見出し画像

シナリオ獄中面会物語5 分冊版第13話:林振華死刑囚(蟹江町母子殺傷事件殺人事件)

 実在死刑囚たちに対する私の面会取材の記録について、漫画家の塚原洋一先生が漫画化してくださった電子書籍『マンガ「獄中面会物語」』(発行/笠倉出版社、企画・編集/伊勢出版)の分冊版9~15話のうち、今回は第13話の林振華死刑囚(蟹江町母子殺傷事件)との面会のシナリオを紹介します。

   重大事件の犯人は、逮捕後に獄中でやつれたり、老けたりして、報道で見た写真と別人のようになっていることがよくありますが、この林死刑囚もそのパターンでした。報道の写真では、爽やかな好青年というイメージですが、獄中では、心因性の失語症に陥って会話ができなくなり、表情も乏しく、生気がまったく感じられない中年男になっていました。

 元々、中国ではエリートだった彼がなぜ、大志を抱いて留学してきた日本でなぜ、取り返しのつかない罪を犯し、死刑囚にまで身を落としてしまったのか。その顛末や林死刑囚の人物像がよくわかる作品になっているように思います。

 シナリオを読み、関心を持たれた方はぜひ漫画もご一読下さい。

【主な販売サイト】
Amazon 
楽天kabo
シーモア


〇 名古屋拘置所・外観(昼)

T「私が林振華(りん・しんか)と名古屋拘置所で面会したのは2018年9月18日のことだった」

欄外の注釈「※正式な表記は「林振华」」

 

〇 同・面会室

  アクリル板越しに林(背後に刑務官)と片岡が向かい合っている。

  林は無表情。髪型は、側部を刈り上げた短髪で、鼻の下とアゴに少し無精ひげを伸ばしている。

  着ている囚人服は、上は小泉毅が着ていたのと同じ作務衣のような形状で、下は半ズボン。柄は上下共に細かい格子柄。

片岡のN「林は中国人で、「蟹江町母子3人殺傷事件」と呼ばれる事件の犯人だ」

片岡「はじめまして。片岡です」

  林、持参した便せんに、(編綴されたままの状態で)鉛筆で文字を書く。

  そして、アクリル板越しに、便せんに書いた文字を片岡に見せる。

  「来ていただき、ありがとうございます」と書かれている。

片岡のN「「面会には応じるが、筆談しかできない」ということは事前に手紙で伝えられていた。のどの調子が悪いとのことだった」

片岡「日本語の会話は、普通にできますか」

  林、また便せんに鉛筆で文字を書き、アクリル板越しに片岡に見せる。

  「大きな声は出せないけど」と書かれている。

片岡のN「面会室の林は、感情を失っているかのように無表情だった」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版13話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より


〇 ネット上に流布している林の写真

片岡のN「ネット上に流布している写真では、爽やかな好青年風だったが、まるで別人のようだった」

 

〇 被害者・山田喜保子さんの家(昼)

T「2009年5月2日」

片岡のN「林が事件を起こしたのは、私が面会に訪ねる9年余り前のこと。現場は、愛知県の蟹江町にある山田喜保子さん(当時57)の家だった」

  普段着姿の中年男と若い男(=この2人は、喜保子さんの次男・雅樹さんが働くケーキ店の上司と同僚)が玄関前に立ち、中年男がチャイムを押す。

  その背後には、2人の制服警察官。

T「その日、喜保子さんの次男で、ケーキ店店員の雅樹さん(同26)が店に出勤せず、連絡もつかなかったため、上司と同僚が警察官と一緒に家を訪ねた」

  玄関のドアが、家の中から乱暴に開けられ、男性が飛び出してくる。

男性「助けてください!」

  男性は、若者らしいカジュアルな服装。両手首は自由を奪うために電気コードが巻きつけられている。

片岡のN「この男性は、喜保子さんの三男・勲さん(同25)で、首や背中を刃物で刺されていた」

   勲さんは、首と背中を刃物で切りつけられており、血が出ている。

警察官「どうしたんですか」

勲「強盗に入られました。家の中で2人死んでいます」

  警察官、玄関のドアを少し開け、隙間から家の中を覗き見る。

  玄関の上がりかまちで、うずくまっている男がいる。服装は黒っぽい(たとえば、黒の長袖Tシャツに、黒やグレーのズボンなど)。

警察官「警察です。大丈夫ですか?」

  うずくまっている男、反応しない。

警察官のM「本当に死んでいるみたいだな」

片岡のN「この時、警察官が「死んでいる被害者」だと思った人物が実は林だった」

  警察官、その場を離れる。

片岡のN「そして警察官が無線で応援を呼ぶ間、林は逃走してしまうのだ」

  × × ×

  喜保子さんの家の建物を県警の捜査員たちが調べている。

片岡のN「警察が調べたところ、1階の和室では、刃物で背中などを刺された雅樹さんが亡くなっていた。翌日、同じ部屋の押し入れから、鈍器で頭部をめった打ちされた喜保子さんの遺体も見つかった。さらに犯人が現金約20万円を盗んでいたこともわかった」

