ワインは寝かせるほど旨い、のか。
ワインは不思議な飲み物だ。
なにが不思議って、いつ開けるかによって味が全然違うんだよね。
ふつう、食べ物や飲み物は買った時が一番美味しくて、時間が経って賞味期限に近づくほど、美味しくなくなるもの。
でもワインの場合、時間が経つほどに美味しくなる、ことがある。
腐敗することなく、時間経過によって変化する様を「熟成」といいます。
熟成というと、例えば熟成肉やチーズを思い浮かべますが、肉もチーズも、特別な環境下で、熟成師と呼ばれるような専門家の管理のもとで熟成されることがほとんど。「俺、家で熟成肉つくってるんだよね」という人に出会ったことはありません。
ところがワインの場合は、完成品であるワインボトルを自宅に置いてるだけでも熟成してしまうから面白い。熟成という特殊なプロセスを、とても身近に感じられるのがワインです。
では、どんなワインでも熟成すると美味しくなるのか?
よく「ワインは古いほど良い」とか「古いワインには価値がある」と言われるけど、それは本当なのか?
ということで今回のテーマは、ワインの熟成についてです。
熟成するワイン、しないワイン
先に結論から。
実は、全てのワインが熟成して美味しくなるとは限らないのです。
市場に流通しているワインの9割以上が、購入されて一年以内には飲まれているというデータがあります。
出荷から購入までに平均1年程度かかると仮定して、消費者が2年以内に飲むのですから、造り手としては、出荷から2年以内に飲むのがベストなワインをつくりたい、と思うのが当然です。
結果として、実際に出回っているワインの多くが、つくられて2、3年以内に飲むのが良いと言われています。
では、そういったワインは「熟成には向かない」のでしょうか?
答えはイエス。でも熟成できるものもたくさんあります。
この世界には、大雑把に分けて3種類のワインがあります。
①早く飲んだほうが美味しいワイン(長く寝かせるべきでない)
②早く飲んでも美味しいし、寝かせても美味しいワイン
③寝かせたほうが美味しいワイン(早く飲むべきでない)
「市場に流通しているワインの9割以上」は、この①と②のことですね。
①も②も早く飲むべきワインですが、②のように「寝かせても美味しい」ワインというのがあるわけです。
そして③が、早いうちに飲むとイマイチだけど熟成することで真価を発揮するタイプです。よく言われる「古いほど価値がある」のがこれです。
ワインというと、どれも寝かせたほうが良いものと思ってしまいますが、実際は寝かせるべきワインというのはごく一部…ということです。
ここまでのまとめ
・世の中のワインの9割以上は、リリース後2、3年以内に飲むのが良し
・「古いほど良い」が当てはまるのは、ごく一部のワイン
熟成ポテンシャル
さて、ここまでわかると、一つの疑問が浮かびます。
熟成に向かないワインと、熟成ができるワインでは、いったい何が違うのでしょうか?
そもそも同じワインという飲み物なのに、どうしてそんな差が生まれるのでしょうか。
実は、この差をつくっているのは、他ならぬワインの生産者たちです。
造り手は意図をもって、熟成には向かないワインや、早く飲んでも美味しくないワインをつくっているということになります。
「えー?なんで??」と思われるかもしれませんね。
この話をすると長くなってしまうので、またいつか・・と言いたいところですが、ひとことで言うならば
ワインのピーク(一番美味しくなるタイミング)をどこに持っていくかによって、そのワインの個性を際立たせることができるからです。
もちろん、生産者の意図だけではありません。ブドウ品種という素材による違いが最大の要因です。しかし、最終的なワインのスタイルを決めるのはやはり生産者なのです。
熟成に向かないワインは、熟成能力がない代わりに、生き生きとした新鮮さを武器に飲み手を魅了します。例えばオーストリアのツヴァイゲルトという品種でつくった軽快な赤ワインは、フレッシュなレッドチェリーのアロマに溢れ、渋みも少なく、まだ若いうちにちょっと冷やし目で飲むと最高です。
早く飲んでも美味しくないワインは、若いうちに楽しめる親しみやすさを犠牲にする代わりに、熟成をすることで華開くタイムカプセルを用意しています。有名なものに、フランス・ボルドー地方のシャトー・ラフィットがあります。若いうちはタンニンが硬く、フルーティーさもあまり感じられませんが、10年、20年と熟成するにつれて素晴らしいアロマと味わいになるのです。
前者が①、後者が③、その中間にいるのが②で、それぞれ熟成する力が違うといえます。この、ワインが持つ熟成能力を、「熟成ポテンシャル」といいます。
この熟成ポテンシャルの差を生んでいるのは何なのでしょうか。
酸、タンニン、そして風味
熟成に耐えるワインには、共通する要素があります。
まず、酸味がしっかりとあるワインです。
さらに赤ワインであれば、渋み、つまりタンニンがしっかりとあるワインは、熟成力が高い傾向があります。
この酸味とタンニンは、言ってみれば天然の保存料です。
この二つ、あるいはいずれかが豊富にあるワインが、長い熟成に耐えることができます。
保存料としての能力は、タンニンのほうがずっと優れています。
赤ワインのほうが白ワインより長持ちするのは、そのためです。
しかし、それだけでは足りません。
なぜなら「耐えられる」だけで、「美味しくなる」とは限りませんからね。
熟成して美味しくなるワインに最も必要なもの。
それはワインの魅力を司る要素、すなわち(果実)風味です。
風味が豊か、あるいは、ぎゅっと詰まった凝縮感があるワインでなければ、長い熟成を乗り越えた後で、その魅力を存分に表現することはできないのです。
さらに、風味とのバランスを考えると、酸味やタンニンが「あればあるほど良い」かというと、そうでもないんですね。
特にタンニンは、基本的に人間にとって不快なもの。たくさん詰め込んで熟成ポテンシャルを上げることもできるけど、その分タンニンがこなれるまでの期間は不快さが風味に勝ってしまう。この分厚いタンニンという壁を乗り越えるまでの時間が長いワインであるほど、乗り越えた後でも枯れないだけの豊かな風味が必要になる…ということです。
酸味、タンニン、そして(果実)風味。これがキーになります。
先の3つのカテゴリーに当てはめるなら、こんな感じになるでしょうか。
①のワインは、酸味やタンニンが弱く熟成能力は低いが、風味は豊か
②のワインは、酸味やタンニンが十分にあり、風味も十分
③のワインは、酸味やタンニンが突出していて、風味も豊か
…ずいぶん乱暴な分け方ですが、分かりやすさ重視なのでご容赦を。
ということで、今回はワインの熟成についてでした。
一番伝えたかったのは、世の中のほとんどのワインは、何年も寝かせなくても十分に美味しく楽しめるよ、ってことです。
つまり「このワイン、いつ開けようかな?」と悩んだとき、答えは一つ。
今でしょ!
※今回は一般的な辛口ワインだけを話題にしましたが、貴腐ブドウや干しブドウをつかった甘口ワイン、ポートやシェリーなどの酒精強化ワインは、高い糖度やアルコール度数のおかげで、より長い熟成ポテンシャルを持っています。最高級品だと、100年以上もの熟成に耐えるものもあります。そんな特殊なワインのお話も、またいつか。
それでは!
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