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社会はイーロン・マスク的天才をどう受け止めるべきか?日本が参考にすべきイノベーションとは?

トップ画像は今記事で紹介するアシュリー・バンズ著の『イーロン・マスク 未来を作る男』より

2022年を通じて、それまでに比べてかなり大きな存在感を良くも悪くも世界に知らしめたのがイーロン・マスクだと思います。

5年前ぐらいに想像されていたのとは全然違うスピードで世界的に電気自動車が普及しはじめているのも彼なしでは考えられなかったし、ウクライナ戦争でウクライナにスターリンク(衛星インターネット)を無償提供する事を決めてスターになり、そしてTwitter社を買収してCEOになり、大量の首切りや色々な方針変更を含めて物議を醸していた事も記憶に新しいです。

以前何かの海外記事で、「イーロン・マスクはロールシャッハテストみたいなもの」って言ってる人がいて、凄いナルホドと思ったんですよね。

ロールシャッハテストというのは、例のモヤモヤした左右対称のインクの染みを見せて、それが何に見えるかを聞いて診断する心理検査方法・・・ですけど。

確かに、イーロン・マスクは見る人の立場にとって全然違う見え方をする存在ですよね。

電気自動車革命について信じている人や、Twitterがリベラル派に歪められていたと感じている人にとってマスク氏は光り輝くスターなんですよね。

一方で、性急な電気自動車革命に懐疑的な人や、マスク氏がTwitterCEOになってからの強引なやり方に反対な人にとってはイーロン・マスクは「ワガママな上に考えなしにムチャクチャする無能」みたいな扱いになる。

面白いのは、「電気自動車界隈」の話では「リベラル寄り」の人の方がマスク氏に近い立場なのに対して、Twitter社関連では”逆”になるところで。

だから「同じ一人の人物」に対する評価が、時勢によってコロコロ変わってきてしまうところがある。まさに、同じ画像でもその人・その時の気分によって全然違うものに見えてくるロールシャッハテスト的な存在というかね。

2022年を通してみると、テスラ株はなんと7割!以上も下落しているんですが…

GoogleFinance

これは、Twitter社を買収する資金のためにマスク氏が自分の株を結構売ったこともさることながら、

人類社会進化のための輝けるリーダー

…だったはずのマスク氏本人のブランド力がTwitter関連の暴走でメチャクチャになった点も大きいのではないかと思います。

業績の数字をよく見るとそんなにムチャクチャ悪いわけではないので、この程度の業績停滞で7割も下がるんなら元々がマスク氏本人の神通力的ブランドパワーによるバブルだったとしか言いようがない感じなんですね。

ただし、今までの爆速の成長を持続するために世界中でバンバン工場作る先行投資をしてたので、「ちょっとした鈍化」自体がなにか急激な逆回転を起こして大変なことになるリスク自体はあると思います。

結果として、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというか、今度は過剰に「マスクなど運が良かっただけの無能」みたいな事を言う人も増えているように思います。

マスク氏がTwitterCEOになって、よりによってSNSのTwitter上でTwitter社員と言い争いをした上で結局クビにした事件が物議を醸していた時、

結局マスクなんてエゴの塊で今まで運が良かっただけの無能で、スペースXやテスラの成功だってたまたま大金持ってたから成功しただけで、本当は技術もわかってないしエンジニアとしてのセンスもないクズなんだよ!

…みたいなツイートが結構バズっていて、なんかそこまで言われると「さすがにそれは違うんじゃ?」という気持ちになった記憶があります。

そういう「ロールシャッハに自己投影」みたいなのから離れて、一度冷静に実態を見てみたいと思いませんか?

彼のどこが凄くて、どこが問題アリなのか、「実際のところどんな感じなのか」を、党派性を抜きに一度ちゃんと理解してみたいなと。

というわけで今回は、以下の本を読みながら、「マスク氏とはどういう存在なのか?」を考える記事にしたいと思っています。

アシュリー・バンズ著の『イーロン・マスク 未来を作る男』

アシュリー・バンズ著『イーロン・マスク 未来を作る男』書影

これは少し古い本なんですが、今のような圧倒的スターになる前の比較的ガードが緩い段階で関係者や本人にかなり取材して書かれており、「実情」のイメージを掴むのにとても良い感じの本でした。

この本の内容などを参考にしながら、

●マスク氏はどこが凄いのか?スティーブ・ジョブズ(Apple)やビル・ゲイツ(Microsoft)、ジェフ・ベゾス(Amazon)、セルゲイ・ブリン(Google)などといった起業家たちとの違いはどういうところにあるか?

