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ヘルスケアアプリは「ありがとうございました」を言うべきか?

UX Writingの議論

こんにちは、株式会社CureAppでデザイナーをしています、精神科医師の小林です。たまには少し仕事の話を。

医師が患者に処方して使う治療アプリⓇの開発に携わっており、先日ユーザーが行う作業に対してUIが「ありがとうございました」と返した表現について議論になりました。
「UIはたいていお礼を言わない」派と「いやUIもお礼くらい言っていいんじゃない」派で衝突し(ちなみに私は言わない派)、じゃあ医療現場ってどうだったっけ?という流れになりました。患者が治療のために使うアプリですので、医療の体験に基づけば自然に受け止めてもらえるのではという思考です。

ふだん病院を受診したとき「ありがとうございました」とほとんど言われない気がしますし、何回かは言われているような気もします。でも商店やホテルほど言ってもらえないのは確実です。なぜか?医療者としての記憶をたどり、考察していきましょう。

「先生はありがとうとか言わんといてください」事件

何年か前、外来で診療していたときのことです。長く通院されている60代の女性の診察を終え、向こうが「ありがとうございました」と言ってくれたのでこちらもなんの気なしに「はいありがとうございました」と返しました。
すると「いや先生はありがとうとか言わんといてください。医者はそういうこと言うもんとちがいます」と、まあまあ強めに注意されてしまいました。

精神科医も長くやってるとこんな風に怒られることもあるのかと驚きましたが、だいぶ気心の知れた方だったので「いつも来ていただいていることにこちらも感謝しているんですよ」と返しました。「そういうことじゃないんです。患者に対してお礼を言うのはちがいます」と一蹴され、結局言い負けてしまいました。

診察のメンタルモデル

とはいえ言っていることはわかります。私が患者として外来を受診したとき、診察した医師から「ありがとうございました」と言われると「なにが『ありがとう』だったんだろう?」と違和感を覚えてしまいます。
これは診察のメンタルモデルの問題で、患者は「医師に診察してもらうもの」という特別な意識づけがされているので、一般的なサービス業のようにお客様あつかいをされることに居心地の悪さを感じてしまいます。

パターナリズム的な医師と患者の関係が正しいのかは別の議論ですが、昨今の「患者様」という呼称に気持ち悪さを覚えるのは、患者側のメンタルモデルは変わらないまま医療側が変にへりくだろうとして見えるからかもしれません。

医師だけでなく、看護師や検査技師もそこまでお礼は言いません。医療事務も診察が終わって患者を見送るときは「ありがとうございました」ではなく「お大事に」とたいてい言っています。
唯一思いつくのは問診表や質問紙の記入など事務に近い作業をお願いしたとき、自然と「ありがとうございます」が出ている気がします。

ルーティンで指導をする人はお礼を言わない

医療だけでなく、日常的に指導に携わる人はお礼を言わないようです。
たとえば教師はお礼を言いません。授業の終わりに生徒に対して「本日も授業にお越しいただきありがとうございました」と言われると生徒はすごく不安になります。
ジムのインストラクターまでいくと人によりそうですが、やはり「おつかれさまでした!」で終わってくれる方が自然な感覚です。

一方で単発の勉強会やイベントなどでは「本日はお越しいただきありがとうございました」とよく言います。これはその場での講師と生徒と言った関係性が確立されていないため、客として扱うことが妥当になってくるためでしょう。

このように設定された状況をもとに、サービスを提供する人と受ける人の双方が暗黙の関係性を作っていることがわかります。
私のように医療を対価に応じたサービス業だと考えている医師がうっかりお礼を言ってしまうと、関係性の認識にずれが生じてしまい「いや先生はありがとうとか言わんといてください」となってしまうわけです。難しいですね。

ヘルスケアアプリはお礼を言うべきか

以上の考察をふまえると、やはりヘルスケアアプリはむやみにユーザーにお礼を言わない方がいい気がしています。患者側が治療の延長としてアプリをとらえているのであれば、医療者らしいふるまいをするのが自然です。変に「ありがとうございます」を連発することで商業的な雰囲気が強くなり、医療の一環という実感が減ってしまいそうです。

ただし、データ収集などのためになにか手間をお願いしたときは、きちんと「ありがとうございます」と言うのが筋でしょう。

私たちは言葉で考え、言葉でコミュニケーションを取るため、テキストにも十分人格が宿ります。こうした媒介物の人格や話し方を考えることで、改めて自分の診療スタイルを見直せるのもおもしろいです。

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