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医師の仕事はなにが忙しいのか?

忙しいイメージはあるが、医師は本当に忙しいの?

こんにちは、株式会社CureAppでデザイナーをしています、精神科医師の小林です。

医師の働きすぎは古くから多くの医療現場における課題であり、様々な事情により深刻化しています。この現状を打破するため医療法の改正が行われ、2024年4月から医師の時間外労働の上限規制が始まるようです。しかしこれは基本的に「働きすぎないようにしましょう」という号令であり、どうすれば働きすぎずに済むかにはあまり触れられていません。現場の事情が複雑に異なっており、一律の解決策が難しいことが見てとれます。

対応が現場任せになるのであれば、現場の課題を解決するアイデアやツールにはニーズがあるはずです。とはいえ、プロフェッショナルの現場を外から理解することは容易ではなく「何がそんなに忙しいのか?」はイメージできそうでできません。

医師は外来で会うかぎり、患者とゆったり話してパソコンを叩いているだけに見えますが、何がそんなに忙しいのでしょう?特に忙しいとされる病院勤務の医師に焦点をあて、その忙しさを概観してみましょう。

タイムマネジメントが難しい

医師の主な業務は、患者の診察と治療です。人間、それも身体や心に問題を抱えた人間を対象にする仕事ですので、医師の都合ですべてをコントロールすることはできません。

たとえばやや極端なケースですが、一日の外来に100人の患者が来院したとします。一人平均5分として休みなく行ったとしても500分、8時間20分かかります。もう詰んでいますね。
一人あたりの診察時間を1分でも縮めたいのが正直な気持ちですが、そう簡単にコントロールはできません。あいさつをして薬を出すだけで終わる方もいれば、検査が必要な方、紹介状が必要な方、家族で話したい方、ゆっくりと話を聞いてもらいたい方など、その人のその瞬間のニーズに対応する必要があります。

評判のいい医師ほど目の前の患者のニーズをしっかりとくみ取り、ていねいに対応するため、どうしても長く時間がかかってしまいます。ふだんは2分もかからない方の検査値が急に悪くなり、入院の説明と手続きをするために20分かかった、というケースは日常です。

そして外来だけでなく、入院の患者も担当します。入院の場合は病状が重い方が多く、しばしば容態が急変します。急変は必ずしも勤務時間内に起きるわけではなく、夜中であろうと対応が求められます。そして担当患者は一人ではないため、複数の人が同時に急変することも起こりえます。三次救急など重い患者を受け入れている施設ほど、こうした状況は頻繁に起きます。

一人の医師が受け持つ患者数は施設や診療科、時期によってバラバラであり、よほどの理由がない限り受け持つ人数を制限することはできません。
今日は何時にこれとこれをやって何時に帰宅、という予定を立てる意味はほとんどなく、常にイレギュラーな診療業務の隙間をぬって他の業務をこなしているのが普通です。

記録業務が多すぎる

医師は毎日膨大な量のテキストを入力します。現代の病院勤務医の行う作業のほとんどは、キーボードを叩く仕事です。診察ごとに電子カルテに診察内容を記録し、検査や治療の指示を入力し、その結果を記録します。入院があれば入院手続きをし、転院になれば紹介状を書いて転院の手続きをします。各種診断書も記入欄が20くらいあるものがあり、不備があるといろいろな人に迷惑が掛かります。

精神科医がよく作成する精神障害者保健福祉手帳診断書。患者の人生を左右する大事な書類です。

さらに医師は絶えず学び、教えることも求められるため、カンファレンスの資料や研究会の資料、後輩医師に教育するための資料も作成します。

紙のカルテに親しんできたベテラン医師の文字はしばしば驚くほど乱筆で解読不能ですが(医療ミスの観点からはかなり危ない)、いかに速く、記録にかかる時間を短縮できるかを追及したいという気持ちは今も変わらず、共感できます。

断れない仕事が多い

タテのつながりを大切にする医師は多いです。病院内の人間関係だけでなく、医局や学会とのつながりが強い医師は病院の内外に気を使わないといけないので大変です。そのため、上から名指しで割り当てられた仕事を断れないケースがよくあります。

病院内の〇〇委員会(例:感染対策委員会、労働環境改善委員会)の委員長、臨床研究の参加、論文の執筆、招聘したゲスト医師の世話役など、将来のキャリアにつながりそうなものも多く、断るのには勇気がいります。多忙を理由に断っても、もっと多忙な部長がその代わりに引き受けるケースなどもあり、かなり心苦しいです。

なにを雑務と思うかは人それぞれですが、何もすることはないけど出席だけはしないといけない会議の参加などは真の雑務です。毎日の高密度な業務の中で、毎週1時間が無意味に奪われるのはかなり辛いです。自分の労働時間を就労の対価にしているという感覚はどんどん希薄になり「定時に帰る」という発想を捨てる方が、明らかに楽な選択肢になります。

忙しくない医師もいる

とはいえ、忙しさから抜け出そうと思えば抜け出せるのも医師の仕事です。正直な話、週に二日クリニックで外来のアルバイトをすれば自活するだけの生計を立てることはできます。

医療に対する高い志やキャリアへの憧れを抱き、多忙な現場で長年勤め続ける医師は多くいますが、ワークライフバランスが重視される昨今、自身の生活の質を求めて多忙な現場を去る医師が増えているのも自然な流れです。
医師が減ることでより忙しさは増し、忙しさを理由に新しい医師が入ってこない悪循環に見舞われます。

他人事のように語っていますが私自身もそうした現場から遠のいた医師の一人であり、激務をこなす医師たちに顔向けできるよう、自分の信じる道を追及しています。

医療現場の多忙さを解決するために何ができるのか?医療の中だけでなく、外からのアイデアも積極的に取り入れて解決すべき課題です。

忙しさへの介入は難しい

忙しさを緩和させるためには、現場の業務フローを分解し、何が忙しさのネックになっているのか、どうすれば時間的負担を軽減できるのかをつぶさに考えていく必要があります。
ただしこれは難しい作業です。なぜなら現場は忙しいからです。情報を洗い出し、アイデアを形にするのは簡単なことではなく、実践投入するのはもっと大変です。
日々患者の命を預かる中で実験的なことをするリスクは高く、一つのルール変更は大きな認知負荷を生みます。

病院における大きなルール変更はたいていトップダウンでなされ、チームの統率を前提になかば強引な形で変革が起きます。ボトムアップで散発的なアプローチをしていくよりは、上流からどれだけ優れた方法を発信できるかがカギになりそうです。
忙しさを緩和するためには、引き算の発想、ユーザーニーズの把握、認知負荷の最適化など、デザイン的な手法が多く活かされるはずです。医療のトップに近い方たちこそ、デザインを知る意義があるのかもしれません。

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