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20.Pessimism never won any battle.

「それじゃあ予定通りメイン通りにぼくらのサークルが映像モニターを設置する。君たちはぼくらのサークルの敷地内を使用すればいい」

『塚元敬』先輩が文化祭開始予定の十時より一時間早く学生棟を訪れたぼくと白河君に作成した映像作品の公開場所を提案する。

「ありがとうございます。それで構いません。ひと目に出来る限り触れる場所で見て欲しい作品なので。設置はぼくらが自分たちでやりますね」

ノートPCにカーバッテリーを利用した給電装置を使い、十時から十六時までの間、モニターに映像を流し続ける。

生成されるアルゴリズムはちょうど二十四パターン。

人から発する微弱な電流を感知して類型を二十四種類生成するけれど基本的には同じ映像が循環して流れ続ける。

犯人は機能的和声理論に基づいた調性を人間の肋骨に擬えてぼくらに何かしらのメッセージを伝えようとしている。

「場所は中央図書館近くのこの青いベンチの脇。正門に向かって左側が映像研。右側が現代視覚研。映像研は昨日のうちに設置済みだ。ぼくらも急いで準備をしよう」

ぼくと白河君は映像出力モニターを視線に合わせて設置してPCと接続してプログラミングしたアプリケーションと映像を繋ぎ合わせて出力する。

電源はカーバッテリーを利用してインバータへ接続したもので供給することで朝から夕方ぐらいまでは問題なく作成した映像を流し続けることが出来そうだ。

十時に近づくにつれ、模擬店のスタッフも集まり始めて徐々に活気に溢れて学祭の雰囲気がキャンパス内を満たし始める。

「問題はこんなキャンパスの端っこまで人が来てくれるかどうか分からないところでござるな。多くの人に見られる必要性はないとはいえ、映像研と同じく路上上映は必須。彼らもまるで嫌がらせのようにわざとこんな場所をとったのでござろう。なんと無茶をする先輩であろうか」

大学内に長くいる為か管理委員の学生と強いコネクションでも持っているのか文化系サークルが堂々とこんな場所に出展出来ているのはひとえに『塚元敬』先輩の無駄に長いキャンパスライフのお陰だろう。

チャラ系サークルの訝しげな視線に耐えながらぼくらは映像を流し始めてほっと一息つき、合流した昨日のカジュアルな格好とは打って変わって少しだけフォーマルな服装を意識した紺色のジャッケットの沙耶と赤いカットソーの上にカジュアルな黒いカーディガンを羽織ったルルが持ってきてくれたホットコーヒーに口をつける。

「お疲れ様。これなら私も役に立てたのかな。機械とコミュニケーションの取れる映像作品。個性っていう問題をアルゴリズムとして解釈して和声理論的変化を楽しめるというのは作品としてもすごく優秀だね。裸を見られているっていうのはすごく恥ずかしいけど」

「顔は映ってないし、お前の彼氏でもなければ気付くことはないだろ。たぶん」

照れ臭そうに映像作品をみて磁気センサーに反応するモニターに手を近づけながらパターン解析によりノイズの発生するビデオを見て沙耶がとても楽しそうだ。

「元々、小生たちが遊びで開発していたパーツの寄せ集めでござるからな。理論的な問題さえ解決すれば映像作品の作成以外ではそれほど問題にはならなかったでござる」

「『天才発見』君だったな。お前たちが恣意的に組み込んだ磁気センサーに反応する装置の名前は。ほとんど占いみたいなものだったがこんなところで役に立つとはな」

黒いギャルソンのジャケットを着た乖次も到着してぼくらの作品について感想を述べる。

ちらほらと人が増え始めると、時折ぼくらの模擬展の前で立ち止まりモニターに向かって自己認識を深めていく学生が訪れる。

けれど、恐らく特に何の変化もなくぼくらも気にかけることないまま皆通り過ぎていく。もし、ぼくらの求めている人物が現れたとして気付くことが出来るのだろうか。

「それにしても『塚元敬』先輩の作品は相変わらず何を考えているのでござろうか。『神座琴子』がまたしても主演女優。前回の陵辱の極みを目指した作品もどうかしていたでござるが今回のはなんとももはや」