●マスク氏的なイノベーションスタイルで日本が参考にできる部分はどういうところか?

●「マスク氏の良くない部分」とされる部分を社会はどう受け止めるべきか?

…といったことについて考える記事を書きます。

(いつものように体裁として有料記事になっていますが、「有料部分」は月三回の会員向けコンテンツ的な位置づけでほぼ別記事になっており、無料部分だけで成立するように書いてあるので、とりあえず無料部分だけでも読んでいってくれたらと思います。)

1●Twitter社CEOとしてのマスクはオカシクなっていて、スペースXやテスラでは全然違うマトモなやり方でやっていた・・・ってことはないっぽい(笑)。

冒頭の「ロールシャッハテスト」的な話として、「テスラの快進撃は好きだったけどTwitter社でのマスクは嫌い」な人は、「マスクはおかしくなってしまった」と言うタイプの見方をする事が多いように思うんですね。

テスラをやっていた頃のマスクは文句なしに名経営者だったし人格者でもあったが、Twitter買収してからオカシクなってしまったのだ

…というような理解ができれば、「ロールシャッハの見え方が変わってしまった問題」に一貫した理屈がつくからね。

さっきも書いたように、例えば買収直後に社員をバンバンクビにしていく過程で、特にTwitterで口答えした技術者とTwitter上でバトルした上で結局クビにしてしまった事件などは本当に評判悪かったです。

ただ、このアシュリー・バンズ氏の本読んでて思ったんですが、テスラやスペースXでは「もっと思慮深いやり方」でやってたかというとそうでもなさそうなんですよね(笑)

相変わらず、些細なことで気に入らない社員をクビ切ったり、かなりひどい暴言を吐いたり、大事な技術的提言であるはずのものを考えなしに蹴ってしまったり、かと思ったらバカバカしいように見えることに大金を使うことを思いつきで決めたり…っていうことは結構あったようです。

今TwitterCEOとしてやってるみたいに、大方針を突然発表したかと思えば、次の日に気が変わって撤回して社内が大混乱に…みたいな事もよくある事だったようで。

この「TwitterCEOがTwitter上でTwitter社員とバトル」事件の顛末を見ていて思ったんですが、「こんなの普通の経営者がやってたら明らかにダメ経営者そのものって感じだよな」って言う印象なんですよね。

社員がマスク氏の勘違いについて指摘してきて、それをちゃんと議論せずに意固地になってクビにしたように見えなくもない。こんな経営者はダメだよな・・・っていうのの典型という感じがする。

特にSNS上のエンジニアの人たちが、「マスクは技術の事全然わかってねー!」と批判している声も大きかったです。

ただなんか、スペースXもテスラも「ああいう経営スタイル」で成功させてる(しかも現時点では常識を何個も塗り替えるほどの成功をしている)ところが大問題で。

経営コンサルタントとして「こういう系統の経営者ってたまにいるな」と思うのは、マスク氏的には、

自分の現時点での認識が違ってても当然で、違ってるなら違ってるで、「え?違うの?じゃあどうしたらいいの?」っていうのを超高速でポンポンやりとりして、すぐに方針を決めてどんどん「とりあえずやってみる」で進めていきたいスタイル

…だったのに、某社員氏は、エンジニア的な真面目さからマスク氏の発言のどこが間違っているのか延々述べるだけで会話になってない感じだったのが、まあ不幸なすれ違いだったなと思います。

これは、「そういうタイプのエンジニアの力も発揮できるように双方向的な対話を経営者は心がけるべき」というのも一方で正しいし、そういうのに全部つきあっていたらスピードが落ちて大きなイノベーションなど不可能になるのだから、マスク氏が次々繰り出す質問や要望に全力で応えられる少数精鋭の技術者を集めてやっていくべき・・・というのもまあ、一応ありえる答ではある。

さっきも言ったけど、普通の経営者がSNS上で自社社員とあんなバトルをして結果クビにしたりしたら一瞬で「ダメ経営者」の烙印を押されると思いますが、マスク氏はテスラやスペースXでは「人類社会を変える」レベルの成功を同じスタイルで実現しているので判断が難しくなるんですよね。

