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シナリオ獄中面会物語4 分冊版第12話:伊藤和史死刑囚(長野資産家一家殺害事件殺人事件)

 実在死刑囚たちに対する私の面会取材の記録について、漫画家の塚原洋一先生が漫画化してくださった電子書籍『マンガ「獄中面会物語」』(発行/笠倉出版社、企画・編集/伊勢出版)の分冊版9~15話のうち、今回は第12話の伊藤和史死刑囚(長野資産家一家殺害事件)との面会のシナリオを紹介します。

   死刑囚の中にも、犯行に至る経緯に同情を禁じ得ない人物がいますが、伊藤死刑囚はその最たる存在と言えるかもしれません。

 実際、伊藤和史死刑囚の上告を棄却し、死刑を確定させた最高裁も、 〈動機,経緯には,酌むべき事情として相応に考慮すべき点もある〉判決) と言っているくらいです。
 
 シナリオを読み、関心を持たれた方はぜひ漫画もご一読下さい。 獄中面会物語シリーズの中でも胸に迫る場面が特に多い作品になっていると思います。

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シーモア

〇 伊藤和史の上告棄却を伝えるニュース動画

出典クレジット「テレ朝news2016年4月26日配信」

片岡のN「私が会った死刑囚たちの中には、被害者側面がある者がたまにいた。中でも忘れがたいのが「長野資産家一家殺害事件」の“首謀者”伊藤和史(事件当時31)だ」


〇 被害者K一家の家・外観(朝)

片岡のN「伊藤たちが事件を起こしたのは2010年3月24日の朝だった。長野市の会社経営者K・Fさん(同62)の家に住み込みで働いていた伊藤は、3人の男と共謀し、家で寝ていたK・Fさんとその長男K・Rさん(同30)、K・Rさんの内妻Y子さん(同26)の3人を順次、首にロープを巻きつけて殺害した」


〇 資材置き場

片岡のN「そして殺害した3人の遺体を愛知県西尾市の資材置き場まで運び、土中に埋め、Kさん一家宅から現金約416万円を奪ったのだった」


〇 長野中央署・外観

片岡のN「このように完全犯罪を目論んだ伊藤たちだが、被害者一家3人が行方不明になった後、親族が警察に捜索願を出し、犯行が発覚。全員が強盗殺人罪と死体遺棄罪で立件された」


〇 片岡、デスクトップパソコンかアイフォンで事件に関する記事を見ている

片岡のN「犯人4人のうち、“首謀者”とされた伊藤と他2人の男が長野地裁の裁判員裁判で死刑判決を受けたが、私がこの事件に関心を抱いたのはそれ以後のことだ」


〇 「裁判員裁判の死刑判決破棄 長野一家殺害で東京高裁」という見出しの記事

出典クレジット「日本経済新聞ホームページ2014年2月27日配信」
片岡のN「死刑判決を受けた3人のうち、まず池田薫(同34)という男が控訴審で「犯行への関わり方が限定的だった」などとして無期懲役に減刑され、物議をかもした」


〇 「長野一家殺害で死刑確定へ 裁判員死刑、最高裁が初判決」という見出しの記事

出典のクレジット「産経ニュース2014年9月2日配信」
片岡のN「その約半年後には、松原智浩(同39)という男が最高裁に上告を棄却され、死刑が確定。これは裁判員裁判の死刑判決が初めて最高裁で判断された事例となった」