 

〇 「室内に男 警官目撃 目を離したすきに逃走」と伝える新聞記事

出典クレジット「毎日新聞東京本社版2009年5月9日夕刊11面」

片岡のN「その後、警察官が「犯人」を被害者と誤認し、取り逃していたことが発覚し、警察は批判にさらされた」

 

〇 テレビニュースの動画

  事件が警察庁の「懸賞金制度」の対象になったことを伝えている。

出典クレジット「『テレ朝news』2009年12月8日配信動画」

片岡のN「捜査は難航し、事件の半年後、警察庁は事件を「公的懸賞金」制度の対象にした。だが、有力な情報は得られず、事件は未解決のまま年月が過ぎていった…」

 

〇 T「しかし2012年12月7日、事態は急展開を迎える。愛知県警が林を強盗殺人の容疑で逮捕したのだ」

 

〇 警察に連行される林

片岡のN「林が捜査線上に浮上したきっかけは、三重県津市で駐車場から自動車を盗み、三重県警に逮捕されたことだった。余罪捜査の過程で、山田喜保子さん宅に残された犯人と林のDNA型が一致し、林も犯行を認めたのだ」

 

〇 モンキーレンチとクラフトナイフ

片岡のN「林によると、喜保子さん宅に空き巣に入った際、喜保子さんと鉢合わせになり、持参した鉄レンチで撲殺。続いて帰宅してきた雅樹さんも持参した小刀で刺殺した。最後に帰宅した勲さんにも切りつけたが、命乞いをされ、殺せなかったという」

 

〇 パソコンで事件の関連報道を見ている片岡

片岡のN「その後、林は名古屋地裁の裁判員裁判で死刑判決を受け、控訴、上告も棄却され、死刑が確定することになった。報道によると、逮捕された時は無職だったが、犯行時は三重大学(国立)の留学生だったという」

片岡のM「中国ではエリートだったのだろう。一体なぜ…」

 

〇 名古屋拘置所・面会室

片岡のN「私が面会したのは上告棄却の12日後のこと。判決がショックではなかったかと聞いたところ、林はこう答えた」

   林、アクリル板越しに、字を書いた便せんを片岡に見せている。

  「2年くらい前、首を吊って自殺し、命は助かりましたが、一度死んだ感覚でいます。そのせいか、判決が出た時、自分でもおどろくほど何も感じませんでした」と書かれている。

片岡「なぜ、首を吊ったのですか」

  林、アクリル板越しに、字を書いた便せんを見せる。

  「長い勾留生活の中、段々絶望的な気持ちになって、被害者の方にも、両親にも申し訳ないし、自分が死んだほうがいいかと」と書かれている。

刑務官「そろそろ時間ですので」

片岡「筆談だと時間がかかるので、続きは手紙で取材させてもらえないでしょうか」

  林、コクリとうなずく。

  × × ×

  林、面会室から出ていく。刑務官も後ろから続く形で、面会室から出ていく。

片岡「ありがとうございます」

片岡のN「こうして私は林に手紙で取材させてもらうことになったが…」

 

〇 片岡、デスクトップパソコンで手紙を書いている

片岡のN「林は近日中に死刑が正式に確定し、外部との交流を禁じられるのは確実だった。そのため、私は面会後、すぐに林への質問をまとめ、web速達(※)で手紙を出した」

欄外の注釈「※日本郵便のサービス。早ければ当日中に相手方に手紙が届く」

 

〇 片岡、林から届いた手紙を読んでいる

片岡のN「林からの返事の手紙はすぐに届いた。林は私の質問に丁寧に答え、生い立ちや事件の経緯を詳細に綴っていた」

 

〇 山東省の風景

林のN「私の故郷山東省は中国で一番有名な川、黄河が横断し、海に入る古代黄河文明の原点と言われる場所です。歴史的偉人を輩出する土地柄で、孔子の故郷でもあります」

 