イチロー選手のバッティングフォームは「今までの常識」とは違っていたかもしれないけど、実際にそれで日米で二十年近くも最多安打レベルで打ちまくっていたんだから、ちょっと調子を落とした時期があっても外野はなかなか口出しできないよね…みたいなところがある。

ただこの例↑で言うと、「イチロー選手の凄さ」って野球に興味ある人しかわからないのと同じで、マスク氏の凄さってスペースXやテスラがやってる技術分野に興味ある人しかわからないところが難しいところで。

テスラとスペースXってそんな凄いの?って話ですけど、これはもうびっくりするほど両方凄いというか、特にスペースXとか人類史レベルの「偉業」みたいなところがあるんですよね。

民間衛星打ち上げはもうロシアに頼るしかなくなっていた宇宙業界を、圧倒的低価格を実現(しかもアメリカ国内で生産するロケットで!)して業界地図を完全に塗り替えたりとか、オモチャみたいなものだと思われていた電気自動車がここまでメインストリームに押し上げられたりとか…

PayPalの起業で大金持ってたから簡単なことだったかというと全然そんなことはなくて、アメリカでは大金持ちが道楽で色んな事業をやっては結局モノにならないことっていっぱいあるらしいんですよね。だから最初マスクに打診されたロケットや電気自動車の専門家たちも誰も本気にしてなかった。

でも電気自動車もロケットも、最初は「どうせ金持ちの道楽だろう」と思って相手にしてなかった専門家たちがこぞって「マスクは違う。本当にわかってるし本気で実現しようとしてる」と感激して徐々に応援しはじめて、いずれ本当に実現していくプロセスは、この本を読んでいて純粋に感動するものがありました。

実際、それぞれが成功する手前では結構何回もほとんど破産寸前まで追い込まれてるんですよね。それでもギリギリのところでロケット打ち上げや自動車の量産を成功させて、文字通り「世界を変える」を実現してきた執念と命がけのリスクテイク精神は、まさに「偉業」と呼ぶにふさわしい感じではあります。

では、イーロン・マスクは”どういうところ”が凄い起業家なんでしょうか?

2●イーロン・マスクが凄いところは「技術の理解」そのものより「ビジネスモデル構築力」

イーロン・マスクは、経営者にして技術の細部までちゃんとコミットしてるのが凄い…とよく言われます。

元ソフトウェアエンジニア出身だけど、クルマやロケットを作るにあたってゼロから勉強しなおして、技術者に質問しまくり、急激に知識をつけて実際に技術の細部まで監督して成果を出すスタイルの人なんですね。

…と一般的には思われているんですが、個人的な意見としては彼が一番凄いのは「ビジネスモデル構築の天才」みたいなところじゃないかと思っています。

彼が凄いのは「技術」の細部を知っていることそのものよりも、「ビジネスモデル的合理性」から必要十分な「技術」の選択方針を強引に実現できる判断力とリーダーシップだと思います。

勿論それをやれるには技術の細部をわかってないといけないんですが、決して「大艦巨砲主義的な技術マニア」じゃないところが彼の凄く特殊なところだというか。

アシュリー・バンズ氏の本の巻末に、マスクがPayPalが成功した理由について滔々と語ってるところがあったんですけど、そこ地味だけど物凄い勉強になりました。

PayPalの実際の仕組みとか、他の決済システムが軒並み失敗する中、どうしてPayPalだけが成功できたのかとか、きちんと理解できている人はまずいない。PayPal社内の人間も大部分はわかっていないよ。うまくいった理由は、PayPalの決済処理コストが他社より安いからなんだ。

「イーロン・マスク未来を作る男」からマスク氏の発言

私は前から、PayPalって他の同業サービスに比べて手数料率がやたら低いな、って思ってたんですよね。

それができている理由は、単なる決済サービスじゃなくて、ユーザーが資金をできるだけPayPal内に置いておけるようにアレコレ考えているかららしいです。

つまり、クレジットカードなどのPayPal社外に手数料を取られてしまう決済の比率を下げて、単にPayPalシステム内の帳簿の付け替えで済むような取引の比率を上げる工夫をやっていくことで、全体としての手数料が他社と比べて格段に安い構造を作り出している。