〇 東京拘置所・外観

T「2014年11月初旬 東京拘置所」


〇 同・面会室

  片岡、先に面会室に入り、相手が現れるのを待っている。

片岡のN「一体どんな事件だったのか…私は、“首謀者”とされる伊藤に会ってみたいと思った」

  伊藤、アクリル板の向こう側に笑顔で現れる。
  
  冒頭のニュース動画とは別人のように痩せている。

  上は紺のタートルネックのスウェット、下はグレーのスウェットという服装。

  容貌はヤクルトの小川を柔らかくした感じ。

  髪型は天然パーマで大泉洋のような感じ。

伊藤「はじめまして。わざわざ寒い中、ありがとうございます」

片岡のN「伊藤は、報道の写真とは別人のように痩せていた。とても殺人犯には見えない爽やかな感じの男だった」

片岡「裁判が大変な状況なのに、突然お訪ねしてすみません」

片岡のN「この時、伊藤はすでに控訴審でも死刑判決を是認され、最高裁に上告中だった」

伊藤「大丈夫です。僕はこのまま死刑が確定すると思っていますから…ただ、こんな状況になっても人の生命を奪ってしまうのが心苦しいですが」

片岡「人の生命を奪うとは?」

伊藤「共犯者の松原さんは、僕が事件に巻き込んだんです。それなのに、松原さんが僕より先に死刑が確定してしまって…」

片岡「伊藤さんたちはなぜ、あのような事件を?」

伊藤「あの時はああするしかないと思ったんです。今思えば、他に方法はあったかもしれませんが…」

片岡のN「伊藤の説明は曖昧だが、事件の背景に複雑な事情があったと察せられた」

伊藤「うまく話せないですね。今は普段、人とほとんど話してないこともあって」

片岡「では、改めて少しずつ、事件について話を聞かせてもらえませんか」

伊藤「わかりました。よろしくお願いします」

  × × ×

伊藤「今日は私に「話す機会」を与えてくださり、ありがとうございます」
  
  とお辞儀。
  
  面会室から出ていく片岡に対し、伊藤は手を合わせ、「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄」と経を唱えている。

片岡のN「私が帰る際、伊藤は経を唱えながら見送ってくれた。これ以後も面会に訪ねた際はいつもそうだった」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版12話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より



〇 伊藤から片岡のもとに届いた手紙(封書)

片岡のN「それから1年半ほど私は伊藤と面会、文通を重ねたが、伊藤は基本的に何でも気さくに話した」


〇 何か大阪を象徴するスポット

片岡のN「伊藤は1979年2月16日、大阪で生まれ、ずっと大阪で育った」


〇 チューバを吹いている中学生の伊藤(これ以降、冒頭のニュース動画のように太っている)

片岡のN「小学生の頃はピアノや水泳をならい、中学時代は吹奏楽部でチューバを担当。好奇心旺盛な子供だったようだ」


〇 インド料理屋

  インド料理店のコックとして働いている伊藤。

片岡のN「中学卒業後は専修学校に進学したが中退。その後はインド料理店のコックやゴミ回収員、風俗店の従業員などとして働いた。そして26歳の時、結婚している(※)」

欄外に注意書き「※ただし、入籍は29歳の時」


〇 アパートの一室

  伊藤、年齢は同じくらいに見える妻、小学3年生の娘と夕食の食卓を幸せそうに囲んでいる。

片岡のN「伊藤は妻、妻の連れ子である娘と3人で幸せな家庭を築きつつあった」


〇 東京拘置所・面会室

  片岡と伊藤、アクリル板越しに向かい合っている。

片岡のN「しかし伊藤は31歳だった犯行時、大阪に妻子を残し、長野で被害者が営む会社で働いていた。その経緯が私は気になった」

片岡「なぜ、一人で長野に?」

伊藤「それは色々複雑な経緯がありまして…」

片岡「やはり事件に関することは話しにくいですか?」

伊藤「はい。言葉に詰まります。漫画の世界にいる感覚だったんで…」

片岡「漫画の世界ですか…?」

伊藤「当時の生活は「怖い」とか「恐怖」とかいうレベルを超えていたんです」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版12話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より



〇 伊藤の一、二審の判決文

片岡のN「結局、伊藤は自分で事件のことを説明するのが難しそうなので、私は裁判記録にあたってみた」


〇 深刻な表情で裁判記録に目を通している片岡

片岡のN「そしてわかった事件の背景は、思ったよりはるかに複雑だった」


〇 大阪府堺市の歓楽街のイメージ

T「2005年7月 大阪府堺市」
片岡のN「不幸の始まりは事件の5年前に遡る。伊藤は当時、堺市の風俗店で働いていた」


〇 路上(夜)

  ガラケーで話している伊藤

電話相手の男Aの声「ちょっと一緒に食事せえへんか?」

伊藤「今からですか?」
片岡のN「ある日、伊藤が仕事を終えた夜0時頃、Aという男から電話があった。Aは以前、一緒に風俗店で働いていたが、勤務態度が悪くクビになっていた」


