中小企業再編の賛否
ここ数年で一気にその名が広まってきたデービッド・アトキンソン氏。彼がいまから5年前に『新・観光立国論』で日本の進むべき道を唱え、政府もその路線を地で行った結果、すさまじい勢いで観光大国にすすんでいった日本。現総理が信奉するのも無理はない。「言ったとおりにやったら言ったとおりになった」といった発言もでるくらいだ。オーバーツーリズムという言葉も広がるほど来日観光客は増え続け、新型コロナさえなければ、その数は右肩上がりだったのは過言ではない。
同氏は小西美術工藝社の社長として日光の復活にも貢献するだけでなく、茶道にも精通し日本人以上に日本の文化を尊重している部分があるため、単なるポジショントークをする投資家というわけでもないようだ。
そのアトキンソン氏、日本経済の足を引っ張っているのは日本の99%を占める中小企業の中に埋もれる大量の非生産的企業だと指摘している。
彼のバックグラウンドはゴールドマンサックスだからというわけでなく、非常に論理的な考えの持ち主だということは、その著書や数多くの取材記事を見たことがある方ならわかるだろう。物事をデータと事実ベースでとらえ、そこから現実的な案を展開する。もちろん批判するような意見もネット上のコメントにみつけるのは簡単だ。が、それらの多くは感情論で「~に違いない」「~と思う」といった感覚で語るものが続く。しまいには非常に個人的な範囲ので話を元に「~の方がいい」「~になるべきだ」と希望がベースになっているものも少なくない。統計情報まで否定する人もいる始末だ。
もちろん、アトキンソン氏のいうことは探せば穴があるかもしれない。100案があれば、そのうち正しいのは90、もしくは80かもしれない。一方で批判する人々はまともな対案を出すどころか、良案が40、30あればいい方で残りがかなり現実離れしたものや、むしろマイナスに進む可能性が高いものまで含まれている。ここでは「この人のこの意見がそれ」と名指しすることは避けるが、一通り眺めてみると見えてくるものがある。
事実、先進国の中で成長の置いてけぼりをくらっているのは日本くらいだ。この四半世紀でリーマンショック等世界規模の経済的危機を迎えたのはどの国も同じであれど、復活と成長が「伸びしろのまま」だ。アベノミクスでなんとか上向きにはできていたものの、さらなる成長を見せるには政府におんぶにだっこではなく、現実的に日本全体で改革が必要になる。
一つに最低賃金の底上げについて考えてみる。
その前にスイス等のヨーロッパに滞在したことがある方ならご存じだろうが、外食にするにも外で何か買うにしてもすさまじく物価が高いと感じる。レストランで一皿頼むと2500円あたりが底値になる。マクドナルドでも1セット頼むとすぐそれくらいになってしまう。これは日本が他の先進国と同じような成長を遂げていればそこまで感じることがなかったであろう落差の一つだ。それが成り立つのは人々の給与が高いからで、マクドナルドの店員や街の清掃員が月軽く40ドルほどの給与を稼ぐことも珍しくない。
ここ数年の日本への観光客の増加の一つがここにもある。中国等大量に富豪が増えつつある国からすると日本は「近くて安い国」とすらみられることもある。日本は現代の「没落貴族」と揶揄されることもあるほど、過去の栄光にしがみついて、現実から目を背ける人や企業が多い国とも言われる。
成長激しいアジアの諸国の超富裕層からお金を落としていってもらわざるを得ない部分があるのは正直否めないのだ。
そこで国民全体の所得を増やす必要がある。ベーシックインカムを導入して「少なくとも生きることはできる」状態をつくるとともに底上げするという手も一つあるが、それだけでは全体があがるに苦しいのではないだろうか。
やはり生産性をあげて一人一人の実入りを増やす方向で考える必要がでてくる。それが最低賃金をあげるというものである。「そんな財源どこにあるんだ」と思う方は多いだろう。しかし、世の中には赤字垂れ流しやサービス残業を押し付けてギリギリ会社のていをなしている企業がどれほどあるか考えたことはあるだろうか。労働に対して正当な対価を支払っていない会社は、うん万社程度では済まない。この赤字部分を消すだけでも何兆円浮かせることができるだろうか。これもまた生産性をあげる一つのヒントだ。
