見出し画像

31

「三年と五ヶ月ぶりってことになるのかな。けど、お前はいつのまにかサイボーグになっていた。私からすると何も変わらないんだけど、ちゃんとアソコも普通の男みたいに機能していた。一体何が変わったんだろう?」

十草総悟は左手に巻かれた包帯を取り外して人工皮膚がめくれて体内の構造が剥き出しになった掌をポプリに見せて三年と五ヶ月前の自分との違いをちょっとだけ息苦しそうに見せて三年前と同じベッドの上で有機金属製の人工繊維に驚くポプリと一緒に裸になって笑い合う。十草総悟は自分の身体がいかに優れているのかをポプリに一生懸命に説明して宝生院勇生によって作られた最新鋭のサイボーグであることを人知れず誇りに感じていることを伝える。

「ぼくの体はまだ一般には出回っていない人工皮膚や人工繊維で構成されているけれど、最も重要な点は出来る限り身体の構造も含めて普通の人間と同じように各種のパラメータや器官が調整されているんだ。勇生さんが人間は新しく生まれ変わる必要がないと俺の命を救ったあとに告げてきた。だからぼくはたぶん十草総悟のままでいられていると思う」

「お前の身体を簡単に救えるくせに身体丸ごとよこせなんていってきたやつなんて信用するなよ。だけど、不思議なんだ。お前との距離が昔よりずっと近くなっている気がする。話を聞く限り、機械と人間で別ものになっているはずなのにさ」

「さりげなく人を傷つけるようなことを平気でいう癖も治っていない。お前のほうは何も変わらないな。三年経ってもポプリのままだ。ちなみに、残念だが俺の電脳は高性能過ぎてきちんと人の心も理解できるし、傷つくっていう反応に対しても正常に動作する。機械だからって何をしてもいいなんて思うなよ」

「う。そうは思っていないけれど、でも本当だ。声を漏らすところだって何にも変わっていなかった。イレた瞬間の満足げな顔だってそのままだった」

総悟は笑う。それはいつぶりのことだろうと考える。何も考えずに思い切り声を出して笑っていることが嬉しくなって隣にいるポプリも笑顔になっていることが嬉しくて本当に心の底から笑う。そのままベッドを抜け出して下着を身に付けたまま二人がけのソファに座ってテレビの電源をつけると、ポプリもシーツにくるまって隣に座る。

「エレクトリックラブリースパイラルー!!」

日曜日の早朝のテレビ番組では赤いフレアスカートとセーラー服風の魔法少女姿の女性出演者がキラキラと光るステッキを掲げてピンク色の眩く煌くハート形のレーザー光線を散りばめて骸骨マスクと全身黒タイツの雑魚キャラたちを一掃している。特撮とは思えないほどリアルな映像に十草総悟とポプリは思わずのめり込んでお互い裸のままテレビ番組に夢中になってしまう。

「ねぇ。この魔法少女役の人ってさ、けっこうなおばさんじゃない?なんだかコスチュームが妙に浮いている気がするんだけど気のせいかな」

「確か、巡音潤って役者さんだかタレントだか。CGの演出が妙にクオリティが高いってインターネットの書き込みで見た気がするよ」

「なんでそんな情報を知っているんだよ。お前は暇すぎるのがいけないな」

「これでも死線をくぐってサイボーグ化されているんだぜ。けど、この番組さ、俺たちが子供の時よりずっと複雑な話だな。この骸骨マスクの連中は社会公害の結果、不治の病に犯されてしまった普通の人々で、魔法少女は科学によって力を得て自分勝手な正義を振り回しているだけの嫌われ者役ってことらしい」

「だから、別に運命的に選ばれた少女が魔法を使って変身したって訳じゃないってことね。悪いやつに騙されて魔法を使えるようになるとか、正義なんて理屈を振り回していたら生きていけない世界とか私が子供の時にはそういう話ばっかりだったよ。だからお父さんから見せられた、印籠を見せて悪い奴を倒すだけの時代劇に妙にイライラした覚えがある。お代官様の将来はどうなるんだっていう感じでさ」

「誰が人とは違う選択肢を取るのには理由がある。見える場所で犠牲がなくたってきっと見えない場所で誰かがくだらない理由で何かを失ってる。けど」

「そんなことを気にしていたらお前は何もできなくなるんだ。私はお前にそれを伝えたかった。もっと自分勝手で我が儘でいい。えっと」

「これは自分が主役の物語で、悪役になることも正義の味方になることも普通で終わるのも英雄になるのも全部自由だ。手に入れたいものと手に入れられないものをわかるだけで十分だって。だけど、どうせなら」

「誰よりも面白い選択肢を常に選び取れればいいんだ。別にお金がどうとか友達が多いとか全部どうでもいいことだ。可能性に満ちている世界だけを進めれば」

「きっとそれだけでいい」

自分が特別であるかどうかはきっとあまり重要ではなく、もし誰かと同じ選択肢を取らなければいけない状況が訪れた場合にもう一度ゼロから道を辿り直すことが出来るかどうかだけが問題なのかも知れない”と、チャンネルを変えたテレビの中でニュースキャスターが先週起きた連続殺人事件の犯人に対してコメントを残している。記者団に囲まれて上着で顔を隠している犯人は人生に訪れたたった一度のチャンスを手に入れているけれど表情は暗く決して喜びに満ち溢れているとは到底思えない。十草総悟は肺胞に毛細血管のように張り巡らされた魔術回路以外は全身を電子制御された脳髄によってコントロールされる人工器官に置き換えられたサイバネティック・オーガニズムであり、ポプリは現在もオリコンチャートに名を連ねメジャーレーベルに所属するアーティストだけれど、日曜日の朝のこの時間をたった二人きりの部屋で過ごしていることだけはどこにでもあるなんの変哲もない空間だといえる。かけがえのない時間だってことをポプリは忙しくチャンネルを変えることに飽きてテレビの電源を落とした後にそっと十草総悟の肩に寄りかかりながら思いに耽っている。窓から聞こえてくる街の雑踏や鳥の鳴き声が耳に優しく届くのを十草総悟と二人で楽しんでいることをどうか壊されてしまうことが起こりませんようにと二人はその時だけは願い事を届きもしない誰かに伝えて目を閉じる。”セグメントセブン”と”光のエーテル”が重なり合ってリニアレールを作り出す。誰よりも早く出来る限りのスピードで十草総悟と七星亜衣は時間と空間をあっという間に飛び越える。

ここから先は

0字
この記事のみ ¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?