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"キャラクターを起てろ!"劇画村塾第4期生 第2章〈3〉

<劇画村塾十周年記念パーティ〜小池一夫先生の涙と狩撫麻礼先輩との会話〉
 
 商業誌『コミック劇画村塾』が創刊になった。
 その雑誌を手に取ってみると、表紙は高橋留美子先輩のキャラクターの描き下ろしで、
「おお!」と思わず嘆声が出た。
 巻頭グラビアは、創刊記念パーティの写真とレポートで、いかにも華やかな門出だった。
 号を重ねるに連れて、神戸劇画村塾出身の西村しのぶさんの『サードガール』が連載され、当然のように業界の話題になった。

 さらに、原作のSさんや、他の村塾生諸氏の作品も次々と掲載されるようになった。
(ここに俺なんかが載せてもらえる時が来るのだろうか……)
 掲載されている作品を見る毎に、当初覚えた興奮に代わって、次第に気圧されるようになってきた。
 村塾生の作品も掲載されているとはいえ、あくまでも商業誌である。非売品の機関誌とかではない。どの作品も、立派に”商品”として通用するものばかりだ。それらの作品と、自分が書いている課題作品とを比べると、おそろしく差があるような気がした。(事実、そうだったのだが)
 それでも、自分にやれることは、そういうハイクオリティの作品を横眼で見つつ、課題作品をこつこつ書くしかないのだった。少しでもマシなものになるように……。

 『コミック劇画村塾』の創刊と重なるように、「劇画村塾十周年」のパーティが開かれるという案内が来た。
 これには、われわれ村塾生も参加できるという。
「マジか?!」
 久々に興奮する話だった。
 とはいえ、我々は最も新しい期の村塾生であり、一番の下っ端である。同列で、神戸と仙台の村塾の第一期生達もいる。
 情報によると、東京の第一期生から、すべての期の村塾生に声をかけているとのことだった。
 盛大なものになることが想像できたが、何よりも”レジェンド”な先輩方と、東京以外の同期生達と会えるのかと思うと、ちょっとときめくものがあった。

 その頃の自分は、前述したように、他人との交遊がほとんどなくなってしまっている時期だった。
 あるとすると、劇画村塾の事務局のSさんや、村塾に通ううちに顔見知りとなったスタジオ・シップの、一部の社員の皆さん達だけだった。
 大先輩方や、道を同じくする同世代の新しい仲間達と顔を会わせることができるということは、やはり多少なりとも嬉しかった。

 パーティは、小池先生が仕事場とされていた東京プリンスホテルで開催された。
 女性陣は、全員が着物姿で、広い会場に一同が会すると、とても華々しい宴となった。 
 高橋留美子先輩や中村真理子先輩、そして狩撫麻礼先輩の姿もあった。
 その席で、神戸第一期生の西村しのぶさんや、原作のSさんとも初対面の挨拶を交わしたと記憶している。 

 なにしろ生まれて初めての、一流ホテルでの大パーティ、田舎者の自分はすっかり舞い上がってしまって、あっちでウロウロ、こっちでチョロチョロと、落ち着きなく動き回っていたような気がする。

 自分自身の最大のエポックは、小池先生の面接時と同じくらいガチガチに緊張して、狩撫麻礼先輩に声をかけたことだった。

「フ、フ、フ、ファンです。さ、さ、さ、作品は全部読ませてもらってます」

 とかなんとか、ふるえながら御挨拶した。

「なに? 俺の作品、読んでくれてるのか? それは嬉しいな」

 狩撫先輩は、トレードマークのカーリーヘアと濃いサングラスの下、ドスのきいた声で、しかし少しテレたように返答された。

「けど、本当か? 俺の作品にあんまし若いファンや読者はいねえぞ」
「ほ、ほ、ほ、本当です。『LIVE! オデッセイ』から始まって、『ナックル・ウォーズ』なんかも大好きです」
「ふうん。キミみたいな若い連中にも"届いている"ということは、俺も、まだ、まんざら捨てたもんでもないのかもな」

 狩撫先輩は低い声で笑った。

(ひゃー、カッコいい!)

 作品中のキャラクターは、想像の産物ではあるが、作者と一心同体だといわれる。
 狩撫先輩は、御本人が原作で書かれているキャラクターと、あまりにもピッタリと合致していた。(この初めての会話から、狩撫先輩とは、一時期、ひじょうに濃い付き合いをすることになっていくのだが、それは後述する)

「で、キミは、格闘技は何が好きなんだ?」
「え? 格闘技ですか?」

 唐突な質問に面食らってしまった。

「男なら、ボクシングとか、格闘技に思い入れがあるだろう? まさか、何もないのか?」
「い、いえ、敢えて言えば、空手でしょうか」

 狩撫先輩のボクシングへの思い入れの強さは、その作品を通じて嫌というほど知っていた。自分もボクシングです、と答えたいところだったが、ここで嘘をつくわけにはいかない。
 自分達はもろにブルース・リーの映画の影響を受け、ひいては梶原一騎先生原作の『空手バカ一代』にも夢中になった世代である。自分もすっかり極真空手の創始者である大山倍達総裁の大ファンとなり、ファンレターを書いて、総裁御自身からサイン入りの著書を送っていただいたりもしていた。その経緯があったため、空手と答えたのだった。

「空手か。人の頭を足で蹴っ飛ばすというのは、ちょっと個人的にはアレだが、やっぱり格闘技はいいよな」
「は、はい。自分としては『ナックル・ウォーズ』の続きが読みたいです」
「なに? それ、本気で言ってるのか?」
「ほ、ほ、ほ、本気に決まってるじゃないですか」
「俺も考えてないわけじゃないんだけどな」

 狩撫先輩と話していると、いきなり鋭い刃を突きつけられるような瞬間があって、こちらは冷や汗をかくことになった。しかし、その後は、またどこか憎めない”おっさん”になったりして、どうにも魅力的な人物だった。

 そうこうしているうちに、パーティのクライマックス、小池先生の御挨拶となった。
 我々は姿勢を正して、壇上を見やった。

「うん、みんな、今日はよく集まってくれたね」

 一同を見回して、小池先生は笑顔を浮かべられた。和服姿が巨体に似合っていて、やはり、”ドン”にしか見えない。
 次の瞬間、その場の誰もが想像していなかったことが起こった。
 なんと、小池先生が、言葉の途中で感極まって泣かれたのだ。
 さすがに一同が驚いて息を呑む中、それはわずかの間のことで、
「おい、O、ハンカチ」
 すぐに筆頭秘書のOさんに命じられた。
 誰かが、
「特大のハンカチじゃないと」
 そう声をかけて、場に笑いが満ちた。

 小池先生の涙を見たのは、後にも先にも、この時が最初で最後だった。
 だからこそ、今なお鮮明に覚えている。

 そして、このパーティの後、思わぬ展開が待ち受けていたのである……!

〈続く〉

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