〇 林の両親(中年)の笑顔

林のN「両親は気象庁の職員で、父は課長職でした。2人とも優しくて、近所で評判のいい人でした」

 

〇 高校生の林、勉強机で勉強している

林のN「私は中国にいる時、ガリ勉で、本の虫でした。将来は商社マンか、銀行マンになって、国際的舞台で活躍したいと思い、とくに英語の勉強に力を入れていました」

  ※若い頃の林は、好青年風でお願いします。そのあと、適当なところで最初の面会室の感じに近づけてください。

 

〇 空を飛ぶ日本行きの飛行機

T「2003年10月」

林のN「高校卒業時、第一志望の大学には合格できませんでしたが、両親は私にリベンジのチャンスを与えてくれました。日本への留学です」

 

〇 同・客席に林(9月~10月)

  中国語版の日本のガイドブックを読んでいる。

林のN「当時、日本は世界2位の経済大国で、こんな小さな国のどこに富を生み出す力があるのかと不思議に思っていました。それに私は、日本の漫画やアニメも大好きでした。自分の力で、日中友好の架け橋役になりたいと思っていました」

 

〇 日本語学校・外観(同) 

林のN「日本では、最初、京都にある日本語学校で勉強しました」

 

〇 同・教室(同)

  机に座り、授業を聞いている林。

林のN「ここでの勉強は大変でした。私は中国にいた時、日本語をまったく勉強していなかったからです」

  × × ×

  休憩時間。

  談笑している同級生たち。

林のN「一緒に日本に来た子たちはみんな中国で6年間、日本語を勉強したので、日本語がペラペラです。最初からすごいハンディキャップでした」

  林は同級生たちの輪に入らず、机で広辞苑を読んでいる。

林のN「私は広辞苑を読み、部屋ではラジオを流しっぱなしにして、語彙を増やし、訛りを直しました」

 

〇 林の部屋(同)

  3LDKのアパートをルームシェアした一室。

  室内に置かれた小型のラジオから「自民党総裁選挙で、再選を果たした小泉首相は~」などと当時のニュースが流れていたりする。

  林、楽しそうにジャンプを読んでいる。

林のN「そんな中、教科書よりも良い日本語の勉強ツールになったのが少年ジャンプでした。面白かったので、読み始めたのですが、おかげで日本語が早く上達できました」

  

〇 日本語学校(同)

林のN「しかし誤算がありました」

 

〇 同・受付(3月)

  受付の女性が30枚程度の1万円札を手に持ち、枚数を数えている。

  林、その前に立っている。

女性「たしかに」

林のN「私は日本に来た時、32万円を持参しました。しかし半年後、次の半年の授業料30万円を要求され、突然一文無しになったのです」

 

〇 林の部屋(4月)

 林、部屋の布団の上で、仰向けに寝ている。

 顔がやつれ、やせている。

 空腹のため、おなかをさすったりする。

林のN「私は当時、すでにバイトをしていましたが、給料は1カ月先まで待たねばなりません。その間を食いつなげず、何日も何も食べない日がありました」

 

〇 スーパー・外観(同)

林のN「ある日、私はついに誘惑に負け、過ちを犯します」

 

〇 同・惣菜コーナー(同)

  林、総菜コーナーのおにぎりを、思い詰めた表情で見ている。

  周囲を横目でうかがう。

そして、おにぎりを手に取り、手提げ袋の中に入れる。

 

〇 道(同)

  林、歩いている。

  背後から、「ちょっといいですか」と声をかけられる。

  林、振り向くと、スーパーの店員が立っている。

 

〇 警察署(同)

林のN「私は生まれて初めての万引きで捕まり、警察に突き出されました」

 

〇 同・取調室(同)

  机をはさみ、私服警察官と向かい合って座った林、書面の末尾に自分の名前(林が書いている名前を出す場合、表記は「林振华」にしてくだい)を書いている。

林のN「今思えば、友人に頭を下げ、お金を借りればよかったのです。当時の私は自尊心が強く、それができませんでした」

 

〇 林の部屋

  林、「外国人留学生向けの大学受験対策の本」を読んでいたり、問題集を解くなどして、勉強している

林のN「日本語学校では、私を見る先生たちの目が変わりました。私は教員室に行かなくなり、友人たちとも疎遠になり、バイト以外の時間は部屋に引きこもりました」

 

〇 桜が咲いている

林のN「それでも、勉強を続けた私は静岡大学に合格できたのですが…」

  