実際できる限りPayPal内にユーザーが資金を置いておいてもらえるように、デビッドカードを作って生活資金をPayPal内に置いたままでも不便がないようにしたり、公共料金の支払いもそこからできるようにしたり、まとまった資金をPayPal向けの投資商品を提供したり…っていうことを一貫してやったらしい。

特にその「投資商品」は、ユーザーが資金をPayPal内に置いたままにしてもらう誘導のために導入するという目的が明確だから、そこでの儲けは一切取らずにアメリカで最高の利率にしたらしい。

結果として、2001年の段階でPayPalは決済の半分が内部取引で行われていて、クレジットカード会社などに手数料を払う必要がないボリュームが大きいので全体として決済手数料をライバルよりかなり抑える事ができていた。

自分の会社の収益率が仮に10%だとしようか。つまり年間の売上からあらゆるコストを差っ引いた残りが10%ね。そういう会社がPayPalを使うと、決済額の2%を払う。でも、よそのサービスなら4%だ。ということは、PayPalを使えば収益率を20%高める計算になるよね。それでも使わないなら、これほど間抜けなことはない。そうだろ?

「イーロン・マスク未来を作る男」からマスク氏の発言

ここまでの話読んで、「なるほど!すげえ!」って興奮する人と、「ふーん」で終わる人っていると思うんですね。

多分、「根っからのソフトウェアエンジニア」みたいな人は、この話を聞いて目を輝かして「そうか!」とかならないと思うんですよ(笑)むしろ物凄くしょうもない小手先なことのように感じる人も多いかもしれない。

テスラのEVの大ファンで、そこに使われている技術的なイノベーションが大好き!ってタイプの人も、案外このビジネスモデル部分の工夫の積み重ねについては「しょうもない事」だと思うタイプの人が多かったりするかもしれない。

でもマスク氏はこの部分を理解して導入したってだけじゃなくて、「物凄い熱中してこの話をする」タイプの人間なんですよね。

実際、テスラにしろスペースXにしろ、こういうレベルの「ビジネスモデル構築力」が物凄いというか、初期のテスラが二酸化炭素排出権取引を重要な資金源としていたり、スペースXの副業としてスターリンクを展開したり、テスラと太陽光発電ビジネスと充電設備で一体化したエコシステムとか、このあたりの発想が物凄いオリジナリティがあるんですよね。

この”ビジネスモデル”の完成度で比較すれば、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズが競争していた頃の経済は物凄い単純な、下手したらT型フォード以来の20世紀的なビジネスモデルがちょっとIT関連で変化した程度でしかなかった気がしてきます。

「損して得取れ」って言葉がありますが、それが物凄く高度に絡み合ったエコシステムの全体の中で儲けを出して、結果としてロケット打ち上げ費用とか電気自動車のコストを他社よりもかなり下げる事に成功している。

それはいわゆる「乾いた雑巾を絞る」的な感じじゃなくて、「他とぜんぜん違う部分で収益をかき集めている」からできる事なんですよね。

もちろん実際に純粋な「製造コスト」部分でも色々なイノベーションがあるらしいんですが、例えばスペースXのロケットは、”宇宙までいかないブースター部分だけ”再利用する方式なんですね。

昔のスペースシャトルは使い捨てじゃないからコストが安くなるはず…と思って作られたんだけど、実際宇宙に行って帰ってきてボロボロになった機体を再整備するのにめっちゃコストがかかって、むしろ余計に割高になってしまっていたそうなので。

だからスペースXのロケットは、「宇宙まで行かずに切り離されるブースターロケット」の部分だけ戻ってきて以下のように着地して再利用する構造になっている。

これだけが理由じゃないでしょうけど、一回の打ち上げコストは欧州や日本のロケットより数十億円単位で安いそうです。賃金高いアメリカで作っててこれっていうのは本当に凄いですよね。

こういうのも「乾いた雑巾を絞る」方式というより、「単なる技術マニアでなく、常にビジネスモデルから逆算して技術選定を大胆にやる」というマスク流が効果を発揮している部分だと言えるでしょう。

3●日本が学べる点はどこか?

