認知症のおばあちゃん⑥ハッピーハッピーエンド

まだ母方のばあちゃんがボケるかボケていないかの時

婆)ボケれてよかったたい。お陰で死ぬのが怖くなか。いっぱい働いたご褒美ばい。

と言っていた。

それを聞いた俺は

さんざん働いたご褒美が

ボケて死の恐怖がないなんて……

どっちなんだろう?

と考えた。

この時の自分はまだ18歳で
人が死ぬ事に対して遠い感覚だった。


やがて俺は高校生から大学生になった。

大学生、遊ぶに遊んだ。

いつの間にかばあちゃんと触れ合う時間はなくなった。

とゆかあったけど友達と遊ぶ事を優先した。


そんなある日何の気なしに

俺)ばあちゃん、久しぶりにトランプしよう?

と言ってみた。

するとばあちゃんは

婆)もう、出来ん。

と言った。

俺)なんで?

婆)やり方を忘れたたい。

俺)え?トランプばい?切り札ばい??俺が小学校の頃から一緒にやりよったやん!?

婆)そうばってん忘れたとたい。

俺)そっか……人間ってそうなっていくんやね。


この頃には
ばあちゃんは昼と夜の区別はついていなかったし、よく怒っていた。
色んな事が分からなくなっいる自分の事は分かっていて、苛立っていたのだろう。


俺はばあちゃんとトランプが出来ない事は悲しくなかった。

なぜならそれだけ友達を大切に出来たと思ったから。


今日、福岡の父から家族のグループLINEで連絡があった。

父)5時45分逝ってしまった

と。

ばあちゃんが今日亡くなった。

涙が出た。

でも悲しい涙じゃなかった。

93歳

大往生だった。

姉貴が言った

じいちゃんとおばさんと
天国で逢ってるかな?

母が言った

逢っとうやろもん
じいちゃんが連れて行ってくれるんやから
天国の先輩なんやもん
姉ちゃんと一緒に連れに来たかもね

と。

俺は

じいちゃん働いてなかったけんこの世もあの世も変わらんって言ってそう。
でも変わるものが一つあってそれは
この世には俺たちがおる事やな


と思った。


葬式には俺は行かない事にしたけれど

母は、あたしもばあちゃんが死んだ時は
行ってないけんよかよ。
心でお祈りしてくれたら

と言っていた。


ばあちゃん
お陰で色んな事を学んだし、楽しい想い出が増えたよ。

いわゆるハッピーエンドっていうやつやね。

天国で会ったらトランプしよう。
そん時は俺も忘れとうかもやけど笑

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