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シナリオ獄中面会物語6 分冊版第14話:高橋明彦死刑囚(福島県会津美里町夫婦強殺事件)

  実在死刑囚たちに対する私の面会取材の記録について、漫画家の塚原洋一先生が漫画化してくださった電子書籍『マンガ「獄中面会物語」』(発行/笠倉出版社、企画・編集/伊勢出版)の分冊版9~15話のうち、今回は第14話の高橋明彦死刑囚(福島県会津美里町夫婦強殺事件)との面会のシナリオを紹介します。

 この事件は、福島県郡山市の青木日冨美さんという女性が裁判員を務めたせいで急性ストレス障害(ASD)を発症したとして、国家賠償請求訴訟を起こしたことで注目を集めました。この訴訟に関する報道では、青木さんはASDを発症したことについて、審理中に被害者夫婦の遺体や現場の写真を見せられたり、被害者が110番通報した際の悲鳴を聞かされたりしたことが原因であるように主張しているように伝えられました。

 しかし、この国賠訴訟の記録を裁判所で閲覧したところ、青木さんは実際には、裁判員を務めて何より苦痛だったのは「死刑判決に関与したこと」だと訴えていました。また、青木さんはこの国賠訴訟において、裁判員裁判で犯人・高橋明彦に死刑が下されるまでの評議がいかにいい加減なものだったかということも詳細に明かしています。マスコミはこの国賠訴訟を取材し、こうした青木さんの訴えを知りながら、隠していたようです。

 そんな青木さんはもとより、犯人の高橋、被害者遺族、そして刑務官まで、この事件と裁判に関わった人たちの人間模様が交錯し、読み応えのある作品になっているように思います。

 シナリオを読み、関心を持たれた方はぜひ漫画もご一読下さい。

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シーモア

〇 裁判員経験者が国を訴えことを伝える新聞各紙

 掲載した新聞の出典クレジット

「毎日新聞2017年5月7日夕刊11面」

「朝日新聞2017年5月7日夕刊12面」

「読売新聞2017年5月7日夕刊17面」

片岡のN「2013年5月、福島県郡山市の60代の女性が「裁判員を務めたことで、急性ストレス障害(ASD)を発症した」として国に損害賠償を求める裁判を起こし、大きく報道された」

 

〇 片岡、デスクトップパソコンで事件の関連報道を検索している

片岡のN「一体どんな事件で、どんな裁判だったのか。私は過去の報道を辿った」

 

〇 現場界隈の風景

T「2012年7月26日 福島県会津美里町」

片岡のN「事件は、東北の山あいにある小さな集落で起きた」

 

〇 被害者の遠藤信広さん宅

片岡のN「被害者は、集落で暮らしていた病院職員の遠藤信広さん(当時55)と、その妻で看護師の幸代さん(同56)。早朝、屋外で草むしりをしていた遠藤さんの母(同88)が家に戻ると、2人が刃物でめった刺しにされ、亡くなっていたという」

 

〇 警察に身柄確保された髙橋明彦

片岡のN「翌日逮捕された犯人は髙橋明彦(同45)という男(※)。髙橋は前年の秋、東京から妻と2人で会津若松市の借家に引っ越していたが、事件の10日余り前から遠藤さん宅近くで車上生活をしていたという」

欄外注釈「実際には、犯行時は「髙橋」とは異なる妻方の姓を名乗っていた」

 

〇 福島地裁郡山支部・外観

T「2013年3月27日 福島地裁郡山支部」

片岡のN「その8カ月後、髙橋は裁判員裁判で死刑判決を受けた。判決によると、髙橋は遠藤さん宅に強盗に入り、信広さんに抵抗されたため、持参したナイフで刺殺。さらに119番通報した幸代さんも刺殺した。そして現金1万円やキャッシュカードが入った財布、ネックレスなどを奪ったという」

 

