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ボルドー・メドック格付の真実(前編)

今日は、メドック格付けの歴史についてお話します。
読者の多くが抱いているであろう、ある誤解を解くために。

動画バージョンはこちらから。

参考文献:
- Dewey Markham Jr., "1855: A History of the Bordeaux Classification", 1997
- Jane Anson (Decanter), "Since 1982, Bordeaux has lived and died on the next great year", 2017
- James Lawther, "FINE WINE シリーズ ボルドー" (山本博監修), 2011
- 日本ソムリエ協会, "日本ソムリエ協会教本 2020", 2020

1855メドック格付とは何か

ワイン学習者が最初に覚える「暗記物」といえば、これ。
1855年に作成されたメドック格付け(1855 Classification)でしょう。

メドック格付け、あるいは1855格付けとは何か。
ソムリエ協会教本によれば、「1855年に開催されたパリ万国博覧会の展示品のひとつとして、時の皇帝ナポレオン3世の要請を受け、ボルドー商工会議所が作成したシャトーの格付け表」とのことです。

※補足 厳密には、商工会議所がさらにメドック地区のワイン取引を行う仲買人(クルティエ)にその作成を依頼しました

万博といえば、世界に国をアピールする絶好のチャンス!
政府としては「フランスの名産品はワインだよ〜!世界のみなさん飲んで味わって(ジャンジャン買って)くださいね〜!」と、国をあげての大々的なPRをしたかったわけです。

ですが当時は今のようにワイナリーの情報があったわけではなく、まだ原産地呼称制度の概念や仕組みもなかった時代ですから、外国の愛好家からすると「どれが優れたワインなのか」がわかりません。目玉にするなら、一番美味しいワインを紹介したいものです。それならばと最も優れたワイナリーをリストアップして、消費者にわかりやすくしようとしたのが格付け表というわけですね。

おそらく世界で最も有名なワイン格付けと言っていいでしょう。


メドック格付けに対する批判と誤解

しかし、有名で権威のある格付けには批判がつきもの。
メドック格付けの場合何が批判されやすいか、というと、まずこの格付けを作成するのに2週間足らずしかかけてないことです。
商工会議所からの依頼は1855年4月5日で、その回答がなんと4月18日
「たった2週間で決めた格付け、信用なるかーい!」と、ツッコミたくなりますよね。

さらに、この160年以上も前のランキングが、いくつかの修正を除けばほとんど変わっていないことも批判されています。それもただの160年じゃありません、激動の20世紀が丸々そこに入ってるのです。社会も文化も経済も変化し、ワイナリーを取り巻く環境だって大きく変化しているはずです。なのにほとんど変わっていないなんて、いったいどういうこと!?という批判があります。

ふたつ目の批判については、頷ける部分があります。メドック格付け61シャトーの現在の市場価格と格付けのランキング(格付けは1級から5級まであります)は、必ずしも一致していないからです。
例えば同じ2級格付けでも、シャトー・レオヴィル・ラス・カーズとシャトー・デュルフォール・ヴィヴァンの先物取引価格(2018年産)では、4倍近い価格差がありました(180eur : 49eur)。対して、5級格付けのシャトー・ランシュ・バージュは90eurと、2級格付けのデュルフォール・ヴィヴァンの倍ほどの価格です。
こういった価格とランキングの不一致が、いたるところにあります。消費者にとって、これだと選ぶのが難しくなりますし、信用度に欠けるところがあります。これは否めません。
ただし、ここまで世界的に周知徹底され、かつワイナリーたちの生命線にもなっている格付けを今さら変更するのは、どう考えても不可能です。暴動で済めばかわいいものでしょう笑。

しかしながら、ふたつ目の批判に説得力があるのは、ひとつ目の批判が前提になっているからです。つまり、「たった2週間で決めた安易な格付けなのに、なんでそんなにこだわるの!?」という点です。

実はここに誤解があります。
この誤解を解く鍵は、格付けをどのように決めたかというプロセスにあります。

丸投げされた仲買人組合

1855年1月、政府より格付け作成の依頼を受けた商工会議所は、どうすれば公平かつ適正な格付けをつくれるか、あらゆる方法を模索しました。
ボルドー中のワイナリーにサンプルを送ってもらい、テイスティングで評価しようという案も出ました。しかし、膨大な数のサンプルを公正に評価するには、時間も人手も全く足りませんでした。なにより、商工会議所という立場上、ワイナリーに格付けをして優劣をつけることは後々の批判の的になる恐れがありました。どうすれば良いか、思案しているうちに3か月が経ってしまいます。

さて、格付け方法も決まらず、格付けの責任も負いたくない商工会議所はどうしたか。
「ワインのことは、ワインに精通した者に委ねよう」というわけで、4月5日に通称「クルティエ」と呼ばれる仲買人の組合に格付け作成を依頼します。依頼というか丸投げですね。(しかも、この時に格付けの一切の責任を商工会議所は負いませんとの念書まで書いてます)

そんなわけで格付け作成の全責任を負ったクルティエ。
クルティエは、当時の流通価格を参考にして、たった2週間で格付けを行いました。そして4月18日に商工会議所に提出、その後若干の修正(オランダのワイン商社が専売していたカントメルルが抜けていたので追加)はあったものの、クルティエ版の格付けがそのまま1855格付けとして世に出ることとなりました。

つまり2週間で格付けを行えたのは、すでにある「価格情報」をもとに作成したから、というわけです。


メドック格付けの真実

価格でそのまま格付けをするなんて安直な!
そう思いますよね。

でも違うんです。逆なんです。

実は、クルティエたちの中には、すでに確固たる格付けが存在していて、その格付けに応じて市場価格も決められていたのです。

ぼくらのイメージ: 価格 → 1855格付け
事実: 既存の格付け → 価格 → 1855格付け


これを理解するには、さらにもう200年歴史を遡る必要があります。

格付けの歴史、その始まりはなんと1647年
400年近くも前のことになります。

1855年の格付けから200年以上も前に、実は格付けが存在していたということになります。しかも最初の格付けから1855年までの間に、重要なものだけでも10以上の格付けが存在しています。

過去の格付けがどのようなものであったのか。そしてなぜつくられたのか。

続きは後編にて、お話しましょう。



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