で、日本が学べる点はどこかって話なんですが、こういうの↑って、案外実は昭和の日本が強かった部分って感じではあると思うんですね。

日本車が世界を席巻してきた時代に適合していたのは「こういう部分」だったと思うしね。

なんとなく、イーロン・マスクのこういう性質は「アメリカ人じゃないから」って部分が大きく影響しているように感じるんですよ。

ビル・ゲイツ(Microsoft)、スティーブ・ジョブズ(Apple)、マーク・ザッカーバーグ(Facebook)、ジェフ・ベゾス(Amazon)…このへん全員アメリカ人ですよね。Googleのセルゲイ・ブリンはロシア人ですけど、6歳で渡米して以後アメリカ人として育っている。

結局、ジョブズは一度だけ、AppleをやめてNeXTcubeという独自のコンピュータ会社を立ち上げていた頃に、アメリカ国内で必死に製造ラインを立ち上げようとしたんだけど、アメリカ人風の完璧主義がたたって結局挫折してるんですね。

その他の起業家はソフトウェアと設計とあとは「政治力」だけでなんとかやってる感じで、製造はだいたいアジアに丸投げにする結果になっている。

それらに比べると、「アメリカ国内で製造業をゼロから立ち上げて利益出しているイーロン・マスク」が物凄く特殊な存在であることがわかります。

イーロン・マスクは南アフリカ人で、18歳まで南アにいて、その後カナダに渡ってからも数年はお金がなくて結構過酷な肉体労働とかしてたらしいんですね。

そのあたりが、特に昨今「アメリカのアカデミア」があまりに隔絶したエリート志向になりすぎてしまって、実ビジネス的なリアリティとの親和感が薄れている傾向がある中で、特異な「必要な部分を残しつつそれ以外はバッサリやるパワー」につながっているところがあるように思います。

例えば昔あるドキュメンタリーでビル・ゲイツが途上国の水問題を解決する装置について実験してたんですけど、理想が高すぎてただチョロチョロとした飲み水を手に入れるだけで体育館みたいなバカでかい装置を考案していて、稼働には数百人の技術者が必要…とかになっていて、「いやそれ水道も持ててない途上国に持っていって稼働し続けられるわけないじゃん。そのうち壊れたらほったらかしになるに決まってるじゃん」って感じだったんですよね。

ビル・ゲイツの事は凄い尊敬するけど、そういう部分で「優等生」すぎて、常にフルスペック的な大艦巨砲主義に陥りがちな傾向は明らかにあると思います。

米軍は世界のどこに行っても「アメリカ」を完全再現してしまうとか、アメフトプロリーグのNFLがイギリスで試合する時もトイレットペーパーまでアメリカと同じものを持参する…みたいな話がありますけど、そういう感じで「アメリカ」っていうのはある意味で非常に「人工的な枠組み」の中にあらゆる構成員が絡め取られてしまう構造でもあるんですよね。

だからその「アメリカの枠組みの延長」に位置づけらればどこまでもスケールさせられるパワーを持つけど、「構成員としてのアメリカ人」はかなりその大きなパワーの中に取り込まれてしまっているところがある。

でも一方で、イーロン・マスクとか、例えば全然違う例で言えば近藤麻理恵さんみたいな、「アメリカの外側」の土壌から生まれた「リアリティの種」みたいなものを「アメリカ」の中に放り込めば、そこから巨大な新しい経済を生み出すパワーがあるのがアメリカというシステムなんですよね。

アメリカ人の「個々」は「アメリカというシステム」の内側に生きているんですが、彼らはその「アメリカの外側からやってくる異物」を「スター」として祭り上げて、一気に新しい世界秩序に押し広げるパワーがものすごくあるんですよね。

大枠で言うとこれからの日本はその、「アメリカというシステム」に外部から投入する「リアリティの種」を作っていく役回りを意図的に選んでいく必要があるんですね。

そのへんの「日本が果たすべき役割」について詳しくは、アメリカ株の過去100年単位で分析しながら今後の世界を予想した以下の記事や…

同じデスゲームというジャンルのNetflix作品だけど日韓で大きなテイストの違いが生まれている「今際の国のアリス」と「イカゲーム」の比較から、日本の今後の活路がどういう方向にあるのか、という話をした以下の記事

