見出し画像

コーヒーとシロップ

嫌いなものがたくさんあります。
その中から一つ、アジア人があまり好きではないです。具体的に日本、朝鮮、中国が。僕ゴリゴリの日本人なんですし、なんなら女性の顔やスタイルは圧倒的に日本人が好きなので生まれ変わっても日本人でありたいと思っているけども。分かってますよ、非常にわがままな暴論である事など。

夜勤上がりでドーパミンがドバドバなんで文章書いてます。


なぜ僕がアジア人があまり好きではないかと言うと、理由はかなり完結で"閉鎖的かつ、当たり前なコミュニケーションが取れない人が多い"から。

留学生の多い大学に入学したことや、住み込みで行ったバイト先がたまたま出稼ぎに来ている外国人の溜まり場であったこと、1人ぶらり旅の最中に寂しくなり、同じく1人ぶらり旅をしていた韓国人に話しかけてLINEを交換したこと(今も続いている)、そして今のバイト先がただでさえ外国人観光客が多い京都である上に、ホテルという必然的に外国人と話す機会ができてしまう場所にいること、とこんな感じで特にこの一、二年間はやたらと外国人と話す事が多い。
中でも一番影響していることは今のバイト先。
ホテルと言ったが、コンセプトが"生活をする"というかなりゲストハウスよりなもので

①普通のホテルよりかなりカジュアルなラウンジ
②制服が白シャツにデニムパンツ
③フロントとレストラン設備及び業務が一緒
④連泊しても清掃は三日に一回
⑤なぜか手挽きコーヒー

など普通のホテルとは少しズレた点がたくさんある。そのおかげで良い意味で敷居が低く、スタッフとクライアントの距離がかなり近い。カウンター越しで雑談をすることや、帰っていく人に対してお辞儀ではなく、バイバイと手を振ることも多くある。
まともなコミュニケーションも取れないような客ばかりがくるコンビニの夜勤をしていた頃とは打って変わって、精神的にも経済的にも潤った健康的な生活ができているわけだ。もちろん職場の人がみんな優しくていい人ということも理由の一つ。

反対に、一方的で横柄で無愛想な人もいる。アジア人にはそれが多い。とにかく口角が下がって笑顔が少なく挨拶ができない。特に年配になればなるほど多い。
きっとこれは国柄や生い立ち、もっと言えば政治的な問題も関わって来るのだろうと思う。他の国がどういうもんなんかあんま知らんけど。でも、欧米人はとにかくずっと明るく楽しそうで。うまく言えないんだけどいちいち動きが明るくカジュアル。ずーっと口角が上がってにこやか。
こんなのただの僕の押し付けとエゴでしかないけど、挨拶だけでもちゃんと笑顔で目を見てするだけで随分気持ちよく生活出来ると思うんですよね。接客でも客と店員は1:1、ウィンウィンの関係です。欧米人、みんな笑顔で『ありがとう』や『おはようございます』を伝えてくれるで。僕らもしっかり挨拶してこや。

それから違う視点の話になるんだけど、僕は元々全く英語が出来なくて。今もそんなに言うほど出来んけど。
だけど今のバイト先に来るまで、本当に自分でも引くくらい出来なくて。高校生の頃はテストでは赤点常連、最高点も三年間通して50点ジャストくらいで学年でもワースト10入りは普通のこと。ホテル英語というパターン化されたものばかり使用しているとはいえ、今の姿はとんでもない成長だと思う。

もちろん恐怖心もある。今でも対応の時に少しためらいが生まれ、行動に数秒のラグが起こる。それでもちゃんと対応出来るのは、文法を覚えなくても単語の意味や会話の中で正しい発音を知り、記憶することで断片的でも何パターンかの意味を見出すことが出来るようになったこと。
そして結局は英語もただのコミュニケーションであるということである。みんな機械じゃなく人間だから定型に乗っ取らないそれぞれの話し方がある。
ジェスチャーや表情で相手がどうしたいかを読み取ること、要するに空気を読むこと。それって学校の授業では絶対に補えない部分で、実際にその場に立ち会わないと身につかないスキルだと思う。あとやっぱ本場の発音とかスピードは凄すぎる。これはもうどう言い訳しても敵わないだろうな。

ここまで言うと学校は無駄だなんてことを言っているように聞こえるがそんな事はなく、むしろ学校はとても大切だと思う。さっき言った"空気を読む"という事はコミュニケーションを通してでしか学ぶことが出来ないことだ。学校というのはその役割の大部分を担ってくれる。つまり多くのコミュニティを提供してくれる場所なのだ。             必ずと言っていいほど、みんなクラスや部活といった複数のコミュニティに所属し、そのコミュニティごとの立ち振る舞い、過ごし方を自覚しないうちに築き上げている。その中で空気を読むという事を学ぶ。それは他人の情緒を学ぶという事と一緒だ。                                                              "授業はあまり意味が無いけど学校は大切"なんて事、矛盾していると自分でも思う。だけどその矛盾は理にかなっている。
なんだかそれは甘くなりきることなんて無いのに、苦いからと言って入れるコーヒーとシロップの関係のようで。真意は見えないが知らないうちに繋がっている。

なーんて今日のバイト中ずっと考えてた。          生まれてたった21年の小僧の屁理屈でした。