〇 同・法廷

  裁判員の席で、眼前のモニターを怪訝そうに見ている青木日富美さん。

片岡のN「国に損害賠償を求めた青木日富美さんという女性は、この裁判で裁判員を務めた。報道によると、青木さんは公判中にモニターで被害者夫婦の遺体や現場のカラー写真を見せられた」

  × × ×

  法廷内のスピーカーで、「たすけて…うぅ、うぅ…あんた、人殺しになっちゃうよ」と、幸代さんが髙橋に襲われながら119番通報した際の声が再生されている(スピーカーの形状や設置位置はわからないので、それらのことは曖昧にしてください)。

片岡のN「さらに、髙橋に襲われた幸代さんが119番通報した際の悲鳴を録音記録で聞かされたという」

  青木さん、吐き気をもよおし、口をとじて我慢する。

 

〇 同・女子トイレの個室

  青木さん、嘔吐している。

片岡のN「青木さんはその公判後、食べた昼食を嘔吐した。そして裁判後も食欲不振や不眠が続き、病院でASDを発症していると診断されたという」

 

〇 仙台拘置支所・外観

T「2014年8月7日 仙台拘置支所」

片岡のN「この残酷な事件の犯人、髙橋明彦はどんな人物なのか…」

 

〇 同・面会室

  ※面会室の描写は、千葉祐太郎と同じにしてください。

  髙橋と片岡、向かい合っている。

  髙橋は作務衣のようなシャツに、半ズボン(色は上下共にグレー)。足元はサンダル。※服は色こそ違いますが、小泉毅と同じようなデザインです。

  身長は160センチあるかないかというほど小柄で、手足も細い。

  目鼻立ちは参考画像のような感じですが、髪は短いのに、あご髭と鼻の下の髭は仙人のように伸ばし、独特な風貌になっています。

  力は弱そうですが、やや斜め向きに、足を組んで座り、態度は堂々としています。

片岡のN「会ってみると、髙橋は小柄で、貧弱そうな男だった」

片岡「髙橋さんがどんな人で、なぜ事件を起こしたのかを取材させて頂きたいんです」

髙橋「それはいいけど、俺、上告は取り下げ、裁判はやめてしまおうかと思ってるんだよね」

片岡のN「当時、髙橋はすでに仙台高裁の控訴審でも死刑判決を是認され、最高裁に上告中だった」

片岡「なぜ、裁判をやめようと?」

髙橋「俺が「生きて償いたい」とか言っても、自己満足でしかないからね。それに、俺が裁判を続けていると、姉貴やその子どもたちを苦しめると思うんだよね」

片岡「では、なぜ控訴や上告をしたのですか」

髙橋「控訴したのは、よく面会に来てくれた新聞記者の子から『生きて償ってください』と言われたからだよ。それまで俺は『死刑でいい』と思ってたんだから。上告したのも、弁護士に言われたからだしね。ただ……」

片岡「ただ?」

髙橋「裁判を続けるかどうかは、本当は女房に意見を聞いて決めたいんだよね。自分で決めないのは卑怯だと思うけどね」

片岡「奥さんとは会えない状態なのですか」

髙橋「離婚したからね。向こうは俺に会いたくないかもしれないね」

片岡のM「主体性がないな。こんな人物がなぜ、あんな事件を…」

片岡のN「私は面会と文通を重ね、少しずつ髙橋から話を聞き取った」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版14話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より


〇 東京で行われている祭りの様子

  神輿をかついでいる人たちや、祭りのテント周辺に集まっている人たちがいる。

片岡のN「髙橋は東京生まれの東京育ち。工業高校を卒業後、最初はコンピューター関係の会社に就職したが、職を転々とし、最終的に警備員になった」

  髙橋、祭りの警備員として働いている。

片岡のN「仕事内容は主に雑踏の警備や、交通誘導だったが、髙橋は「警備員指導教育責任者」の資格を持っており、現場ではリーダー的な立場だった」

  髙橋、若い警備員に対し、何か指導みたいなことをしている。

  そして、笑顔で若い警備員の肩を叩くなど、何か励ますようなことをする。

片岡のN「勤めていた小さな警備会社を大きくすることが当時の夢だったという」

 

