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過去にあった結婚のはなし。

過去に自分から「結婚しよう」と思った事が2回、お見合い話しが1回ありました。

結婚しようと思ったのが2回とも私が20代のころでお見合い話しは30代でした。

自己紹介文にも書きましたが私のセクシャリティはゲイです。ですが、女性ともお付き合いをしたことがあって、30歳くらいまでは自分の生き方やセクシャリティに対して迷走していた時期でもありました。

結婚話しの前置きとして、ゲイにはいろいろな人がいます。(そもそもセクシャリティに関係なくいろいろな人はいますが。)生まれた時からコッチの自覚がある人、私のようにノーマルだと思っていたけど途中で目覚める人。(←表現変ですかね?)結婚してから目覚める人。自覚はあるけれど世間体を気にして結婚する人。などホントにさまざまです。

まず、1回目に結婚しようと思ったのは24歳の頃でした。相手の人は21歳くらいで決して美人さんではなかったけれど話しやすいし、もちろん結婚しようと思っていた人だから嫌いではなかったです。
そしてお付き合いをして半年〜1年も経たないうちにそのような感じ(結婚)になって、なんとなく私も「結婚と言うものは若さと勢いでするものだ」なんて思っていたからそのまま結婚するだろうと思っていたけれどなんとなくタイミングも合わず、ぐだぐだしているうちに結婚の話しは消えました。

相手の人はたしか私と別れて間もなく結婚したと思います。その当時から今はもうだいぶ時間も経っているので前後の記憶が定かじゃないです。この時は何となく自分はコッチかもって思っていたけれど普通の人生(異性と結婚すること)を送れるかなってまだ思っていた頃でした。

2回目は28歳の頃でした。
この時はもう自覚がかなりあり、でも相手の女性も同じ歳だったので最初から『結婚』を意識して付き合っていましたが、「結婚しなくては」というプレッシャーもありましたし、相手の性格は好きでしたが性行為がどうしても出来ませんでした。それもあってだと思いますが相手から「別れましょう」となり、終わった感じです。

それから今度は35歳の頃。
母からお見合いの話しがあったんですが、もちろん母にカミングアウトはしていませんので、(今もしていません。)「結婚に興味ない。」とか「甲斐性ない。」「自由気ままに旅行とかしながら生きて行きたい。」など口から出まかせのように言葉を放ってその場を切り抜けたのを記憶しています。

母は私の放った言葉を本音ととったのか、そうじゃなく他に何かを感じたのかはわかりませんが、それ以降お見合話しは持ち込まなくなりました。

母からしてみれば「結婚=幸福」(この法則は否定するつもりは到底ないし、できれば私もそうしたい派でした。)で普通に結婚して子供を授かってというありきたりの人生を私に歩んで欲しいと思っての見合話しだったと思いますが私にはそれができませんでしたし、私は母に対して罪悪感と申し訳ない気持ちが当時たくさんありました。

このような私の経験談は「性的少数者」の人からしたら全然珍しい事でもなんでもないことだしみんな乗り越えて今を生きていると思います。

現実問題として、今の世の中で異性愛者のように同性愛者も普通(自然に)に過ごせる世の中(日本)には中々なれないんじゃないかなって思っています。

彼氏・彼女・嫁・旦那のことを友達や会社の同僚に愚痴や今日あった出来事を話すように、パートナーの事も話せる世の中になればいいのかななんて今は思っています。

なんかまとまりのない文章ですね。

目を通していただきありがとうございます。



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