天国と地獄…家族

 僕の小学校には下駄箱の手前に開校時からあるコンクリート造りの噴水つきの池があります。
 噴水は昭和四十二年から動かないらしい、僕はこの池を眺めるのが好きで、休み時間にはよく眺めている事が多い。
 この日はサッカーの練習で放課後、早めに学校に来て野上君と池の噴水の噴出口に腰掛けて池を見下ろすように、ビックリマンシールを互いに見比べていた。僕は野上君のシールに見とれていると、野上君が「スーパーゼウスを何かと交換してほしい、僕のコレクションから好きなの二枚あげるよ」僕は“始まった…”と思った。野上君は日本一の駄々っ子で、一度駄々をこね始めると手がつけられないのだ。
 しかし、スーパーゼウスは僕の宝物だから、今日は戦うぞと決めて「ヤダ!」を繰り返した。野上君は泣きそうな顔をしながら「なんで?なんで?」と言い始めた。「なんでってなんで?」なんで、僕が困らされているのに野上君が有利なんだ…と思って、ムカつき始めると、野上君が池にスーパーゼウスを落とそうとしている。
 僕は慌てて立ち上がり野上君に飛び掛かった。
 野上君は池と逆の山茶花に転んで、スーパーゼウスはハラハラと池に落ちた。…僕は枝を使って、池に落ちたスーパーゼウスを捕ろうとしてドボンッと落ちた。風邪引いて、肺炎になり、ついでにインフルエンザにかかり、高熱で苦しんで死んだ。
 母は悲しい顔をしながら初めてユニフォームを着た僕の写真を見ている。
 母は悲しそうだけど、どこかほっとしているような気がする。
 僕は死んでからずっと母の隣にいる。生きてる時は母は忙しくてあんまり一緒に居られなかった。夜のお仕事だから僕が起きてる時間に寝て、僕が寝る時間に母は仕事に行く、ご飯はダイエーに買いに行くように500円置いてある。
 僕が死んでから家に知らないオジサンがよく来るようになった。オジサンに母はご飯を造ってあげてる。母がご飯作るのを初めて見たような気がする。
 オジサンが母を打つようになった。
 僕は「やめて!」って言うけど、オジサンは止めてくれない。オジサンは母の髪の毛を掴んで台所に行って包丁で髪の毛を切ったり蹴ったりしてた。
 オジサンは疲れると母のお金を持って出ていってしまう。
 残された母は泣くのを我慢してる。
 自分の髪の毛を掃除して、鏡を見ながらクシャクシャな髪を解かしてる。
 僕は「大丈夫?」って言ってあげる。
 オジサンの暴力は毎日続いた。母は交通事故にあったみたいに包帯グルグルになって、お仕事に行けなくなってる。オジサンは寝たきりの母に優しくしないで暴力をふるってる。
 雪の日、母は死んだ。
 オジサンは母の死体に布団を被せて、財布の中を見て何も無いのを見て財布を捨てて出て行った。
 僕はオジサンの後ろ姿に石を投げた。いっぱい投げたけど一個も当たらなかった。僕は泣いた…悲しくて悲しくて…もうオジサンはいないのに石を投げた。うずくまって泣いた。動きたくなくなった。
 野良猫が「にゃ~」って鳴いた。
 僕は野良猫を見ようと顔を上げると母が立っていた。
 怪我してない元気な母だった。
 僕は母に抱き着いた。
 母は自分の死体を見て溜め息ばかりしている。
 僕は嬉しくて
「お母さんずっと一緒にいられるね」って言った。「ちょっと黙っててくれる?」
「解った」…。
「独りにしないでよ…」
「これからは、ずっと一緒に暮らせるよ」
「黙って…」
「うん…」
  暗い母と僕と母の死体とジッとし続けた。
 母は立ち上がりコートを着て出掛けようとしている。
「どこ行くの?」 無視…。
 僕は慌てて追い掛けた。
 田村じいちゃんの家の垣根道を母はスタスタ歩いていった。
 僕は駆け足で追い掛けた。
 桜並木の川沿いを歩いた。
 母は暫く歩いて立ち止まり、土手を見つめた。僕も土手を見つめた。
 暗い土手は何も見えない。
「アンタ、なにやってんのよ!」
母が土手に叫んだ。
 すると、真っ暗闇の土手にスポットライトが当り、暖かそうなジャンパー…僕とお揃いだ。