〇 物憂げな感じで夕陽を見ている髙橋

片岡のN「だが……会社内の人間関係で色々と納得のいかないことがあり、髙橋はいつしか東京での生活に嫌気がさした」

 

〇 東北自動車道(時期は11月)

  髙橋が運転する車(助手席に妻)が東北に向かって走る。

  どんな車に乗っていたかは不明です。白のセダン車など、無難な感じでお願いします。

片岡のN「田舎暮らしへの憧れもあり、妻と2人で会津若松市に移住することにしたという」

 

〇 ハローワーク会津若松・外観

  髙橋、出てくる。暗い感じ。

片岡のN「だが、会津若松市に移住したものの、髙橋は仕事が見つからなかった。妻のほうはなんとか就職できたが、ほどなく体調を崩し、仕事を続けられなくなったという」

 

〇 髙橋が当時住んでいた借家・室内(時期は2月)

  ※集合住宅か、一戸建てか不明のため、外観を描く必要がある場合は曖昧にしてください。

  体調を崩した妻、布団で寝ている。

  髙橋、その横にいて、笑顔で妻に語りかけている。

片岡のN「そして髙橋は妻に「就職できた」と嘘をつく。これが間違いの始まりだった」

 

〇 ネットカフェ・外観(昼)

 

〇 同・店内

  髙橋、パソコンでネット証券会社のホームページにアクセスし、外国為替のオプション取引をしている。

  パソコンの画面を凝視し、必死な感じ。

片岡のN「就職できたという嘘をごまかすには、給料分の金が必要だ。髙橋はそのため、妻が大切にしていた着物を内緒で売り、その金で外国為替のオプション取引を始めた。しかし、かえって損失が膨らむばかりだった」

 

〇 髙橋が当時住んでいた借家・室内(時期は6月)

髙橋、妻と対峙している。険悪な雰囲気。

片岡のN「そして髙橋は嘘の上塗りをしてしまう」

髙橋「就職できた会社は給料を払ってくれないから辞めちゃったよ。でも、別の会社に就職できたから」

妻「そんなことより、私の着物をどうしたの」

髙橋「……ごめん」

  妻、髙橋の顔を平手打ち。

片岡のN「こうして着物を売ったこともばれ、妻との仲は険悪になった。そして結局、家賃や光熱費を滞納し続け、借りていた家から退去せざるを得なくなった」

 

〇 現場界隈の風景(時期は7月)

  

〇 廃屋

  ※建物を見たことはないのですが、普通の民家だと思います(参考画像は、事件後に建物が壊された跡地です)。

  その敷地に止まっている髙橋の車。

  運転席に髙橋、助手席に妻。2人とも、けだるい感じ。

片岡のN「住むところがなくなった髙橋は事件現場近くで空き家を見つけ、管理人に交渉し、無償で2週間借りられることになった。ただ、家は人が住める状態ではなかったので、荷物だけを室内に置き、敷地での車上生活を余儀なくされたという」

 