〇 林、ガラケーで話している

林「えっ…高校のものですか?」

林のN「静岡大学から連絡があり、入学には、高校卒業時の成績表が必要なので、大至急用意するようにと言われたのです」

 

〇 桜が散っている

林のN「父が動いてくれましたが、期限までに必要書類がそろわず、結局、静岡大学に入学できませんでした」

 

〇 林の部屋

林、うなだれている。

林のN「あとでわかりましたが、普通、そういう書類は受験前に用意するそうです。私は、先生とも先輩ともコミュニケーションをとらなかったので、それを知らなかったのです」

 

〇 三重大学・外観(4月)

林のN「私はそれでもあきらめず、コンピューターの専門学校に通いながら勉強しました。そして翌年の春、今度は三重大学に合格できました。ところが…」

 

〇 同・キャンパス内の座れる場所

  林、落ち込んだ感じで、ベンチに座っている。

  その手には、三重大学の「人文学部」の学生証。

林のN「私が間違ったのか、事務方のミスなのか、経済学科を希望したのに、入ったのは文学学科でした。原因は今でも謎ですが、私の学業へのモチベーションは確実に低下しました」

 

〇 コンビニ・店内

  レジで客に、ビニール袋に入れた品物を手渡している。

 

〇 飲食店の洗い場

  林、洗い物をしている。

林のN「飢えの恐怖を覚えていた私は三重大学入学後、コンビニ、ホンダの工場、焼き鳥屋、ラーメン店、割烹料理の厨房など様々なバイトをかけ持ちしました」

 

〇 林の部屋 

  ※どういう部屋かの情報はありませんが、日本語学校の時とは別の部屋です。

  林、テーブルにノートパソコンを置き、論文を書いている。

  テーブルには、ほかに考古学の本、時計などが置かれており、時計は午前2時くらいを示している。

林のN「学業も両立したため、寝る時間がほとんどありませんでした」

  × × ×

  シャワーを浴びている林

  体がよろめき、倒れる。

林のN「そして2年生の時、私はついに倒れてしまったのです」

 

〇 部屋の布団で廃人のように横たわっている林

  目にくまができていたり、無精ひげが伸びていたり、髪が乱れていたりする。

林のN「しばらく学校にも仕事にも行けなくなり、働かないからお金が入りません。その間も学費はべらぼうにかかります(年間53万円)。金欠になった私は…」

 

〇 警察署・外観(夜)

  先ほどと同じ警察署。

林のN「大晦日の夜、また過ちを犯してしまいます」

 

〇 同・取調室

  林、刑事と机を挟んで向かい合い、座っている。

  机の上には、「松坂牛のパック」が2つか3つ置かれている。

林のN「年末の買い出しに出たはずが、店で見かけた高級食材に手を出してしまったのです。すでに万引きを経験し、罪悪感が薄らいでいたのだと思います」

 

〇 林の部屋

  林、罰金刑を宣告する略式命令書を手に持ち、見ている。

林のN「私は罰金20万円を言い渡され、払わない場合、労役所に留置され、作業をさせられると説明を受けました」

  略式命令書を持つ手が震えている。

林のN「私は焦りました。罰金が払えず、労役所に留置されたら、大学を退学になり、自分のキャリアがパーになる…と」

 

〇 両親の笑顔

林のN「そうなれば両親の期待も裏切ってしまいます。それは私にとって、絶対にあってはならないことでした」

 

〇 山田喜保子さんの家・外観(夜)

林のN「何とかお金を用意しないと――そう考え、私が思いついたのが空き巣でした。眠れない日が続き、頭が混乱したのと、よくテレビニュースで見かけていたからです」

  玄関のドアが少し開けられており、玄関から猫が中に入っていく

  林、少し離れた場所から、この猫の様子を見ていて、吸い寄せられるように続く。

林のN「私が被害者の方の家に入ったのは、猫が入っていくのを見たためです。そして室内を物色中、被害者の方々と鉢合わせになりました。鉄レンチは窓ガラスを壊すために、小刀は心細くて持っていたのですが、それらは事件の凶器になってしまいました」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版13話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より


〇 林の手紙を読んでいる片岡

片岡のN「林は事件後、大学に通い続け、卒業後は日本で働いた。いつか犯人だとばれるのではないかという恐怖や不安を感じていたが、母親から「日本で頑張って欲しい」と言われ、中国に帰れなかったという」

 

〇 デスクトップパソコンで手紙を書いている片岡

片岡のN「その結果、林は犯行が発覚し、死刑判決を受けた。林はそのことをどう受け止めているのか」

 