 ジャンパーを着て釣竿を持ったオジサンが手を振っている。
「アナタのお父さん…」 母は言った。
「お父さん…昔に死んじゃったお父さん…」 僕は手が震えた。
 僕が産まれてすぐに死んじゃった…。
 一度も見たこと無い、お父さん。
「いやいや、この川は何も釣れないや…」 父は土手を上がってきた。
「当たり前じゃない、ここはドブ川よ…バカじゃないかしら…」
「お!ヒロシか!?」
「正人よ!!自分の子供の名前も知らないの?…呆れたわ」
「だって俺が死んでから産まれたんだろ?」
「違うわよ!産まれてからアナタは死んだのよ。手紙送ったって音沙汰無しだったじゃない!」
「あぁ…アレか…」
「何とぼけてんのよ!!覚えてないくせに」 父はヘラヘラしてる。
「ヘラヘラしてんじゃないわよ…何でいるの?」
「神様が行けって…でも、道忘れたから釣りしてたんだよ。そしたらお前から会いに来てくれた…いやぁ嬉しいねぇ」
「相変わらずね…」 母の額に角が生えていた。
母を殺しちゃったオジサンよりも父の方が優しく見えた。
 怒ってる母にも笑っていた。
 家族が集まった。
 これからは幸せだ。
 家族がいるから幸せ…。
 父は僕の手を引いて歩き出した。
「帰ろうな…マコト」
「僕は正人だよ」
「どっちでもいいさ」
「良くないわよ!バカなんだから…」 父はニコニコして、母はプリプリして、僕はワクワクしながら家に帰った。
 桜並木を歩きながら、父は僕を肩車してくれたが、桜の枝に頭をぶつけた。
 家の中は死臭が漂い白装束の人が二人いた。
 お化けみたいだ。
「こんにちわ、私達はあの世の者です。あなた方は自縛霊に決定したので、ここで暮らして下さい。私達は伝言役なので、文句を言われても何もできません…あらかじめ申し上げます。あんまり文句を言われると辛いので勘弁してください」 白装束は段々と自己防衛している。
「あなた方は恵まれていますよ。家族一緒ですからね…もっと不幸な方々はいっぱいいますから…」 もう一人がフォローしている。
 なんか二人共もビクビクしている。
「そんなにビビらないでいいよ。俺らは生きてたってどうしょうもないんだからさぁ~死んで幸せってのもあるんじゃない?アンタ達に文句なんて無い」 父はニコニコしながら二人に言った。
 優しいなと思って、握ってる手に力を込めた。父も握り返してくれた。
「冗談やめてよ!この人が嫌だから別れたのよ?別れた後に死んだ人となんで一緒にならないといけないのよ!冗談じゃないわよ」
「いや、だから、こういう文句言われると辛いので勘弁してくださいって…言ったのに…」
「死んだってここにいるんじゃ何も変わらないじゃない!しかも、なんでこのバカ男と?」
「あくまでも個人的な予想ですけど…アナタは地獄を与えられたのでは無いですか?アナタにとっての地獄が家族との生活なのではないでしょうか…」
「何、説教してんのよ!消えろ、ナヨナヨお化け!!」
「ひ、ひどい」
「行こ行こ…では、失礼します」 二人は影の中へ消えて行った。
「自縛霊だって…」 父は呟いた。
三人の生活が始まった。
 しばらくして大家さんが母の死体を発見して、警察がたくさん来た。
 母を殺しちゃったオジサンは警察に捕まった。
 違う女の人にも暴力をふっていたみたいだ。
 家は取り壊されて、原っぱに僕たちは暮らしている。
 父は母にいつも怒られている。
 僕は父と仲良しである。
 僕と父は天国で、母は地獄である。
 でも、家族は離れない…だから、幸せだよ。
 昨日、父が犬を拾ってきた。
 母は犬が好きで、少し喜んでいた。
 僕も嬉しかった。

おわり

 父は母に捨てられて風呂無しアパートに住んでいて、銭湯の浴場で転んで頭を蛇口にぶつけて死んだらしい…ケロヨンの桶を取ろうとしたらしい…。

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