〇 マンション・前

片岡のN「伊藤はAに言われるまま、“Aの家”まで迎えに行ったのだが…」


〇 同・室内

  壁には、「額に収められたヤクザの紋」や「袴姿の怖そうな人の写真」。

片岡のN「そこは一目瞭然の暴力団事務所だった。実はAは風俗店で働く前から暴力団に所属していたのだ」

  伊藤、床に倒れていて、Aとその兄貴分の屈強そうな男Mが伊藤を見下ろしている。

A「わしの兄貴のMさんや(とMを紹介)」

  M、伊藤の髪をつかみ、

M「わしの舎弟に何してくれたんや」

伊藤「ぼくは…何も…」

M「金つくって、ケジメつけんかい!」

片岡のN「この男Mも暴力団組員で、舎弟のAが風俗店をクビになったのを口実に伊藤を恐喝してきたのだ」


〇 深刻な表情で裁判記録を読んでいる片岡

片岡のN「伊藤はMに殴る蹴るされたうえ、500万円の借用証を書かされた。そして次々に4人の男と養子縁組させられながら金融業者に借金し、全額を取り上げられた。Mは2、3日に1度、伊藤が働く風俗店にきて、日払いの給料も奪い取ったという」


〇 カラオケボックス・外観(夜)


〇 同・店内

酔っぱらったMが空のビールジョッキで、伊藤の頭を殴る。

伊藤の頭から血が流れだす。

片岡のN「さらに伊藤はMから頻繁に凄まじい暴力をふるわれた。しかも…」


〇 畳敷きの部屋

  伊藤、MにA4版の封筒を手渡している。

片岡のN「伊藤はMから携帯電話、財布、自宅の鍵を奪われ、戸籍謄本や住民票まで提出させられていた」

M「もし警察に行ったら、お前も家族も終わりやからな」

片岡のN「そのうえで家族のことでも脅され、逃げようがなかったという」


〇 やせ細った伊藤(これ以降、面会した時のように痩せている)

片岡のN「この悲惨な日々の中、伊藤は心身共に疲弊していった」


〇 最初にAに呼び出されたマンションの部屋

  M、被害者の1人K・Rを伊藤に紹介している。

  K・Rもいかにもヤクザといういかつい男。

M「わしの舎弟のK・Rや」

伊藤「はじめまして…」

片岡のN「そんなある日、伊藤はMから1人の暴力団組員を紹介される。これがのちに殺害する被害者の1人K・Rとの出会いだった」

K・R「お前の戸籍謄本や住民票、自宅の鍵はワシが引き継いだ。もう逃げられへんぞ」


〇 ガラケーで通話相手のK・Rからあれこれ指示されている伊藤

片岡のN「伊藤はその後、リサイクル業やプラスチックの取引などの仕事をさせられたが、途中からMよりK・Rから指示されることが多くなった」


〇 ガラケーで通話相手の伊藤に対し、怒鳴っているK・R

片岡のN「K・Rからは頻繁に「金を作れ」「働け」と怒鳴られていたという」


〇 高速道路の下の空地(朝)
  
  ベンツが停車している。

片岡のN「そして2008年7月、伊藤の目の前で衝撃的な事件が起きた」

  ベンツ(左ハンドル)の助手席で酔って眠り込んでいるM。

  そのMの頭部に至近距離まで近づけられるピストルの銃口。

片岡のN「K・Rが兄貴分のMを射殺したのだ」

  運転席で撃ち終わったピストルを持っているK・R。

  車の外で驚いている伊藤。

片岡のN「K・Rも以前からMに殴られたり、金や車を催促されており、Mと縁を切りたいと思っていたという」


〇 K一家宅・外観  

片岡のN「この事件後、伊藤はK・Rに長野に連れてこられた」

T「長野市真島町 K一家宅」


〇 同・リビング

  のちに伊藤たちに殺害される被害者の会社経営者K・F(参考情報・喫煙者です)が偉そうな感じでソファーに座っていて、その向かいに伊藤とK・Rが立っている。

K・F「お前は、月の半分は長野で仕事せえ」

片岡のN「K・Rの父であるこの男が、のちに伊藤たちに殺害される会社経

営者のK・Fだ。こうして伊藤はK父子の支配下に置かれたのだ」


〇 住宅街

片岡のN「K・Fが経営する会社は本体が高利貸し業だが、債務者たちから取り上げるなどした様々な事業を営でんいた」


〇 民家の玄関先

  スーツ姿の伊藤、パンフレットを持ち、住人の主婦に家のリフォームを勧めている。

片岡のN「伊藤はK父子から、リフォーム会社の営業、塗装会社の現場作業、高利貸しの手伝いなど様々な仕事をさせられた」


〇 塗装工事中の家(昼)

工事のための足場を組んでいる作業員姿の伊藤。

片岡のN「平日は朝から晩まで無給で働かされ、収入を得るために深夜に別の仕事もしたため、睡眠は一日平均3、4時間だったという」


〇 走るベンツ

  伊藤が運転し、後部座席では、洋服などの買い物袋を持ったK・RとY子がくつろいでいる。

T「(Y子に)K・Rの内妻Y子」

片岡のN「休日も朝からK父子に付き人や運転手をさせられ、自由な時間はほとんどなかった」


〇 K一家宅・外観(夜)

