"キャラクターを起てろ!"劇画村塾第4期生 第5章〈5〉
<劇画村塾で学んだ作劇上のテクニック〜キャラクターを起てるための技の数々>
これまで述べてきたように、小池先生が提唱された、
「キャラクターを起てる」
ということは、ひとつの主義であり、論理であり、概念である。
劇画村塾では、その具体的な方法や練習の仕方なども、小池先生から教えていただくことができた。
それらの技は、今でも、作劇において十分に通用し、また応用も可能である。
(実際、自分も、それを駆使して、三十年以上も食わせていただいている)
思い出すままに、その技のいくつかを、ここに記しておきたいと思う。
(小池先生御自身が、技法についての著書の中で開陳されているものもあるが、先生側からでなく、一塾生側から、教えられたままということで、また違った応用法が考えられるかもしれない)
(1) 漫画の場合、七頁以内にキャラクターを起てろ!
七頁以内、というのは、自分が劇画村塾に通っていた当時、小池先生がおっしゃっていた頁数である。
漫画だと、一頁まるまる、あるいは見開きから始まるケースも多々あるので、それも踏まえたうえでの七頁という頁数だ。
現在の漫画のスピードだと、その半分、少なくとも三頁以内にキャラクターを起てて、読者を惹きつけないと、続けて読んでもらうことは難しいかもしれない。
これは、ドラマや映画の場合も同じである。
最先端をいくアメリカや韓国の作品だと、開始十分以内で視聴者や観客を虜にするような、様々なアイディアが投入されている。
先述したが、小池先生は、その時の最新映画のスピードを、自身の作品のそれの参考基準にされていた。
現時点なら、進境著しい韓国のドラマや映画のスピードを、参考基準にしてみるといいかもしれない。
(2) アイディアが出ない時、すぐに物語を作る簡単な方法
これは、もちろん、”キャラクターを起てる”ということが、まず大前提としてある。
しかし、なんとなくキャラクターは見えているのに、今ひとつ、物語が転がっていかないという場合だってある。
それは、まだ、キャラクターが完全に起ちきっていないからでもあるが、あるシチュエーションに放り込むことによって、いきなりすべて走り出すことが多い。
このテクニックは、そんなシチュエーション作りにひじょうに役に立つ。
また、遊び感覚でできる作劇の訓練としても有効だ。
できれば複数の人達に協力してもらったほうが面白いが、一人でもできる。
複数の協力者がいた場合、その人達ひとりひとりから、何でもいいので、頭に思いついた物の名称を言ってもらう。(日常的にあまり馴染みのない物や架空の物の名称は避けてもらう)
だいたい十から三十ほど出揃ったところで、今度は、その物の名称をすべて入れて、一本の物語を作るのである。最初から最後まで、尻切れトンボにならないようにだ。
コツは、物の名称からヒントを得て、まず何らかのキャラクターを起ててしまうこと。
そうすると後は、羅列された物の名称を使うことで物語が転がり出し、いちおうの決着まで作ることができる。
先にキャラクターができていて、話作りに煮詰まっていた場合でも、次々と物の名称をきっかけに使うことで、突破できてしまうのだ。
小池先生は、我々村塾生ひとりひとりから物の名称を言わせ、ホワイトボードに列挙するや、またたく間に一本の物語を作り上げて、タイトルまで付けてしまった。(後日、そのようにして作られたエピソードは、実際に先生が連載中の作品内で使用されていた)
自分も、大学の講義で試しに行ってみたことがあるが、今までキャラクターや物語を作った経験がない学生でも、この方法によってそれが可能になり、いたく感激していた。
むろん、自分自身が連載中の作品でアイディアに困った時にも、すこぶる役に立った。
(3) キャラクターも何も浮かばない時に、一石二鳥で突破する方法
小池先生は天才だったが、そんな天才でも人間であることに変わりはない。
時には、キャラクターもストーリーも、何も浮かばない時があるとおっしゃっていた。
「そんな時はどうされるんですか?」
訊いてみると、
「環境ビデオを眺めてみることだよ」
とのお答え。
環境ビデオは、音楽と共に、美しい自然の風景が、次々と映し出される。
それをぼんやりと無心で眺めていると、その風景の中に、ふと、
(こんなキャラクターが立っていたら面白いだろうな……)
そんな思いが浮かんでくる。
そうなればしめたもので、今連載中の作品であれば、その作中のキャラクターを風景の中で動かしてみると、一気に道が開ける。
何も閃いていなかった場合は、風景の中にイメージされたキャラクターを育てて、起ててやればいい。
追いつめられていた気持ちも環境ビデオによって癒されるし、キャラクターやストーリーのヒントも得られるし、まさに一石二鳥の方法である。
これもまた、自分自身、今でも使わせてもらっている。
(四) 作品にリアリティが足りないと思ったら、潜入取材!
