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表現をして地に足をつける

疫病と戦争により世界の制度は変わっていく。EUはロシアへの化石燃料の依存を2027年までにやめることを決めた。たったの5年でエネルギー供給先変更を可能とするのはすごい。日本だと絶対に不可能だ。

僕のような高齢者と山川しかないところで生活していても、外の世界の激変には関係している。これからもっと生活を強制的に変えないといけないようなことが増えていくだろう。可能性は非常に高い。何が起こるかなんてわからない。変化に備えて準備しておくこともできない。ウクライナ人がロシアの侵攻を予期して対応することが無理だったように。

じゃあやるべきことは何か。地に足をつけて自らの人生を歩むことだ。それしかない。周りが大きく変化しようとも、最優先事項を頭に入れ、血と肉にすること。安定した生活をすることだ。世界と人生には常にリスクがある。安定ではなく不安定であるからこそ、安定した生活を望む。安定した生活とは、就職して結婚して家庭を持ち子どもを育て上げて、定年まで働き、お金に困らない老後を過ごすことではない。精神と身体を安定するということだ。インターネットの発達により情報がどこでも手に入る社会だからこそ、安定した生活・地に足をつけることの大切さがより重要度を増している。

現代の産業社会が、どこかに行くこと、何かを成し遂げることの大切に取り憑かれている。要するに、地元に残って肉体労働をすることはたいした価値がないということだ。私はそんな考えが大嫌いだ。『羊飼いの暮らし』 ジェームズ・リンバーグ

僕は物理的に海外と日本を放浪してきた。今は、地元に残って農業という肉体労働に従事している。第一次産業は産業として成立しておらず風前の灯だ。国も社会も個人も、儲かればいい、スマート農業すればいい、大規模にしか道はない、テクノロジーがすべてを解決する幻想に取り憑かれ、肉体労働を軽視どころか蔑視している。

誰もやりたがらない肉体労働をやってわかったことは、身体と頭を使わず一日パソコンの前で仕事をする人が増えたことで、精神と肉体を病む人が増加していることだ。ほとんどの人は(だいたい90%)都市で肉体労働をしない生活をする必要がない。9割の人たちが肉体労働すれば、少しのお金しかなくても幸福度は増す。物理的に毎日自らの身体と頭を使うほうが精神と肉体は健全に保たれる。農業者の自殺率が高いのは、お金をいっぱい稼がないといけないと思い込み、返済できない借金を背負うことにあり、肉体労働に原因があるわけではない。自立をするということは、身体と精神を健全に保つ手段を有し、困ったときの依存先を複数持つことだ。自己責任ではない。

日本は成熟社会に突入した。若い人たちの考えは古い世代とはまるで違う。経済戦争にはとうの昔に破れたのだから、「昔の夢をもう一度」ではなく、若い人たちや僕らに任せて新しい価値を創造することだ。それは、目に見えないかたちにできないもの=思想・哲学だったり、詩や音楽、絵画といった芸術になる。

メインストリームがおかしくて崩れているからこそ、自分の中にある何かを臆せず表現する。自分にとっては地元で百姓をすることであり、たまに文章をネットの海にアップすることだ。


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