「確か主題は純粋であるということ。ピュアにヒロインを愛するがあまりに世界を破滅寸前まで追い込んでいく主人公の話といっていたかな」

映像モニターには、白いワンピースを着た『神座琴子』演じるヒロイン『お琴』が草原を歩くシーンが映し出されている。

ハーシュノイズが縦横無尽に走り回り聞くに耐えない音響が鳴り響き、誰一人映像に目も止めようとしない。

何故このようなシーンを作ろうと思ったのか耳を疑うがなんだか見ていると特別な自分になったような気がしてついつい引き込まれてしまう。

じっくりモニターを覗いているとお琴が近付いてきて胸を押し付けてくる。

「強引に捻じ伏せられてしまいそうな映像でござるな。曖昧な状態のままワイヤーの上を歩くような作品でござる」

「そうなのかな。ゴジラが暴れ回って我侭を押し通しているだけみたいって思ったよ」

「恋は盲目ってことになるのかな。とてもチープな話を複雑で難解なものとして表現しているけれど」

「まぁ。そうだね。大体のことは現実には小難しくてセックスをしただけで解決する訳じゃないね」

『塚元敬』先輩が角刈りのむさ苦しい男の役、『泰地』という役名でひたすらに汗を掻き走り回っている。

表情がアップで映されて決して美しいとは言えない男の姿はどこかでみたことがあるような気がする。

「この部分は大変だったんだよ。CGでいいじゃんって言ったのに宙吊りにされたまま天井を歩かされた。スカートに針金をいれたり仕込みをいれたりさ」

教室らしき場所でお琴が天井をとても優雅に歩き回っている。

『泰地』が跳ねたり飛んだりしながら彼女を掴み取ろうとしているけれど、決して手が届かない。

「ほとんどが体当たり映像なあたりは変わらないでござるな。無駄に細かい場所でCGを組み込んでいて本来使いたい場所はそのままでござるか。」

『泰地』は上半身裸になり布団一枚の部屋でお琴と一夜を過ごす。小さな注射器の針だけを静脈に突き刺す。

痛みを訴える表情に『泰地』は戸惑いを覚えるのだけど、溢れ出てくる血液に劣情が抑えきれなくなり口をつけとてもむさ苦しい表情を血で汚す。

『お琴』から流れ出てくる血液で二人の身体が赤く染まってしまう。

「ねぇ、素っ裸で部屋の外に出ろって指示する塚元さんをどう思う? まるで、私のことを小道具扱いだよ。やってらんないね」

「そんな作品作りに何度も付き合っているのだから神座共も相当信頼を寄せているでござるな。それに小生でもこのシーンは美しいと感じてしまうでござるな」

白河君は珍しく勃起せずに『お琴』と『泰地』の好意に向き合っている。

性的映像というよりは鑑賞するものをぽっかり空いた暗闇へ突き落としてしまおうと二人が命のやり取りをしようとしているように感じてしまうのだろうか。

昭和初期のアパートを思わせる六畳一間で古びた煎餅布団の上で血に塗れていた『お琴』は突然『泰地』の横っ面を引っ叩き、逃げ出してしまおうと硝子の引戸から飛び出ようとする。

『泰地』は立ち上がり、後を追い、『お琴』の腕を掴むと床に伏せて懇願するような表情を浮かべて笑顔を溢す。

何かを察したように見下した感情とどうにもならない傷跡を埋めるように『お琴』は陰毛の隙間から尿を出して『泰地』は一滴残らず飲み干そうと喉を唸らしている。

「完全にCG無しなんだけど、どうしてかこのシーンに変調した雨の音を差し込みたいって百豪さんが言ってきたんだよね。雨の音の裏でずっと可聴帯域ぎりぎりの純音がなっているだけのさ」