どんな作家でも、作品にリアリティを持たせるために、取材を行うのは、当然のことだろう。
特に今は、ネットなどを使って、誰もが簡単にある程度の専門的な情報を得ることがで
きる。
読者や視聴者や観客もまた、そんな情報社会の中にあって、ひじょうに目が肥えている。
下手に知ったかぶりをしたり、適当に想像で書いてしまうと、たちまち見破られ、作品も見限られてしまう。
そこで、確実なリアリティを作品に付加するためには、より突っ込んだ取材が必要になってくる。
小池先生は、何度か”潜入取材”を行った時のお話をされていた。
ある作品で、どうしても新聞配達に関する詳細情報を得る必要があり、今と違ってネットも何もない時代、実際に新聞配達店で住み込みのアルバイトを始めたという。
始めたはいいものの、いつもの好奇心が出てしまい、あれやこれや調べたり訪ねたりするものだから、たちまち店主に”わけあり”な奴だと目をつけられたそうだ。
それでも当時は何らかの事情を背負った人達も数多くいたため、クビになることもなく、無事に潜入取材を終えて、どこにも出ていない貴重な情報を作品に投入できたという。
他にも、小池先生の十八番でもある麻雀やギャンブルの世界への”潜入取材”のお話なども聞かせてもらったが、実地で得た情報ほど強いものはない。
(ちばてつや先生も、『あしたのジョー』を描かれる際、作中舞台の表現に嘘がないようにするため、ホームレスの姿に変装して、いわゆるドヤ街に”潜入取材”されたらしい)
自分自身は、”潜入取材”といったほどではないのだが、資料で得られない情報を得るために、ある場所で短期のアルバイトをやったり、あることの専門家ばかりが集まる会合に紛れ込んだり、ということは何度か行った。
やはり、現場で収集した、どこにも載っていない生の情報は、作品を書くうえでは、強力な武器になった。
(5) 他人に訊いて、否定し、反対する?!
スタジオ・シップ本社におじゃました時に、小池先生とバッタリお会いする機会があった。
そんな時、ごくたまにだったが、
「今、この作品の原作を書いてるんだけど、おまえなら、この先の展開をどう考える?」
と、訊かれることがあった。
「ええとですね、畏れ多いですが、自分だったら、こんなふうに……」
と、緊張しながらも、思いつくままに言ってみると、
「それは違うな。そうするなら、こうしたほうがもっと面白いぞ」
小池先生の答えは、いつも決まって、こちらの考えを否定し、まったく違う方向へと話を展開された。
つまり、こちらの回答をジャンプ台にして、よりよい発想を得られていたわけである。
(後で、マネージャー諸氏からも、彼らもよく意見を求められ、それを否定するところから、より以上のアイディアを発想して、作品に使われていたと聞いた)
他人から作品の展開案を聞いた場合、そのままでは、”普通”の発想であることが多い。
つまり、読者の発想に近い。
作家は、常に、読者を超えた発想をして、驚かせ、楽しませねばならない。
したがって、まず”普通”の発想を聞き、
(それを上回るとするなら……これだ!)
と、予想もしなかった方向へと、捻り、高めてしまう。
作品の展開のアイディアが今ひとつだと感じた場合には、他人に訊いて、それを否定するところから始めてみるというのは、確かに有効な方法である。
むろん、今でも自分も使わせてもらっている。(意見を訊いた人達には、後でちゃんとお礼をしています)
以上、大きく五点述べてきたが、他にも細かい作劇上のテクニックを数々教わった。それについては、もう少しきちんと整理してから、書き記しておきたいと考えている。
〈続く〉
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