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肉好き猟師必見! 肉の熟成、ちょっとその前に

本稿は『けもの道 2017秋号』(2017年刊)に掲載された「肉好き猟師必見! 肉々しい特集」内の記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。

「シカ肉、熟成させたら美味いよね」……こう言って、自分で獲った鹿肉を自宅で「熟成」させたことのある狩猟者は近年、急激に増えている。

手に入れた肉をできるだけ美味しく食べたいという欲求は、狩猟者にとって本能のひとつと言えるだろう。

しかし、その「熟成」は正しい方法だろうか? 

「熟成」に限らず、生肉の扱いは正しい知識と、徹底した衛生管理が必要で、一歩間違えば食中毒や感染症を引き起こすこともある。

もう間も無く今年の猟期が始まる。猟期で得た肉を安全に、そして美味しく食べるため、「肉の専門家」たちに学ぶ。

*   *   *

「熟成」だ何だと言う前に、狩猟者が肉を扱うには知っておかねばならないことがある。

食肉に精通し、自身も狩猟者である國井克己さんに聞いた、自宅熟成猟師たちに送る言葉とは?

文・写真|佐茂規彦

國井克己さん(愛知県)。名古屋駅前に位置する、短期熟成赤身肉とジビエ料理の専門店「百獣屋ももんじ然喰ぜんくう」のオーナー。自身も銃猟者で猟期は鳥猟、非猟期中は親族が経営する養豚場でカラス駆除なども行う。

「肉を熟成する」とは?

そもそも「肉の熟成」については、確固たる定義というものはない。國井さんによれば、食肉の世界では「自然の微生物や酵素などによるタンパク質の分解が生じ、肉のアミノ酸が増え、旨味が増すこと」と認識されているという。

熟成の分類としては「ウェットエイジング」と「ドライエイジング」がある。ほかに、一般的に口に入る牛肉などは従来「枯らし」と呼ばれる方法がとられている。これは、屠畜されてから出荷されるまで枝肉の状態で1~4℃に維持された保冷庫内において、低温管理しながら2週間ほど吊るしておく方法だ。

ウェットエイジングとは

肉の乾燥を抑えた状態での熟成方法。布で巻いたり、真空パックした状態などで、低温下で2週間ほど寝かせる熟成方法。

ドライエイジングとは

低温かつ湿度が一定に保たれており、肉の周りの空気が流れている状態で1~2ヶ月かけて行われる熟成方法。

出来上がりの肉はナッツのような独特の香りがする。日本ドライエイジングビーフ協会などから種菌を入手して行うのが正しい方法であり、専用の保冷庫の設置などが必要なため、一般家庭では通常、不可能な方法。

エイジング(熟成)の基本は、枝肉で行うということ。骨を外し、肉をバラすということは、それだけ刃を入れたり、肉を手で掴んでいるということになるため、そのぶん肉にダメージが与えられ、傷み、雑菌が繁殖する原因となる。昔から狩猟者が鹿や猪を、腹を割っただけの状態で冬場の軒先に吊るしているが、これは先述の「枯らし」にあたり、また、肉にダメージが少ないということで、実は理に適っているのだ。

「熟成」をする前に

自宅で肉の熟成の方法を気にする以前の問題として、重要な点が2つある。これら2つの理由から、「家庭の場合は、熟成ではなく雑菌を繁殖させる可能性が高いので、さっさと食べるか、冷凍するか」した方が良いのかも知れない。

肉の「そもそも論」

そもそも熟成させようとする肉が衛生的でなければ、時間が経つと付着した雑菌を繁殖させるだけになる。「熟成が失敗して嫌なニオイが出た」というのは、その典型例だ。それは熟成の失敗というよりも、雑菌が繁殖したことによる腐敗なのだ。

野生肉を美味しく食べるためには「どうやって獲ったか?」ではなく、「誰が獲ったか?」が重要だ。肉の良し悪しを大きく左右するのは猟法の違いではなく、獲った狩猟者が放血や解体するときに、いかにその肉を衛生的に取り扱ったかという意識の違いなのだ。

冷蔵庫問題

家庭の冷蔵庫で熟成をしようとする場合、冷蔵庫内はすでに雑菌だらけだということを知っておこう。例えば庫内に置かれた市販の食料品は、運送途中やスーパーに陳列されるまでに多くの人が触っており、陳列棚さえも雑菌だらけ。そんな食料品がひしめく庫内で肉を熟成しようというのなら、まずは庫内の消毒から必要になる。

また、温度管理が重要になるのだが、家庭用の冷蔵庫は頻繁にドアの開閉をするため、温度を一定に維持することは困難を極める。もし裸に近い状態で肉を庫内に置くとすれば、均一に熟成させることは出来ないのだ。

肉の扱いの基本事項

熟成にチャレンジする前に、肉を美味しい状態にするため、冷凍保存に関する「温度」を知っておこう。ポイントは「素早く冷凍、ゆっくり解凍」だ。この場合は枝肉ではなく部位ごとに肉を切り分けてしまう方が、肉の温度を一定に扱うことが出来るだろう。

雑菌の繁殖温度

雑菌が繁殖しやすい温度帯は、5~60℃と言われている。捕獲直後の個体はもちろん温かく、すでに雑菌が繁殖しやすい状態にあるため、いかに早くこの温度帯を抜けるかが最初の関門になる。すなわち可能な限り早く4℃以下まで肉の温度を下げる必要があるのだ。

冷凍・解凍の温度

肉を保存するには、熟成ではなく冷凍することが最も手軽だが、このときマイナス4℃以下まで急激に下げることが重要だ。ゆっくり肉の温度を下げると、肉の細胞に含まれている水が先に凍って細胞膜を壊してしまい、これが解凍時のいわゆるドリップの原因になり、旨味も水分も抜けてしまう。

この状態を避けるためには、マイナス数十度に達する急速冷凍できる冷凍庫に入れるか、肉をビニール袋に入れてクラッシュアイスの中に沈めるなど、一気に肉の温度を下げる必要があるのだ。

解凍する場合は、早く食べたいからといって常温下での自然解凍は論外だ。常温下はいわば雑菌天国。4℃以下に設定された冷蔵庫内で時間を掛けて解凍するのがベストだ。

独自の「熟成」を楽しむ

冒頭のとおり、「熟成」自体の確固たる定義は確立されていない。狩猟で獲って来た肉を、自己流の様々な「熟成」で楽しむことは、狩猟の醍醐味のひとつだろう。

ただ、味は良くとも家庭での「熟成」は雑菌の繁殖を促している可能性がある。独自の「熟成肉」は個人で楽しむことにして、他人に振舞うことには慎重であるべきだ。

毎日の仕事の合間を縫って、愛犬のNEGiES(ネギエス/3歳・メス・ブリタニースパニエル)を連れて近くの公園でランニングをする國井さん。3年間でランニングを休んだのはほんの数日で、「犬との毎日の8キロが重要」とのこと。心身ともに鍛え上げ仕事、狩猟、射撃、駆除とすべてにおいて妥協を許さない。
百獣屋ももんじ 然喰ぜんくう 〒450-0002 愛知県名古屋市中村区名駅2-36-8 知多屋名塩ビル1F

(了)


狩猟専門誌『けもの道 2017秋号』では本稿を含む、狩猟関連情報をお読みいただけます。note版には未掲載の記事もありますので、ご興味のある方はぜひチェックしていただければと思います。

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