「このおじさん、これがしたいだけの為にこの映画をとったと思うんですよね。『PURE』ってタイトルも下手だしさ。けど、まぁ、確かAVではこれは撮れない作品だね」

『神座琴子』が愚痴を零している傍から藤洋子がミニスカートに紫色のタイツとロングブーツに黒い丸首で袖の長いセーターを着て現れる。セーターの糸の解けた感じがなんだか『藤葉子』のやる気のなさを窺い知れてしまう。

「君が出演してみればよかったんじゃないのかな。体当たりは得意そうなのに」

「だから私は撮るのが専門なんだってば。脱いだりは絶対にしないよ」

「私も君に頼んだりはしないさ。神座は素っ裸で路上を歩くことをなんとも思っていない。裸ならば美しい瞬間の一つや二つ簡単に見つけられるさ」

『塚元敬』先輩が『神座琴子』と藤の間から顔を出して二人の肩に両手を乗せて何かとても満足気な、表情を浮かべている。

気がつくと彼らの後ろには映像研のビデオ作品を眺めている学生や来客者たちがちらほら集まりだして映像を食い入るように魅入ってあれこれ噂話をしている。

「視聴覚室みたいな場所で見るよりこういう公的な空間で上映するのにふさわしい作品ですね。露出狂が自慰行為を初めて辞める瞬間みたいなものをこれだけ生々しく捉えるとは」

きっと誰も商業配給なんてしないでしょうねといいそうになったが、案外とこういうものを求めているのかもしれないと集まってきている学生たちの顔をみてそんなことを考える。

人だかりが出来てぼくらの作品の前でも手をかざすたびにループ再生されるグランドピアノのスケールが切り替わり感情のアルゴリズムを作り続けるビデオで自分の姿を見つけようとする人が増えてくる。

(うん。この場所だよ。もう逃げなくていいだろ)

ふと、人混みの中にどうしても目が離せないぐらいに美しくてまるで吸い込まれるような魅力を持った女性の姿を発見する。

黒くて艶のある長い髪と赤い口紅が初めてみつけた宝石みたいに輝いているような気がして、あまり起伏のない胸に黒い長袖のミニスカートワンピースにタイツを履いておろしたてのスニーカーを履いて立っている。

もしかしたら、彼女の姿にはぼくしか気づかなかったのかもしれない。

人混みに紛れて浮かびあがる姿にとてもふしだらな気持ちが芽生えて罪悪感に苛まれてしまうけれど、そんな気持ちを凌駕するぐらいに触れたいという気持ちが押し寄せてきてぼくは脚を動かし彼女に近付こうとする。

いつのまにかぼくらの映像作品の周りに集まっていた人々が相互反応に飽きて後ろを振り返り立ち去ろうとして彼女だけが映像を真っ直ぐ見つめて近付いて右手をゆっくりとかざす。

PCのアプリケーションが反応してスピーカから再生されるピアノが反転した音を鳴らしてスケールに嵌まり込むのを避けるようにして逆回転する。沙耶の裸が映し出されたあたりで映像が極端に乱れて二五六色のピクセルが黒髪の彼女によく似た形を作り出しておはようと唇を動かして笑い始める。

彼女は右手の人差し指をかざしてモニターに近付けるとほんの一瞬だけぼくの方へ振り向く。

──やっぱり私を助けてくれなかったね──と小さな声で彼女は呟いてその時振り向いた顔が桃枝の厚い唇によく似ていて、ぼくは思わず彼女に話し掛けようと脚を踏み出して前に進ませると黒い髪の彼女はゆっくりと右手のひらをモニターに近付けていくと吸い込まれるように彼女の体が右手からモザイク状に分解されてデジタル信号へと変換されるとそのまま実体を失くして映像の中へと吸い込まれていく。