〇 名古屋拘置所・林の居室

  林、手紙を書いている。

林のN「裁判に不満はありません。人の命を殺めたら、命で償うのは当然です」

 

〇 名古屋地裁・外観

林のN「裁判員裁判の時、被害者の恋人は私に「生きて償って欲しい」と言っていましたが…」

 

〇 同・法廷

  証言台の椅子に、若い女性が座っている。

  林、被告人席から見ている。

検察官「それは、被告人に同情しているのですか」

女性「被告人には、生きて、ずっと苦しんで欲しいです」

林のN「私はこの時、自分がこれほど憎まれているのかと改めて罪の重さを実感しました。面会に来た両親に、「弁護士の先生の言う通りに」と念を押されなければ、私は控訴もしなかったでしょう」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版13話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より


〇 郵便ポストに手紙を投函している片岡

片岡のN「私は林に、「お金に困った時、なぜ、ご両親に相談しなかったのか」とも聞いた」

 

〇 名古屋拘置所・林の部屋

  林、手紙を書いている。

林のN「私の家はお金持ちではありません。両親が私を日本に留学させるのが精一杯でした。経済的なことで親に迷惑をかけたくなかったし、まして万引きで罰金とは口が裂けても言えませんでした」

 

〇 林の実家・食卓

  林と両親が豪華なディナー(山東料理)を囲んでいる。

林のN「私が帰国した時、母が豪華なメニューを用意してくれたことがあります。その時の父の何気ない一言に私は涙が出そうになりました」

林の父「振華がいないとき、お菜はいつも一つだよ」

林のN「考えてみれば、私が留学の間、家は家具も家電製品も何一つ買っていませんでした」

 

〇 名古屋地裁・法廷

  林、被告人席から、証言台の椅子に座った母親が証言しているのを見ている。

林のN「裁判では、母がこう言いました」

母親「もしも可能なら…私が息子に代わって、罰を受けたいです」

  と、ハンカチで目をぬぐうなど、泣きながら言う。

林のN「私はこの時、両親が今でも私のことを愛してくれているんだな、と思いました。その反面、自分はとんでもない親不孝だな、と思いました」

  林、うつむく。

 

〇 名古屋拘置所・林の居室

  林、錠剤(精神安定剤)を飲む。

林のN「今も時々、被害者や両親などへの申し訳ない気持ち、嘆きがいっぺんに押し寄せてきて、押しつぶされそうになります。毎日、歩く屍のような感じです」

 

〇 片岡、林の手紙を読んでいる

片岡のN「面会した時は無表情だった林だが、それは精神安定剤や睡眠薬の影響だったようだ。元々は感情が豊かな人間だったのだ」

 

〇 デスクトップパソコンで手紙を書いている片岡

片岡のN「私はこんな質問もしてみた」

 

〇 T「林さんは、もしも時間を戻せるならば、戻したいと思いますか。思うならば、人生のどの時点まで時間を戻したいですか。」

 

〇 拘置所の居室

  林、片岡の手紙を読んでいる

林のN「もしも時間を戻せるならば……そうですね。私は、初めて万引きした時に戻したいです」

 

〇 スーパー・外観

  林が初めて万引きをしたシーンの回想。

 

〇 同・惣菜のコーナー

  若き日の林、おにぎりを思い詰めた表情で見ている。

  おにぎりに手を伸ばす。

  背後から、その肩に誰かが手をおく。

  振り向くと、現在の林が立っている。

林のN「そして自分にストップをかけたいです」

現在の林「その初めの1回はダメだよ」 ※唯一のセリフです。

  若き日の林、おにぎりを元あった場所に戻す。

 

〇 林の手紙を読んでいる片岡

片岡のN「中国でエリートだった林は、初めの1回の万引きさえなければ、ひとかどの人物になっていたかもしれない。しかし、1回の万引きで人生を暗転させた末、許されざる罪を犯し、異国で死刑囚として生涯を終えることになったのだ」

 

〇 7の手紙(封書)

片岡のN「林から届いた手紙は結局、計7だった。7目の手紙には、判決訂正の申し立てが退けられ、死刑が正式に確定したことが書いてあり、これ以降、私から手紙を出しても、林からの返信はなかった」

欄外の注釈「林振華死刑囚の手紙の文章は、構成上の事情から表現などを変えています」


(了)

【お願い】
この記事を良かったと思われた方は、♡マークを押して頂けましたら幸いです。それが更新の励みになります。

頂いたサポートは記事を充実させるために使わせて頂きます。