片岡のN「さらに途中から伊藤はK一家の家に住み込みにさせられた」


〇 同・伊藤の部屋(夜)

伊藤、ベッドで横になっているが、眠れずに起きている。

片岡のN「自由に外出できないうえ、部屋には鍵がなく、心が休まる時がまったくなかったという」


〇 塗装工事の現場(昼)

  伊藤がK・Rと向かい合い、何かお願いしている。

片岡のN「そんな日々の中、伊藤はたびたびK父子に「大阪で暮らす家族に会いたい」と訴えていたが――」

K・R「ダメや。(射殺された)Mのようになってもええんか」

  おびえる伊藤。

片岡のN「K・Rにそう脅され、伊藤は盆や正月、娘の小学校の卒業式など限れた時しか大阪に帰らせてもらえなかった」
 

〇 K一家宅・リビング

  ソファーに座ったK・Fがガラケーで通話相手と楽しそうに話している。

K・F「いやあ、その節は××さんにお世話になりました」

  伊藤、その前に立っている。

片岡のN「K父子は警察とも親しく、無許可で高利貸しを続けながら、警察に通報があっても注意されるだけで済んでいた。そのため、伊藤は警察にも相談できなかったという」


〇 K一家宅・外観(夜)

片岡のN「過酷な生活が続く中、伊藤は「ある出来事」により決定的に追い込まれる」

〇 同・ダイニング

  K・F、K・R、Y子、伊藤がテーブルで食事をしている。

K・F「伊藤、お前の嫁と娘を長野に連れて来い」

伊藤「え?」

K・F「新しくオープンするキャバクラでお前の嫁を働かすんや。娘も年ごろになったら働けるし、仕事に困らんやろ」

伊藤「それはできません」

片岡のN「この時、伊藤は口が勝手に即答していた」

  K父子、そろって憤怒の表情に。

  そして「お前はアホか!」「誰のおかげで飯が食えとるんや!」(K・F)、「誰に口答えしとるんや!」(K・R)などと怒鳴りながら、伊藤のことを殴ったり、蹴ったりする。

  伊藤はボコボコにされながら、「お願い…妻と娘はやめて…」などと訴える。

片岡のN「K父子に全面的に服従していた伊藤だが、この時は必死に訴え続けたという」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版12話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より


〇 同・伊藤の部屋

  ベッドに座り、宙を見ている伊藤。

片岡のN「一時は自殺も考えた伊藤だが、妻子に危害が及ぶ可能性を考えると、自殺もできないと思うようになった――」


〇 同・駐車場(昼)

片岡のN「その1カ月後、伊藤がK父子に駐車場の天井のペンキ塗りをさせられた際、一緒になったのが「共犯者」の松原だった」

 ペンキ塗りの作業をする格好をした松原、ガラケーを手にため息をつく。

 同様の恰好をした伊藤、松原のそばに立っていて、

伊藤「松原さん、どうしたんですか?」

松原「女にメールしてるんやけどな、会長(K・F)と専務(K・R)がおったら、結婚できへんなあと思うてな」

伊藤「……」

片岡のN「松原も当時、K・Fへの借金返済のために住み込みでわずかな給料で働かせられていた」

松原「誰か、あの2人を殺してくれへんかなあ…いや…あの2人を殺してやりたいわ」

  松原は真面目に言っていないが、伊藤は真顔で聞いていて、

伊藤「松原さん、一緒にやりませんか」

  松原も真顔になり、

松原「…そうやな。やるしかないな」

片岡のN「こうして2人は犯行に突き進んでく」


〇 共犯者の池田薫と物陰で話している伊藤

片岡のN「伊藤はK父子殺害のため、自分たちと同様にK父子に安月給で働かされていた債務者の池田薫も犯行に引き入れた」


〇 もう1人の共犯者・斎田という男とガラケーで話している伊藤

片岡のN「さらに仕事を通じて知り合った愛知県西尾市の斎田秀樹(同51)という廃プラスチック販売業者の男に、150~200万円の報酬で殺害後のK父子の遺体の処分を依頼した。こうした行動のため、伊藤は裁判で「首謀者」と認定されたのだ」