では生産性はどのように測り、国ごとに比較できるだろうか。例えば国の経済規模を示す指標にGDPがある、それを生み出した人々の労働時間でわると、一人当たりいくらの価値を生み出したかがわかる。「1人当たりGDP」という言い方で、それを国別に比較するといった手法も一般的だ。
他の先進国には珍しい「サービス残業」が、いまのご時世でも軽く見積もって1割あると仮定する。週40時間、月160時間が定時内とし、毎日1、2時間程度残業しその30時間前後は残業代がでるものの、朝少し早くきていたり、少し遅く帰る日があったりで+20時間ほど無収入の労働が毎月発生しているという計算だ。これが年間240時間。公表されている一人平均年間1800時間程度毎年働くというのは「登録された」「届け出された」時間であり、現実には2000時間を超えているのは考え得る範囲内になる。十分長すぎると言えるだろう。
そして日本のGDPは500兆円を超えるものの、一人当たりの400万ドルに満たないといわれている。それはここ数年伸び悩み、新興国が刻一刻と迫ってきている。
少し物事が複雑になるのは、ただ単に労働時間を短くすればいいというわけではないというものだ。というよりは、1時間あたりの価値を増やす必要がある。例えば、バイトで1時間働いて1000円しかもらえない人を大量生産するのではなく、もしそれに価値があるのなら極端な話、3000円でも4000円でも支払うのがよいという話だ。
もちろん日本人に国民的な性格もあり「そんなにもらうなんて申し訳ない」や「なんかヤバい仕事なんじゃないだろうか」と思ってしまう人が多いのは理解できる。一方で、1時間に何十万も稼いでいる人がいるのも事実なのだ。
そこまで極端な話でなくとも、例えば毎年1割づつでもいいのでいまの給料を上げていくことはできないかと考える。「いやいや、10%とか会社の成長が追い付かないし従業員に支払えない」という経営者は多いかもしれない。
では5%ならどうか。正直1割すら成長せず、従業員に5%の給与上昇を実現できないような企業は果たして社会的な意義がどれほどあるだろうか。中には、ほぼボランティア活動のような利益を度外視した組織・団体もあるだろう。しかし、それは利潤を追求する会社組織だった場合、健全と言えるだろうか。
「そんなこと言ったら財務状況の苦しい中小企業の多くは倒産してしまう」と思う人は多いかもしれない。それがアトキンソン氏の示唆するところだ。日本にある300万社ある中小企業のうち160万社ほどは淘汰または統合されるべきだと主張している。解釈としてあり得るのは「ブラック企業としてしか経営できない経営者は市場から去り、いままでしいたげられて安い給与で雇われていた従業員は高給の出せる企業に移り、元からいた従業員はその差をつけるべくさらに昇給し、その高給を出せるホワイト企業が規模を拡大することで成長し続ければ、国全体がプラスに転じる」というものだ。
つまるところ、徐々にでもブラック企業が消え、日本から赤字部分が消え、そこで浮いた部分で、日本人一人ひとりの生み出したものの支払われていなかった部分の価値に支払われることで価値となり、全体としてGDPがあがる。そこに来て昨今の働き方改革が進めば、より短い時間でGDPを増加することができるため生産性があがるといものだ。
同氏によると大企業は生産性が高いとのことだが、その真偽は別として、大規模な組織が一括でできることが多いメリットは、細かく分かれた社会的意義の疑わしい中小企業がそれぞれ重複した仕事をするよりは良いのは明らかだろう。
注意してほしいのは中小企業すべてと言っているのではなく、ブラック経営でしか存続できない中小企業ののことだ。日本にはすばらいい中小企業が多いのは絶対に見逃してはいけない。
これにはブラック経営をしてきた中小企業の経営者たちは断固として反対し、言い訳ともとれる反論の数々を並べるのは想定の範囲だ。いままで弱者を利用しつ甘い汁を吸ってきた分際で、何を言うか。まさに「恥を知れ」だ。
まず今の日本で目指すべきは、ブラック経営者を追放し、すばらしい中小企業だけが残り、その統廃合再編を通じで日本全体の生産性を向上し、再び世界でのプレゼンスを取り戻すことではないだろうか。
これが最後のチャンスというつもりで、一人ひとりが理解し、プラスな方向に動くことを期待したい。
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