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ジビエに「と畜検査」を応用しよう 〜 “ヘンな肉” の食肉流通を防ぐために

本稿は『けもの道 2017秋号』(2017年刊)に掲載された記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。


と畜検査はジビエに必要ではないのか?

牛や豚などの肉は1頭ずつ “と畜(屠畜)” 検査を受けて流通しているのに、「ジビエは検査を受けてないから危ないんじゃないの?」という意見が、ジビエの問題点としてよく取り上げられます。

家畜由来の食肉は、と畜場法及び家畜伝染病予防法に基づき、と畜検査員である公務員獣医師によって1頭ずつ検査を受けます。

ところが野生獣は家畜ではないので、この法律が適用されず、環境省や各府県で定める野生鳥獣の解体に関する「ガイドライン」などで一応のルールが定められているのみです。

では、実際、家畜はどのようにと畜され、どんな検査を受けているのでしょうか。

と畜場に出向いて、その実態を見たことのある人は少ないと思います。私は全国的に不足している公務員獣医師として、と畜検査にも関わって来ましたので、ジビエに応用しながら紹介していきたいと思います。

著者|松尾加代子
飛騨家畜保健衛生所 岐阜大学客員准教授
山口大学非常勤講師 ぎふハンターネットワーク

「変な肉」を食肉として流通させない

そもそも、と畜検査の目的は「病気の家畜を食肉として流通させない」ことです。

と畜場に家畜が搬入されると、まず生体を観察し、歩き方や皮膚の異常、傷や腫れがないか、目ヤニや鼻水、呼吸はおかしくないかなどを見ます。この時点で、法律で規定されている明らかな異常がある場合は、と畜禁止にします。病気の動物を解体してしまうと、病原体を広げてしまう危険性があるからです。

野生獣の場合は、撃たれて死体、あるいは瀕死となっているか、または箱わな、くくりわなに掛かった状態で見ることになるとは思います。この時点で明らかな異常があれば、食べることは諦めてください。

「何かいつもと違う、気持ち悪!」と感じた場合は、無理に食べないでください。「何か変だなぁ~」ともやもやしながら食べると気持ちが負けて、お腹を壊して、「やめときゃ良かった~」と後悔することになったりもします。

しっかり肉に火を通せばたいていの病原体は死ぬので、たいていの肉は食べられる、という考えもありますが、これは自己責任の自家消費の場合のみ許される行為です。

しかも自己責任と言っても、病気になってしまえば、病院に行くことにもなりますし、食中毒として医師からの届出があれば、原因食品としてのジビエが注目されてしまいます。

その人の扱い方、食べ方が悪かっただけであるのに、ジビエ自体のイメージダウンにつながることもあるのです。

また、生食がダメなことはもとより、今流行の肉の熟成は、十分な知識がなければ非常に危険です。ただの腐敗を熟成と勘違いして、「肉は腐りかけが美味い」などと言って食すのはやめましょう。

そして、もちろん商品として流通させるジビエの場合は、はっきりとした異常が認められなくとも、怪しいものは決して世に出さないでください。

と畜検査の実際

話をと畜場に戻しましょう。

生体検査が終わったら、と殺時(止めさし時)に「解体前検査」を行います。出てくる血液がやたら黒いとか妙にネバネバしているとか異常があれば、これ以上の解体はしません。

異常がなければ、体から頭部を外して、見て(望診)、触って(触診)検査を行います。眼球、舌、リンパ節(普段は目立ちませんが、病原体が侵入するとそれを防ぐ前線基地として働くため大きく腫れます。リンパ節が腫れているということは、その先で戦いが起きているということなのです)などを検査します。

病変を見つけたら、必要に応じて検査刀で切り、内部の状態を確認します。

次に、外皮表面がと体に付かないよう衛生的に皮を剥いた、と体の表面を観察します。

このとき、筋肉に出血があったり、しこりがあったり、水腫と呼ばれる肉がズルズルとふやけたようになった部分(写真1)があれば、そこは捨てます。全身にこの異常が広がっていれば、全部廃棄といって、個体すべてを捨ててしまいます。

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