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馬乗りのカトリーヌ 「カトリーヌ・スパーク レトロスペクティブ」に寄せて

 2021年5月21日(金)より「SPAAK! SPAAK! SPAAK! カトリーヌ・スパーク レトロスペクティブ」がヒューマントラストシネマ渋谷にて開催される(以後、全国順次開催予定)。このたび上映されるのは『狂ったバカンス』(1962年)、『太陽の下の18才』(同)、『禁じられた抱擁』(1963年)、『女性上位時代』(1968年)の4作品だ。

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 それぞれの作品で主役を演じるカトリーヌ・スパークは、1945年4月3日フランス・パリ生まれ。プロフィールは公式サイトにてご覧いただければと思うが、父は『外人部隊』(1933年)や『嘆きのテレーズ』(1952年)の脚本を手がけたシャルル・スパーク、母は女優という芸能一家の出身で、加えていうと伯父はベルギーの首相を3度にわたり務めたポール=アンリ・スパーク、祖母はベルギー初の女性上院議員だったそうだ。

 スクリーン・デビューはジャック・ベッケルの『穴』(1960年)。この作品では端役だったが、1962年のイタリア映画『十七歳よさようなら』で初主演を務め、一躍ティーンの憧れの的となった。今回上映される作品のうちで一番早い時期のものは1962年、最も後の時代が1968年ということで、16、7歳から22、3歳までの間のカトリーヌ・スパークの姿を観ることができる。イタリアとフランスの合資で製作された『禁じられた抱擁』以外はすべてイタリア資本の映画である。

 1960年代というと、戦後生まれの世代によるユース・カルチャーが世界的に盛り上がりを見せる時代なのはご存じの通り。1962年にレコード・デビューを果たしたビートルズは、母国イギリスはもとより様々な国の若者を虜にし、60年代後半のアメリカで興ったヒッピー・ムーブメントは各国に伝播していった。また、50年代から続くアメリカにおける公民権運動の高まり、ベトナム戦争反対運動、パリ五月革命、それから女性の権利獲得、解放運動(いわゆる「ウーマン・リブ」)、性革命なども60年代のできごとである。

 この時代のイタリアは1950年代から続く高度経済成長期の真っ只中で、都市化が進行し、交通網が整備され、人々の生活もそれ以前と比べてぐっと豊かになった。このあたりは日本の高度経済成長期とも重なるところがあるだろう。今回の特集上映作は現代劇であるから、こうした当時の背景を頭に入れておくとより楽しめるのではないだろうか。

自らの思い込みに振り回される中年男

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 『狂ったバカンス』は、ごく簡単にいえば中年男性が若者グループのバカンスに巻き込まれ、その中の一人の女性に翻弄される、というものだ。アントニオという名の中年男性(ウーゴ・トニャッツィ)はミラノに住む電気工学技師。結婚はしているものの別居中であるのをいいことに、気ままなシングルライフを送っている。彼の言葉の端々からは、自信家であることが感じ取れる。そんなアントニオは息子のいる寄宿学校へと車を走らせている途中、やはり車に乗った男女混成の若者グループにちょっかいを出された。両者間でいくつかのできごとがあったのち、アントニオは期せずして若者たちのバカンスに合流することになる。

 カトリーヌ・スパーク演じるフランチェスカは、くだんの若者たちの一人。その立ち振る舞いは「天然」という感じで実に自由奔放、天衣無縫だ。先に述べたように、アントニオは自信家なので、そんなフランチェスカの行動や言動を自分に都合よく解釈してしまうところがある。そうしてフランチェスカにどんどんハマっていき、抜け出せなくなってしまうのだが、この空回りぶりがなんとも痛い。その意味では、アントニオは自分の思い込みに振り回されただけであり、彼の視点からこの物語を捉えればフランチェスカたちとの時間はまさしく「狂った」バカンスなのだが、一方の若者たちにとっては、アントニオという異物(ほかにも何名かと一匹いるが)がちょっとした刺激を生んだにせよ、彼、彼女たちの軽薄で退屈で怠惰な夏が終わりゆくというだけのことなのである。