彼女のいなくなったアスファルトが何故か血液のような赤い液体で濡れていてその上には桃枝の机の中に残されていた銀色の指輪と対になっていた銀色のネックレスが地面に落ちている。

「へー。人様の学校くるのは殆んどナインヤけど、明らかに空が怒って唸り声をあげている。タイムリミットや。談判破裂して暴力の出番、チューことや」

赤いショートヘアに黒いライダースジャッケットにブラックスリムパンツとスニーカーという出立の女性が大学東門から学祭で盛り上がる校内へと入ってくる。

一際目立つ髪型と常人とは違うというオーラを身にまとった彼女はひと目なんて気にすることなくまっすぐと学生たちでごった返す銀杏並木沿いを進んでいく。

「なんでこのネックレスがこんな場所にあるんだ。去年の夏休みにバイトして買って桃枝にプレゼントしたネックレスだ」

濡れた地面からネックレスを拾い上げると後ろから白河君が肩を叩いてぼくに話し掛ける。

「見たでござるな。けれど小生たちの予測を遥かに上回るシンクロ率でござる」

「消失したというよりも還元されたというべきか。思念はエネルギーだという理論は間違っていなかった」

忘れたくてどうにか描き消してしまいたくて脳味噌の記憶と全身を駆け巡る血液の隅々までこびりついていた桃枝の惨殺現場が再び頭の中に再生される。

消えてしまわないように誰にもバレないような場所に隠していた感情が振り切れたまま蘇ってきてぼくに襲い掛かってくる。

力を込めて握りしめたネックレスが右手の平に食い込んで皮膚を引き裂こうとする。

何もかも諦めてしまおうと思った瞬間に赤い髪のショートヘアの女性がモニターの前に立ち、ぼくの目の前に現れる。

「西田死織先輩ですか。何故こんなところに現れるんですか」

「ほぉ。お前みたいな奴が私のことを覚えているとは不名誉なことや。お前は憎しみをデータに変えようと思っていたんとちゃうかな」

「機械が人間の言葉を覚えて人間を食い散らかしにやってきた。だからぼくはやつの友達を作ってやっただけです」

「ほなら、行ってこい。深淵なるマトリクスの向こう側へ。此処から先はヒーローの出番や。お前が相応しいかどうかウチが試したる」

「試す? ぼくがヒーロー?」

赤いショートヘアの女性が右手に力を込めて握りしめると拳に光が収束し始めて右胸を後ろに引いて大きく息を吸う。

「いくで。新しい世界をお前に見せたるわ。西田新天流奥義。真・光斬拳」

西田死織が呟くと右手を引いた反動のまま右拳を振り抜いて映像モニターへ向けて撃ち抜くと、拳の道筋に沿って光が走り空間が断裂してぼくを引き摺り込もうとエネルギーが内向きに収束する。

白河君が咄嗟に手を掴むけれど呑み込まれる力の方が強く抗うことの出来ないままぼくと白河君はモニターに呑み込まれた黒い髪の女のようにモザイク状に分解されてデータへ還元されるとそのまま乖次や映像研のみんなの前から姿を消してしまう。

「ここが私の頭の中ってことね。『クロウ』。お前が消えれば私は自由だ。願いを叶えてあげるよ。私は『田神李淵』だ」

『田神李淵』は今いる自分の場所を確認するようにして当たりを見回す。

目の前には階段がありあたりにはデブリのような機械の破片やバラバラになった人間の身体の一部が浮かんでいて、遠くの方に逆さまの床に座り込んでいる『柵九郎』の姿が見える。

(出来ることなら私たちはこのままお前の中にとどまることを望む。聖戦によって我々の生贄を必ず勝ちとるんだ。リエン)

