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人文学とビジネスの相性の悪さ。ロールズの正義を執行するのはイオンシネマなのか?


ここ数日、Twitterを埋め尽くしている話題といえば「車椅子の方の映画館利用」である。イオンシネマの公式アカウントが謝罪を出すなど、まあまあ大騒ぎになっている。


https://twitter.com/AEON_CINEMA/status/1768798092554645781


騒動のもとになったツイートはこちら。(後で要約をつけるので読まなくてもいい)

https://twitter.com/NakashimaMinion/status/1768551963111927926



状況をざっくり要約すると

・ツイート主は映画のプレミアムシートを取ってそこで映画を見た。

・映画館には車椅子用の席(スクリーン前の最前列)が存在するが、そこではないプレミアムシートで見たかった。だからプレミアムシートのチケットを買った。

・そのため、劇場内の階段を上がる必要があり、車椅子のツイート主は単身では移動が不可能だったため、劇場スタッフに介助をお願いした。

・劇場スタッフは車椅子を持ち上げてプレミアムシートまで連れて行ってくれた。

・しかし、上映終了後、支配人に「この劇場は段差もあるし介助できるスタッフも常にいるワケではないので、今後はここ以外で見てほしい」的なことを言われた。

・ツイート主は悔しくて泣いた。今までにも3回以上プレミアムシートで見てきたのに、なぜ急にダメになるの???

というものである。

このツイートに対しては賛否両論あるが、割合で言うとかなり「否」が多いようだ(それはインターネットの常ではあるのだけれど)。


当該ツイートのリプライ欄


事態をややこしくしているのは、「車椅子の人用のシートも存在するが、最前列なので首がツラい。そこにいることを強いられていていいのか?」「障がい者はゆったり足を伸ばしてプレミアムシートで見る選択肢を奪われていいのか?」といった議論が出ていることである。

僕はというと「難しい問題だなぁ…どっちの意見も分かるなぁ…」と、頭を使ってない超つまらない感想を漏らすしかなかった。

で、恥ずかしながら頭を使わずにしばらく静観していたのだけれど、昨日突然「あ、この話ってかねてから僕が興味を持っていた”人文学とビジネスの相性の悪さ”の話なんじゃないか」と思い立ったので、頭を使って考えることにした。そんな話を書いてみたい。


人文学の倫理-公正としての正義

現代社会の「正義」に最も大きな影響を与えている著作といえば、ロールズの『正義論』だろう。押しも押されもせぬ、政治哲学の金字塔。

名前は知っていたが、「とにかく長い」「1007ページある」「8250円する」と長くて高い本という印象しかなかったので手に取ったこともなかった。

だが、「正義について考えるならやはりこの名著を読まないといけない」と思い、この機会に買ってみた。(※正義について考えようと思ったから買ったのであって、Kindleセールで半額になっていたことは特に関係ない。特に関係ないが、あなたも正義について考えたいなら今のうちの購入をオススメする。このnote内のリンクから買ってもらえると僕にアフィリエイト報酬が入るので、ぜひこちらから買ってください。いや、僕はKindleセールだのアフィリエイト報酬なんてみみっちいものには興味がなく、正義について興味があるだけなんですけど)


ということで、『正義論』をパラパラ読みながら、今回の車椅子イオンシネマの件や、人文学とビジネスについて考えたことを書いていく。言うまでもないが僕は専門家でもなんでもなく、正義関連書籍を数冊読んだことがあるだけのド素人であるので、事実誤認が多分に含まれている気がする。ご容赦ください。(間違いはコメント等でご指摘いただければ適宜修正します)


さて、『正義論』をパラパラ読んでいると、早速刺激的な主張が出てくる。

一部の人が自由を喪失したとしても残りの人びとどうしでより大きな利益を分かち合えるならばその事態を正当とすることを、正義は認めない。

『正義論 改訂版』p.34

なるほどなるほど。簡単に言うと「誰かの犠牲の上に成り立つ幸福は認められない」みたいな話だ。たとえば、「クラスの1人をいじめることで残りの39人が楽しくなり、総和を取ると幸福が増えてるからオッケー!」という考え方は正義じゃないよということである。

つまり、ロールズは功利主義的な考え方を否定しているらしい。

功利主義について復習しよう。「人類の幸福の総和が大きくなることが正義だ」というのが「功利主義」といわれる考え方で、高校の倫理の授業で習ったのをよく憶えている。僕はそのシンプルなアイデアに惹かれた。「人類の幸福の総量を測ることで正義は決定できる」つまり「正義を機械的に判断するアルゴリズムが存在する」という発想は、僕の好みにドンズバにハマった。「単純かつ明快、それでいてパワフルですごい!」と大喜びした僕は、それから長らく功利主義の信奉者であった。