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 本作で興味深いのは、若者たちの戦争に対する態度だ。SS(ナチス親衛隊)の賛歌を普通に口ずさんだり、バカンス明けの試験が嫌だというだけで「戦争になればな」などと呟くのだ。これらは、当時の若者たちにとって第二次世界大戦はもはやずいぶんと後景に退いていたということであろうか。そんな戦争を知らない若者たちのファッション––––たとえばモッズ、スキンズの定番〈FRED PERRY〉を着ている男子が思いのほか多い––––も見どころの一つだろう。

60年代リゾート・ファッションの見本市

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 『狂ったバカンス』に続く『太陽の下の18才』はカラー作品。こちらは、ナポリ湾に浮かぶイスキア島を舞台にした、ドタバタ・バカンス・ラブコメディといった面持ちである。イスキア島へと向かう船で偶然出会ったニコル・モリノ(カトリーヌ・スパーク)とニコラ・モリノ(ジャンニ・ガルコ)。同性で名前もほぼ同じというこの二人の物語を中心に、個性的な面々による恋の鞘当てや金策などを交えた本作は、難しいことを考えずにただただ楽しめばいいだろう。

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 作中のカトリーヌ・スパークは『狂ったバカンス』の時の輪郭のはっきりしたボブ・ヘアからやや長めのヘアスタイルとなり、気持ち大人っぽいエレガントな印象。船上ではシックなトーンとジオメトリック・パターンのワンピース、夜のホテルでは上品な純白のブラウス&スカート、まばゆい太陽の下ならノースリーブ・トップに白いパンツといった具合に、リゾート・ファッションのバリエーションを見事に着こなしている(また、いくつ持ってきたんだというほどの帽子はニコルとニコラをつなぐキーアイテムだ)。

サウンドトラックはエンニオ・モリコーネ

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 この『太陽の下の18才』と前作『狂ったバカンス』の音楽はいずれもエンニオ・モリコーネが担当している。マカロニ・ウエスタン『荒野の用心棒』(1964年)が大ヒットしてモリコーネの名が知られるようになる少しだけ前に手がけたものだ。『狂ったバカンス』では若者たちの輝かしい夏が終わり、アントニオの「現役感」や自信が打ち砕かれてゆく、えもいわれぬ倦怠感とブラック・コメディのムードをジャズ、ラテン、ブラジリアン、オーケストラ・サウンド、そしてモリコーネらしいスキャットやコーラスで表現している。『狂ったバカンス』の音楽がストーリーに寄り添ったオーソドックスな「劇伴」が中心である一方、『太陽の下の18才』は「GO KART TWIST」「TWIST No.9」といったナンバーが賑やかなこの物語を牽引している印象だ。そのほかの曲も軽快なラテンのリズムを用いたものが多く、リゾート気分を盛り上げてくれる。

ほろ苦いあと味の『禁じられた抱擁』

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 4作品中、もっともほろ苦いあと味を残すのが『禁じられた抱擁』だ。すっかりロングヘアとなったカトリーヌ・スパークが本作で演じるのは少し謎めいた女性・セシリア。絵のモデルとして老画家のアトリエに出入りする彼女は、ある時その隣の部屋で暮らすディノ(ホルスト・ブッフホルツ)と会話を交わし、関係を持つようになる。彼は豪邸に暮らす裕福な母親(ベティ・デイヴィス)のもとで何不自由なく育ってきて、今もすねかじり。そして内面は虚無が支配している。セシリアはディノのことを好きだとなんの衒いもなくいうが、実はほかにも男がいる。そのことを知ったディノは彼女を自分だけのものにしたいという独占欲にとらわれてゆくのだが––––。

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 物語が進むにつれ、セシリアという女性の主体的な行動、やりたいようにする(やりたくないことはやらない)姿勢は、だんだんと物悲しいものに感じられてくる。そうして迎えるラスト20分の怒涛の展開を経て、最終的にディノがどのような決断をするのか? 雨の中、何度もディノの方を振り返るセシリアの姿が心に残る。