欄外で注意書き「※斎田は裁判員裁判で懲役28年の判決を受けたが、控訴審で懲役18年に減刑され、最高裁で確定した」


〇 T「そして事件当日の朝、伊藤たちは眠っていたK父子、家に居合わせたK・Rの内妻Y子の3人を相次いで殺害した」

欄外に注意書き「※以上の事件の経緯は伊藤の裁判記録のうち、主に(1)控訴審判決、(2)弁護側が控訴審で提出した上申書に基づく」


〇 東京弁護士会館・外観

T「2015年12月 東京弁護士会館」 

片岡のN「私は伊藤の弁護人にも話を聞いた」


〇 同・会員室

  テーブルをはさみ、椅子に座っている今村義幸弁護士と片岡。

T「今村義幸弁護士(長野県弁護士会)」

片岡のN「今村は捜査段階から伊藤の弁護人を務め、この時までに伊藤と400回以上接見するなど伊藤の心の支えにもなっていた」

今村「私はこれまで伊藤さんが死刑になるべきだと思ったことは一度もないんです」

片岡「たしかに事件に至る経緯は気の毒ですが…被害者たちを殺害後、お金を取っているのはどう思いますか?」

今村「伊藤さんたちはお金が欲しかったのではなく、遺体の運搬を頼む人に払う報酬が必要だったんです。お金を取り、報酬を支払うことは、伊藤さんたちにとってKさん父子から逃げるための手段だったんです」

片岡のN「実際、伊藤たちが盗んだのは約416万円だったが、K一家の家には数千万円の現金が残されていたという」

〇 控訴審判決を読んでいる片岡

片岡のN「では、ここまで被害者的側面が強い伊藤たちがなぜ、死刑判決を免れなかったのか。私が思うに…」


〇 K一家宅・K・R夫婦の寝室(朝)

  ベッドで寝ているK・R。

  そのかたわらに立っているY子

Y子「もうすぐ9時だよ。起きないの」

片岡のN「事件前夜、伊藤はK・Rに睡眠薬入りの夜食を食べさせていたのだが、朝になってもK・Rが目を覚まさないことに、内妻Y子が不審を抱いていた」

  Y子の背後に立つ伊藤。震える手にロープを持っている。

片岡のN「伊藤たちはそのため、犯行前は殺す計画がなかったY子まで殺害してしまった。殺したのがK父子だけならば、伊藤たちは死刑を免れていたかもしれない」


〇 T「2016年4月26日、伊藤は最高裁に上告を棄却され、死刑が確定することになった」


〇 東京拘置所・外観(昼)

片岡のN「それから2週間余りが過ぎた日、私は伊藤と「最後の面会」をした」


〇 同・面会室
 
  伊藤と片岡、アクリル板越しに向かい合って座っている。
 
  伊藤は元気がない様子。

片岡のN「死刑判決が事実上確定し、伊藤はさすがに元気がなかったが、この日も自分のことより周りの人間のことを心配していた」

伊藤「僕もつらいですが、僕より弁護士が大変だと思うんです。妻と娘も加害者家族ということで、差別受けてるみたいで…妻には『離婚という選択肢もあるんで、よく考えてください』と伝えています」

片岡のN「私は伊藤にかける適当な言葉を見つけられなかった」

伊藤「僕、何のために生まれてきたんかと思います…」

片岡のN「伊藤は私に話さなかったが、裁判記録によると、少年時代も母親の再婚相手の男からの暴力に苦しめられていた。ずっと暴力に支配された人生だったのだ」

片岡「伊藤さんは、死刑になるべき人ではないと思います」

伊藤「そう言ってくれて、うれしいです。片岡さん、健康に気をつけてください」

片岡のN「伊藤はそう言うと、予期できない行動をとった」
 
  伊藤、身体を前に倒し、両の掌をハイタッチするような恰好でアクリル板にぴたりとくっつけてくる。

  片岡もアクリル板越しに自分の両の掌をくっつけ、伊藤の両の掌と重ね合わせる。

伊藤「(下を向いたまま)これからもよろしくお願いします」

片岡「こちらこそ」

刑務官「時間ですので…(やや申し訳なさそうに)」

  × × ×

  伊藤、片岡に手を合わせ、経を唱えている。

片岡のN「この日も私が帰り際、伊藤は私に手を合わせ、経を唱えていた」

  片岡、面会室から出て、ドアを閉める。

片岡のN「数日後、伊藤は最高裁に判決訂正の申し立てを退けられ、死刑が確定。面会や手紙のやりとりはできなくなった」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版12話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より



(了)

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