しかし、それから大人になるにつれて、「うーん、そんなに単純に割り切れないよな」と思うことが増えていった。先に挙げたイジメの事例などはまさにそうだろう。「他の39人の幸福につながっているから1人がイジメられるのは見逃せ」と言われても、「それはダメだなぁ」と感じてしまう。単純で明快なアルゴリズムは美しいけれど、例外で攻められると弱い。


では、功利主義から脱却したロールズの正義はどんなものなのだろう。キーワードはふたつある。ひとつめは、「公正としての正義」である。

正義の諸原理をこのように考える理路を〈公正としての正義〉と呼ぶことにしよう。

『正義論 改訂版』p.46

ここでいう「公正」が何を意味するのか。それを理解するためにはもうひとつのキーワード「無知のヴェール」を理解しなければならない。少し長いが引用しよう。後ろで要約するので飛ばしても構わない。

この状況(堀元注: ルール設定をするときに我々が置かれるべき状況)の本質的特徴のひとつに、誰も社会における自分の境遇、階級上の地位や社会的身分について知らないばかりでなく、もって生まれた資産や能力、知性、体力その他の分配・分布においてどれほどの運・不運をこうむっているかについても知っていないというものがある。さらに、契約当事者たち(parties)は各人の善の構想やおのおのに特有の心理的な性向も知らない、という前提も加えよう。正義の諸原理は〈無知のヴェール〉(veilofignorance)に覆われた状態のままで選択される。

『正義論 改訂版』pp.47-48

要するに、「自分がどういう立場になるかまったく分からない状態でルール設定をしてみよう」みたいな話である。自分が貴族だと分かった上でルール設定をするとどうしても貴族に有利な言説を考えてしまいそうなので、そういうポジショントークは抜きにする、ということだ。

なるほどたしかに、この前提に立ってみると、功利主義的な発想は上手くいかないように思われる。自分がいじめられっ子になるかもしれないと考えると、「クラスの幸福の総和は増えているから」という理屈でイジメを容認することはできなくなる。「どん底を避けたい」と考えるのは当然だろう。

というかこの話、保険にたとえるともっと見通しが良くなるかもしれない。火災保険やら自動車保険やらは、言うまでもなく期待値がマイナスである。平均すると損をする商材だ。ではなぜ我々は買うのかというと、「どん底を避けたいから」に他ならない。ごく稀な超絶不幸を避けるために、少しだけ不幸になる選択をしている。

つまり、僕たちの日常の購買活動もやはり「無知のヴェール」的な選択に支えられているのだ。「自分がどこに入るか分からない」という前提では、「最大の幸福を大きくするよりも、どん底を避けたい」と考えるようになる。

だから社会としても、無知のヴェールの中でルール設定が行なわれるなら、自然と「どん底を避ける」設定になるだろう。それはつまり、社会の中で最も恵まれない人たちが最もマシになるような「公正」なものであり、ロールズはそれを「公正としての正義」と呼んでいる。


どうだろう。ものすごく説得力のある議論じゃないだろうか。僕は「完全にその通りだなぁ」と思った。実に正しい。

完膚なきまでに説得されてしまったので、僕はすっかりロールズの正義論を信奉するようになった。柔軟な人間である(手のひらクルンクルン人間であるとも言う)。

ということで、ロールズの正義論を元に考えれば、今回の議論はとても簡単である。「車椅子の人はプレミアムシートを拒否されてかわいそうだし、関係者の中で最も不幸である。だから手伝うべきだ」ということになりそうだ。シンプル。問題解決である。



……。


……本当にそうか????


いや、理屈は分かる。理屈の上では正しい結論っぽい気がする。無知のヴェールに包まれた原初状態で「映画館のプレミアムシートで車椅子の人を拒否すべきかどうか」という問題が提出されたら、「そうすべきでない」という結論になりそうな気がする。

だが、僕の直観はその結論を支持しない。なぜなら、僕が商売人だからだ。


商売人の倫理-利益を出さないといけない

商売人の世界はとてもシンプルで、僕はそれが気に入っている。商売人のルールはほとんどひとつしかない。「利益を出せ」。

意外なことに、利益はたいていの問題を解決する。利益さえ出ていれば、ほとんどすべてのものは後からついてくる。それは「倫理」とかも一緒だ。「倫理観がない」みたいな問題すらも、利益が解決するのである。

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