「私も自分の好奇心や欲求を試すわ」

 これまで述べてきた3作品は1960年代前半のものだが、『女性上位時代』は60年代後半の映画。カトリーヌ・スパークが22、3歳の頃にあたる。整然と並んだスツールの斜俯瞰映像にアルマンド・トロヴァヨーリの手になる小粋なラウンジ・ジャズがのるタイトルバックから、人々が歩いてきて着席するオープニングシークエンスまでのスタイリッシュさにまず引き込まれる。ミミ(カトリーヌ・スパーク)の夫・フランコの葬儀からこの物語は始まる。

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 葬儀の最中、「ごめんなさい フランコ 私 全然悲しくない 鈍感かしら」と心の中で呟き、退屈を隠せないミミ。夫がいない家に帰ってからも確かにさほど悲しみは感じられない様子だ。フランコの財産に関する手続きをする中で、フランコが2年前から自宅とは別に部屋を借りていたのを知ったミミは、その部屋を訪れることに。モダンで凝ったインテリアの居室を通っていくとベッドが置かれている部屋があった。この部屋は壁、床、天井が鏡ばり。そこでミミはフランコと女性たちとの様々なプレイ––––シチュエーションプレイやSMの類––––を収めたブルーフィルムを見つけてしまう。いうまでもなくフィルムの中の痴態は、今、まさにミミがいるその部屋で行われていた。これを観たミミは大いにショックを受ける。「なぜ私にしなかったの?」

 クラフト=エビング『變態性慾ノ心理』(作中では『変態性欲心理』)を買い求め、亡き夫の心の中の欲望を理解しようとするミミだったが、いつしか知り合いの男や偶然声をかけてきた男と関係を持つようになる。「空しい結婚生活のせいで––––私 飢えてたのね」。こうしてミミの性愛探訪が始まった。

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 ある時、健康診断でレントゲン担当の医師(ジャン=ルイ・トランティニャン)におぶってもらう機会を得たミミは、その心地よさに目覚めた。忘れがたいあの快感を再び、ということで医師が講義を持つ大学に潜り込んで彼に接近するミミ。果たして願いは叶うのか。

 本作を貫いているのは、女性が欲望を抑圧せず、自ら進む道を選択するということだ。これは本稿の始めに記したように、ウーマン・リブの高まりとも関係しているだろう。作中のミミの言葉を借りれば「奥さんはおとなしく家にいて––––男は他の女と楽しむってわけ?」「私も自分の好奇心や欲求を試すわ」「性をとことん追求する」ということである。つまり本作は、スタイリッシュなエロティック・コメディにとどまらない、現代にも通じる意識を内包しているのだ。

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 ところで、『女性上位時代』の中で有名な「馬乗り」シーンだが、『狂ったバカンス』と『禁じられた抱擁』でも馬乗りシーンがある。前者には本物の馬に乗る場面があり、後者は絵画の中でセシリアが老画家に馬乗りになっている。そんなディテールを見つけたり、それぞれの作品のファッションやヘアメイクの移り変わり、インテリアの特徴、ロケーション(『禁じられた抱擁』では『ローマの休日』で一躍有名になった「スペイン階段」がさりげなくロケ場所に使われている)などに注目するのも特集上映ならではの楽しみ方ではないだろうか。

SPAAK! SPAAK! SPAAK! カトリーヌ・スパーク レトロスペクティブ

5/21(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

配給:ザジフィルムズ

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『狂ったバカンス』LA VOGLIA MATTA
(c) Licensed by COMPASS FILM SRL – Rome – Italy. All Rights reserved.

『太陽の下の18才』DICIOTTENNI AL SOLE
(c) Licensed by COMPASS FILM SRL – Rome – Italy. All Rights reserved.

『禁じられた抱擁』LA NOIA
(c) 1963 Compagnia Cinematografica Champion - Les Films Concordia. All rights reserved.

『女性上位時代』LA MATRIARCA
(c) 1968 SNC (GROUPE M6)

公式サイト

http://www.spaak2021.com

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