〇 仙台拘置支所・面会室

  髙橋と片岡、向かい合っている。

  髙橋、赤いトレーナーに短パンという服装。

※これ以降は、面会室での服装は記録していないので、似たような雰囲気のものを描いてください。

髙橋「で、女房が家を欲しいと言うんで、俺、また嘘をついちゃったんだよ。頭金の600万円は就職した会社に貸してもらえるって」

片岡「その嘘をごまかすお金を得るため、遠藤さん宅に強盗に入り、結果的に殺人まで犯したと?」

髙橋「……そうだね」

片岡「1つ疑問なのですが、強盗したお金で家を買えたとして、その家に住めると思っていたのですか?」

髙橋「俺は逮捕されるのを覚悟していたよ。でも、女房だけはまともな生活をさせてやりたいと思ったんだよ」

片岡「強盗したお金で家を買えても、髙橋さんが逮捕されたら、奥さんもその家に住めるわけないと思いますが……」

髙橋「(ムカっとして)そんなことはないよ。俺が捕まっても、女房だけで住めるだろ」

片岡「……そんなことが可能だと本気で思っていたんですか」

髙橋「何言ってんだよ! 本気だよ!」

片岡「……そうですか。お考えはわかりました」

片岡のN「実は髙橋は心理鑑定で、“認知の歪み”が大きいと判定されていた。強盗した金で家を購入し、犯行が発覚しても妻がその家に住めると思ったのはそのせいだろう」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版14話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より


〇 仙台の裁判所庁舎・外観

片岡のN「青木さんが国に損害賠償を求めた裁判は、一審が福島地裁で敗訴に終わり、当時は仙台高裁で控訴審が行なわれていた」

 

〇 同・記録の閲覧室

  机に座り、記録を閲覧している片岡。

片岡のN「そこで私は仙台高裁を訪ね、この訴訟の記録を閲覧した。そして、意外な事実を知ることになる」

片岡のM「こ、これは…」

  以下、片岡のイメージ。

 

〇 福島地裁郡山支部・評議室

T「福島地裁郡山支部の評議室」

片岡のN「裁判員裁判では、裁判官と裁判員が法廷での審理に基づいて評議し、被告人は有罪か否か、有罪であれば量刑はどうすべきかを決める。青木さんは国を訴えた裁判に提出した書面で、評議の様子をこう説明していた」

  裁判員と裁判官がラウンドテーブルに座っている(※裁判官は男が2人、若い女が1人)。

  青木の前に、凶器のペティナイフが入った透明の四角いアクリルケースが置かれている。

  そのナイフの切っ先が青木のほうに向いており、青木は気味悪そうにしている。

青木のN「評議の6日間、凶器のナイフがラウンドテーブルの上に置かれ、その刃先は常に私に向けられていました。その目的については説明がなく、被告人の凶悪さを裁判員に植えつけ、死刑以外にないことを黙示させるためとしか思えませんでした」

  × × ×

青木のN「別の日には、こんなこともありました」

  青木、ラウンドテーブルの席に座り、A4サイズの紙を見ている。

  その紙には、いわゆる「永山基準」が次のように箇条書きされている。

 

(一)犯行の罪質

(二)動機・計画性

(三)犯行態様

(四)結果の重大さ

(五)遺族の被害感情

(六)社会的影響

(七)犯人の年齢

(八)前科

(九)犯行後の情状

 

青木のN「評議の多くは、永山基準(※)に沿って行われたのに、永山基準に関する具体的説明はありませんでした。私は、このうち「前科」の項目が気になりました」

欄外クレジット「※刑事裁判で死刑を適用するか否かの判断基準」

青木「あのお、裁判長…」

裁判長「なんですか」

青木「被告人には、前科はなかったはずです。前科の項目は削除すべきではないでしょうか」

裁判長「まあ、前科の有無に関係なく、被告人はこれだけ悪いことをしたわけですから」

青木「えっ…」

裁判長「何か?」

青木「いえ、何でも、ありません…」

青木のM「それじゃあ、永山基準なんて意味ないじゃない…」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版14話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より
▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版14話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より


〇 同・法廷

裁判長「主文。被告人を死刑に処する」

  と証言台の前に立った髙橋に対し、サラリと宣告する。

  髙橋は無表情。

  裁判員の席にいる青木、髙橋の顔を見られず、下を向いている。

青木のN「こうして私は、よくわからないまま死刑判決に関与してしまったのです。今も裁判のことを思い返すと、死刑判決に間違いはなかったのか、反省と後悔と、自責の念に押しつぶされそうです」

 

〇 心療内科クリニック・外観

青木のN「裁判の後、ASDを発症した私は、それまでしていた介護の仕事も続けられなくなりました」

 