アラブ系の顔立ちをした男が逆さまの階段を登って扉を開けて抜け出ると、今度は上下が反転した『田神李淵』の左下の扉から出てきて床に置かれていたAK47を手に取り空に向かって掲げている。

(ぼくは大人になることはなさそうだね。こういうのを永遠って呼ぶのかな。ユメコお姉ちゃん)

(ケンジは夢を見ているだけ。神様は私たちに測らずも何もしないことを選び取ってくれたわ。だから私もあなたも自由なの。思い知りなさい)

五歳ぐらいの耳まで伸びた髪の毛の男の子と彼より少しだけ背の高くて同じような髪型の十歳ぐらいの女の子が空中に浮かんだ床の上で言い合いをしている。

「お前たちのことは私が守るさ。この場所に生き続けられるなら救いなんて必要ないのだよ」

(既に演算された数値しか私たちの目の前には現れていない。預言も予言も君にとっては全く無意味に進行されていくしかないはず)

黒縁のウェリントンメガネをかけた男が黒板に無数の方程式や乱数を白いチョークで書き込んでいった正解としてしめされたアルファベットを神経質に叩きながら向かうべき場所が既に一つしかないことを伝えようとしている。

「本当にどいつもこいつも私なんだな。何もかもが愛おしい。なぁ、ジュンペイ。お前はずっと一人なんだぞ」

(そうさ! リエンなら分かってくれる。愛がぼくたちには必要なんだ! 世界の全てってことだろ!)

(キャー!)

甲高い女の子の悲鳴が無数の無機質と有機物が漂う空間内に鳴り響く。

木製の扉が開いてぼくと白河君はおさげの頭の黒縁の眼鏡をかけた女の子の前に転がりながら倒れ込む。

「なに ?ここはどこ? 白河君大丈夫かな」

(なにって貴方たちこそなんなんですか? 飛行機事故? 907便? なら十二年前だし、チャイナエアライン120便ってこと?)

「落ち着くでござる。小生たちは生きているでござる。それよりここはどこなんですか?」

(ここどこって私の家だよ。どうやって入ったの? 君たちは誰なの?)

ぼくがあたりを見回すと、LAST GIGSと書かれたポスターが貼られている女子中学生ぐらいの女の子の部屋にぼくらはいるようだ。

「けど、確かぼくらはデータの海にダイブしたはずなんだ。どうしてこんなところにいるんだろう」

(なんだ。またどこかでジャンボジェットが落ちたと思ったのにな。リエンのことか。押入れを開けてみて。たぶん彼女は向こう側だよ)

ぼくらは彼女がぼくらに興味を無くしてヘッドホンをしたのを確認すると押入れを開ける。すると、ぼくらはいつのまにか脚元が水浸しの薄暗いトンネルの中にいる。

(おい! このあたりにオオサンショウウオがいるんだろ! とりいこうぜ!)

(ヨウスケはすぐに爆竹仕掛けて殺しちゃうからダメだべ)

(そういえば先週真夜中まで懐中電灯持ってカブトムシ探してたんだろ。カズキはやっぱり一番頭がおかしいんだよ)

(そんなことよりみろよ。誰か来たぜ。リエンがたぶん呼び込んだ)

ぼくらはトンネルの入り口にいて、中程に四十代ぐらいの男が二人虫籠と懐中電灯を持って水浸しの脚元を照らして何かを探している。

「また違う場所に来ている。それにリエンってどういうことなんだ。田上梨園はぼくらの友人なんだぞ。こんな場所にいるわけがない」

(君は予定時刻に遅れていないね。大人の皮をかぶっても無駄ってことかい?)

