哲夫・東長靖編『中東・イスラーム世界への30の扉』に所収の「迷子のバラの物語――近現代日本の陶磁器輸出と中東」を読んでいただけば簡潔にまとめられている。

 ところで、上記のようにサファヴィー朝期には苦いトルコ・コーヒーが飲まれていたと考えるのが一般的であるものの、アンナ・マレカ(Anna Malecka)が興味深い研究を発表している。彼女は確かもともとはサファヴィー朝期の細密画の専門家だったと思う(あんまり自信がない)。彼女はポーランド出身のイエズス会の修道士Jan Tadeusz Krusińskiが18世紀前半に著したオスマン朝とサファヴィー朝のコーヒー論を翻訳するとともに、解題のなかで通説とは異なるペルシアのコーヒーの飲み方がなされた説明であることを指摘している[Malecka 2015]。

 Krusińskiは長くサファヴィー朝領内に滞在し、当時のイラン社会について造詣が深い人物であった。そのため彼の記述は旅行者による思い込みとは異なり、十分に信頼に値する。その彼のコーヒー論には、当時のイランのコーヒー豆の焙煎と立て方、そして飲み方について説明がある。

 彼によれば、焙煎の際には、ペルシアではビターアーモンドと油分のために生アーモンドを少し加えられていたという[Malecka 2015: 190]。また立てる際には、香りのためにクローブをいくつか加え、消化のためにシナモンなどを加えていたという[Malecka 2015: 192]。問題はここからで、飲む際には苦味を「和らげる」ために「氷砂糖」を口に入れて飲んでいたという[Malecka 2015: 192]。これは今日のイランで紅茶を飲む際に、ガンドと呼ばれるイラン式のシュガーローフ片を口に含む姿を彷彿とさせる説明である。一方で、繰り返すようにミルクや砂糖を入れないという上記の通説と異なるコーヒーの飲み方であるのだ。

 さて、こうした「コーヒー道」がサファヴィー朝期のイランにはあったが、ガージャール朝の後期になるとコーヒーは茶にとって替わられるようになった。ガージャール朝期に茶の栽培に成功したことで価格が下がったことも一因であったが、はたまた他にどのような要因もあったのだろうか。

つづく

参考文献
Malecka, Anna. 2015. “How Turks and Persians Drank Coffee: A Little-known Document of Social History by Father J. T. Krusiński.” Turkish Historical Review, 6(2): 175-193.
Matthee, Rudi. 2015. “Coffee and Coffeehouses in Iran” Encyclopedia of Islam, 3rd edition, vol. 3, pp. 95-101.


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