〇 同・診察室

  医者に診てもらっている青木。げっそりしている。

青木のN「そして病院では、先生にこう告げられました」

医者「殺人現場や遺体に関することは、時間が経てば、記憶は薄れていくと思います。しかし……」

  青木、息をのむ。

医者「死刑判決を下したことに対する自責の念は一生消えないと思います」

  青木、ショックに打ちひしがれる。

 

〇 青木の家・台所(夜)

  パジャマ姿の青木、入眠剤を口の中に入れ、コップの水を飲んで、体内に流し込む。

青木のN「入眠剤を何錠飲んだら、この苦しみから解放されるのか…私はそう考えてばかりで、歯車の狂った老後の生活を考えることすら苦痛です」

 

〇 同・窓の近く(青木の夢)

  青木が窓の外を見ると、ボロボロの服を着た髙橋が立っている。

青木のM「ひ、被告人…」

  髙橋、無表情で家の中に入ってくる。

  青木、髙橋に追いかけられ、必死に逃げ回る。

 

〇 青木の家・寝室

  布団で寝ていた青木、「ひぇっ」などと言い、目を覚ます。

夫「(隣で寝ていて)また怖い夢を見たの?」

  青木、震えている。

 

〇 仙台の裁判所庁舎・記録の閲覧室

  イメージ明け。

  片岡、青木の訴訟の記録を読んでいる。

片岡のN「青木さんが裁判員を務め、何より大きな苦痛になったのは、遺体や現場の写真を見たり、幸代さんの悲鳴を聞いたりしたことではなく、死刑判決に関与したことだった。マスコミはその事実を隠していたのだ」

 

〇 仙台拘置支所・外観

片岡のN「私は、髙橋にもこのことを伝え、考えを聞いてみた」

 

〇 同・面会室

  髙橋と片岡、向かい合っている。

髙橋「そんなことになってたんだ……俺が言うのもなんだけど、やっぱり死刑判決が出る事件は裁判員裁判にすべきじゃないよね」

片岡「青木さんは無責任に死刑判決を下したと思い、自責の念にとらわれているようです」

髙橋「……あの人が無責任なんてことはないよ。今でも覚えてるけど……」

 

〇 福島地裁郡山支部・法廷(髙橋の回想)

  裁判員席に座っている青木、証言台の椅子に座った髙橋に質問する。

  お互いに無表情で、事務的な感じのやりとり。

青木「自分のナイフを持っていたのに、被害者の家に入ってから台所の包丁も持って2階に上がったのはなぜですか」

髙橋「男性が2人いたら、自分の身を守れないと思ったからです」

青木「わかりました。ありがとうございます」

 

〇 仙台拘置支所・面会室

  回想明け。

  髙橋と片岡、向かい合っている。

髙橋「俺の裁判は公判が5回しかなくて、裁判員からの質問はほとんどなくてね。俺は死刑判決に不満はないけど、正直、裁判のやり方は不満だったんだ」

片岡「……」

髙橋「でも、あの人は質問してくれたからからね」

片岡「青木さんは、髙橋さんが夢に出てきて、追いかけ回されると言っていました」

髙橋「(うつむき)それは……申し訳ないよね。そうとしか言えないよ……」

片岡のN「犯人だけではなく、裁判員まで苦しめる死刑判決。同じことは他の死刑判決が出た事件でも起きているだろう。ただ――」

 

〇 会津美里町・俯瞰

片岡のN「私はこの少し前、事件の現場を訪ね、もう1つの過酷な現実を目の当たりにしていた」

 

〇 同・髙橋が車上生活をしていた廃屋があった場所

  廃屋は取り壊され、がれきの山になっている。

  片岡、立って、それを見ている。

片岡のN「髙橋が車上生活をしていた空き家の敷地は、家が取り壊され、がれきの山になっていた。そこから100メートル足らずの場所に、被害者の遠藤さん宅はあった」

  片岡が視線を向けた先に、遠藤さん宅。

 