(わかってるよ、そんなの。からかっただけだろ。けど、李淵のやつは本気だぜ。あいつはオオサンショウウオを見つけ出す気なんだよ)

「小生たちを本気で揶揄っているでござるか。教えてくれ、ここに髪の長い女がきたはずでござるよ」

(そこの灰色の鉄の扉だ。開けてみろよ。お前たちが行きたい場所に繋がっている)

カズキと呼ばれウェリントンメガネを掛けた男性に言われた通り鉄の扉を開けるとぼくらは青い光を放つスポーツタイプのバイクに跨っていてものすごいスピードで暗闇を走り抜けている。

光の筋がぼくらの行き先を指し示しているけれど、後ろを振り返ると四つ足のドローンがすごい勢いで追い掛けてきている。

後ろに座った白河君が毛むくじゃらの手で近づいてくるドローンを叩き落としているけれど、ビーム兵器のようなもので撃ち込んできてかわし切るのがやっとで三機だけ残ったドローンが空中を滑らかに跳び回り高速で移動するぼくらのバイクを追い掛けてくる。

(ヒャッハー! そんなスピードじゃピリオドの向こう側にはたどり着けないぜ! 『魔獣のエーテル』は伊達じゃない。ついてきな!)

黒豹のような見た目の男が四つん這いでぼくらのバイクの隣に並んで走り寄ってくる。

獣人といえど、時速百三十キロを超えるスピードで走る人間など存在するのだろうか。彼のいう通り固有エーテルによって身体構造が変化しているのか黒豹はスピードをあげてぼくらをさらに誘導する。

レーザビームを放つドローンがぼくらの隣に並んで照準を合わせてくるので、ぼくはさらにアクセルを解放して身を縮こませ先へ走る魔獣に追いつこうとする。

(やるな。それにお前は野生に戻ることを恐れていない。こい! 向こう側へ連れて行ってやる! 俺はコタロウっていうんだ)

コタロウという男はさらにスピードをあげバターみたいに身体中が溶けていき、ぼくと白河君は出来るだけ姿勢を低くして限界までスピードをあげて追いかけてくるドローンを振り解く。

気がつくと、見えない暗闇の向こう側まで光がまっすぐと伸びていたはずなのに突然レールが遮断されたように道が途切れ宙を飛ぶバイクは黒豹のように天高く飛ぶことが出来ずに奈落の底に落ちていく。

「なぁ、フジコ。人を騙すっていうのはどういう気持ちなんだ」

(どういう気持ちも何も私は必要なものを与えているだけだよ。悪意に呑まれたいものにはありったけの悪意を。善意を欲するものにはあふれんばかりの愛情のみを選択して取捨選択の手伝いをしていることに感情なんてものは湧いてくるはずがないのよ。それはもっと高等な代物でしょ)

「では両方を欲しがる強欲な魔物に対してはどうやって接しているんだい?」

フジコと呼ばれる女性は何も言わずに前を歩き、右を曲がったところにある螺旋階段を降りていくと『田神李淵』とは道を違えて消えてしまう。

「どうしよう。真っ暗だ。本当に何も見えない。白河君近くにいる?」

「和人氏もちゃんといるでござるな。よかった。なんとかして抜け出すでござる」

ぼくが白河君の声がする方を向くと、光が目前まで近付いてくるのでぼくは咄嗟に前に飛び込んで体当たりをすると、白河君の身体ごと地面に突っ伏してしまう。

光が今度はぼくの背中越しに振り下ろされてきて白河君がとっさに反応してぼくを右側にどけてぎりぎりのタイミングでかわす。白河君の首筋を切り裂いた光はどうやらナイフのようなものでぼくらは暗闇に目が慣れ始めてナイフを構えた軍服の男がぼくらに狙いを定めてくるのを発見する。

(いいね。もう一息で殺せる)

高速で振り抜かれるナイフが何度もぼくら二人を襲いかかってきてギリギリのタイミングで交わしてぼくらは二手に別れる。


(「和人君。こっちだよ」)」

白河君の声がして振り向くとナイフがぼくの目前に迫ってきている。

パキンと金属の折れる音がして毛むくじゃらの腕が音を立てて振り抜かれる。

白河君がぼくに背中を見せて立つと彼の右脇腹からナイフが襲いかかってきて彼の腹部に突き刺さる。

血が流れて白河君が跪き、脇腹を抑えて痛みに耐える。

ぼくは彼に刺さったナイフをすぐに引き抜くと血が吹き出して右手を真っ赤に染める。

叫び声をあげそうになって頭を抱えると聞き覚えのある声で呼びかけられる。

(ねぇ、大丈夫? 今週末の麻雀メンツ足りないからきて欲しいんだけど)

ぼくはソファに座っていて薄い唇が印象的で起伏のない胸でネグリジェを来た女の子が隣で少し不貞腐れた顔をして座っている。

「モモエ? どうしてこんなところにいるの? だって君は」

(どうしてってここ私の家だもん。しかもモモエって。私はモモコだよ。何言ってるのかわかんないのはそっちでしょ。そんなことよりご飯たべよーよ)

彼女のいう通りテーブルを見ると白い皿にバラバラに解体された肉と骨が盛り付けられて赤い血液でびしょびしょにぬれている。

ぼくは発狂しそうになり口を抑えて周りを見回すと、ベッドにはハラワタのくり抜かれた白河君が横たわっている。

その場で立ち上がりベッド脇の壁を見ると血文字で『aemeth』と乱雑に書き殴られている。

「どうかな。何人と会えただろう。君が出会いたい人たちはちゃんと知っている顔だったかな」

気が付くと、ぼくは学食にいてテーブルの向かいにはいつかみた目つきの鋭い十字架のチョーカーをつけた額に前髪のかかる男が座っている。

「『柵九郎』か。じゃあモニターの中に吸い込まれた女はお前なのか。どうしてこんなことをする」

「ぼくじゃない。何もかもお前がさっき会ったやつらの仕業だ」

「何を言っているんだ。それにどうしてモモエがいる?リエンっていうのは誰なんだ」

「ジュンペイ、ヨウスケ、コウジ、コタロウ、カズキ、ユメコ、モモコ、ダイチ、シンイチ、コオロギ、キョウシロウ、フジコ、アンゴ、サリナ、ダイスケ、パドゥー、ケンジ、セイジ、ミネト、チィー、ヤイコ、リエン、そして…。俺を含めて二十四人。ぼくは医師に解離性人格障害だと診断されている」

「抑圧された人格がストレスによって乖離して逃避する為にまるで物語を演じるように別の人格を産み出しているというわけか。だからってお前のしでかしたことまで人のせいか。桃枝を殺したのはお前なんだろ!」

ぼくはガンっとテーブルを叩く。

『柵九郎』は決して目を逸らさず僕を見てじっと睨み返す。

「俺の場合は少し違うな。多次元宇宙論という言葉を知っているな。俺の人格は分岐した並行宇宙に実際に存在する人間たちだ。彼らはぼくらの住む宇宙とは違う宇宙に住む人間たちが俺を依代にして住み着いているんだ。お前のよく知っている人間の違う形をした違う人生を歩んだ人間たちだよ。そして、タガミリエンというのはいわゆるぼくらが『古代種』と呼ぶものがぼくの身体を使い、『ガイア』に侵入してきたんだ」

「俺たちが知っている田上梨園とは違うということか。『古代種』が『ガイア』に侵入してきている?」

「彼女に関していえばとても難しい話だな。けれど、彼らもはやバグとして『ガイア』の生態系の一部として彼らは存在していると言っておこう。お前は芹沢美沙という女を知っているな?」

芹沢美沙は黒い眼帯をつけた左奥から聞こえてくる指令を感じ取り彼女が写真を撮り始めた理由を思い出す。

それはいつか夜空の下で約束した小さな夢。

銀河の彼方の果てしない旅を綴る為になくなってしまった左眼の願い事。

星が宇宙から落ちてくる前に彼女は出来る限りの詩を手の甲に触れた唇に誓い続けている。

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