〇 遠藤さん宅・和室(片岡の想像)

  遠藤信広さんの90歳を超す母親がポツンと一人で正座している。

片岡のN「地元の人によると、遠藤信広さんの90歳を超す母親は、事件後も1人で家に住み続けているという。刃物でめった刺しにされた息子夫婦の遺体が横たわっていた家に、だ」

 

〇 同・遠藤さん夫妻の墓

  片岡、前に立っている。

片岡のN「遠藤さん夫妻の墓は、家のすぐ近くにあった。手入れが行き届いており、信広さんの母親が頻繁にお参りしていることが察せられた」

  片岡、墓に手を合わせる。

片岡のN「裁判員が人生を壊されるほどの苦痛を強いられていると知っても、私はこの母親のことを思うと、死刑を否定する気持ちにはならなかった」

 

〇  T「2016年3月8日、髙橋は最高裁に上告を棄却され、死刑が確定することになった」

 

〇 仙台拘置支所・外観

片岡のN「その約2週間後、私は髙橋と「最後の面会」をした」

 

〇 同・面会室

  髙橋と片岡、アクリル板越しに向かい合っている。

髙橋「上告を棄却されたのは、弁護士の電報で知ったけど、頭が真っ白になったよ。今もまだラジオを聞けないし、新聞も見られないし、何も考えられないよ」

片岡「いざ死刑が確定することになると、やはり怖いですか」

髙橋「そりゃ、恐怖はあるよ。判決を受け入れるのが大事というのはわかる。でも、「ただ死ぬだけ」はいやだという思いもあるね」

片岡「「ただ死ぬだけ」とは?」

髙橋「遺族の方が『ありがとう』と言ってくれるなら、いくらでも首をくくるよ。でも、俺が死んでも、ご遺族はいつまでも苦しむでしょ。何のために死ぬのかって考えてしまうよね。ただ、被害者のお母さんは高齢なんで、「早く何とかしないと」という思いもあるけどね」

片岡のN「たしかに遠藤信広さんの母親は、髙橋が死刑執行されるまで死んでも死に切れないだろう。髙橋もそれはわかっているのだ」

髙橋、思い悩んでいる感じ。

片岡のN「そして面会時間が終わる直前、私はこの場に「悩める人間」がもう1人いることに気づいた」

  男性刑務官が「そろそろ時間ですので・・・」と声をかけてくる。

  片岡、刑務官のほうを見て、かるく驚く。

  定年間際のような年頃の小柄な男性刑務官が壁際に立ち、視線を下に落とし、片岡と目を合わせないようにしてガタガタと震えている。顔は真っ赤で、怯え切った感じ。

片岡のN「ほどなく髙橋の死刑が確定すれば、私と髙橋は面会や手紙のやりとりができなくなる。この刑務官はそれがわかっているので、私に面会の終了を告げることに後ろめたさを感じたのだろう。そして――」

  髙橋、「じゃあ」と言い、面会室を出ていく。

その後ろから、刑務官もおぼつかない足取りで面会室を出ていく。

片岡、2人を見送っている。

片岡のN「彼は今後、髙橋の死刑執行を担う可能性もある立場だ。それも私に対し、怯えた態度を見せた理由だろう」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版14話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より


〇 仙台拘置支所からの帰りの道

  片岡、振り返り、庁舎を見る。

片岡のN「髙橋は今後、死刑が執行されるその時まで獄中で死の恐怖に苛まれ続けるだろう。あの刑務官も彼なりの苦悩を抱いて、髙橋と向き合い続けるのだろう」

  片岡、歩いていく。

 

〇 T「この7カ月後、青木さんが国に損害賠償を求めた裁判は、最高裁で敗訴が確定した。しかし、この青木さんの提訴をきっかけに、裁判員裁判では、遺体の写真はイラスト化するなどの配慮がなされるようになった」

 

(了)

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