などを読んでいただければと思います。

4●インテリと非インテリ、アカデミアとそれ以外の連動性を最後まで維持しきることができれば、そこに日本の反撃のチャンスがある


これは以前、以下の記事で、PayPalの共同創業者であるピーター・ティールの話をした時にも同じことを書いたんですが…

上記リンク先記事では、久々にピーター・ティールの本を読んだらムッチャ懐かしい「昔のアメリカが持っていた美点」みたいなものを感じたという話をしています。

ピーター・ティールはPayPalの共同創業者(マスクは別の会社を創業したあげく合併して…とか複雑な話はあるんですがそれはさておき)なんですが、その後リベラルなシリコンバレーに珍しくトランプ大統領支持を公言したり、最近のシリコンバレーの雰囲気に批判的だったり…っていう人物なんですね。

上記リンク先記事で紹介しているピーター・ティールの本『ゼロ・トゥ・ワン』では、話の流れとしては結構唐突な感じで(笑)、「顧客一人あたり生涯価値によって許容できる顧客獲得コストの上限と、それによって選ぶべき販売チャネルについて」みたいな事を物凄い熱中して語ってる部分があるんですよね。

イーロン・マスクの本で彼が「PayPalが成功した理由は決済手数料」って延々と熱中して語ってたカルチャーに凄い近い感じがする。

なんか、上記リンク先記事は、特に「トランプ的なもの」に批判的なリベラル的人間の人にはぜひ読んでほしいんですが、なぜピーター・ティールがトランプ支持とかを言い出す気持ちになっているのか?を、単に「このレイストめ恥を知れ!」とか言う前に理解する姿勢が大事なんですよ。

そうすると、あまりにもアカデミアの内輪の論理が、社会の実質との双方向的なすり合わせなしにゴリ押しされる傾向が高まることで、本来そこにあるはずだった「中小企業のオヤジ成分」みたいなものが雲散霧消してしまいかねない危機感みたいなものがあるんですよね。

その「中小企業のオヤジ成分」は、これはこれで「わかりやすい偏差値的有能性」を持っていない多くの普通の人にとっての非常によく考えられた「弱者保護システム」ではあったわけなんですよ。

「そこの部分」でアカデミアの外側にある”知恵”というものも存在することを認めて、傲慢にならずに双方向的に敬意を払い合う関係が実現できれば、トランプ派だけでなく世界全体を覆っている「リベラルに対する反動的なもの」を真因の部分から解決できるはずだと自分は考えています。

最近の日本のTwitterでは「木簡を読むような”すぐ役に立たない”学問」について舌戦がよくありますけど、勿論そういう学問の大事さを否定するわけじゃないけど、「学問以外の世界にも知的営みというものは平等にどこにでもあるのだ」っていうことを理解せずに罵倒しまくる人文関係者が目立ちすぎるのも本当に良くない傾向だと私は考えています。

「1〜2%の営業利益率改善に必死になる知性も大事な知性」「平安時代の木簡を読み解く事に人生を賭けている知性も大事な知性」・・・・ここの”完全な対等性”を少しでも踏み越えた傲慢さを絶対化しはじめると、幸薄い罵り合いに飲み込まれるのは21世紀には当然のことなのだと理解しましょう。

アメリカを含め欧米社会は最近この「アカデミアのインテリの内部論理」を何の留保もなくあまりに一方向的に社会全体に押し付けてしまうムーブメントが一方であって、そしてそれへの抵抗運動として本当にカオスなバックラッシュ的ムーブメントに怯えることにもなってしまっている。

日本は「木簡を読む事に人生かけてる人」も、「営業利益率の1%の改善に血道を上げる人」も、お互いを馬鹿にせずに完全に対等にお互いを尊重できる構造を作り出していければ、今よりももっとインテリの知見を社会全体に活かしつつ、日本社会なりの安定性を崩壊から守り続けて、「現場知」的なものとのシナジーも常時生み出していけるようになるでしょう。

5●日本社会の根本的分断を超えた協力関係を作れないと永久に喧嘩し続けるしかない

今の日本社会は、海外から日本を見て動きの鈍さにイライラして、つい強い言葉でなんでもかんでも否定してしまう人達がいる一方で、国内では日本社会側の本来的な強みとか安定性を維持するための大事な仕組みが壊れてしまわないように必死にお互いを牽制しあってかばいあって身動きが取れなくなって皆イライラしている…みたいなところがあるんですよね。

例えば、インバウンドビジネスひとつとっても、海外の知見がある人が「こうすればいいのに」って思うことの8割は結構合理的というか取り入れたらうまく行くことが多いと思いますが、そのメッセージが「日本社会を維持するための義理の連鎖」を無理やり引きちぎるような形の提案になっていると結局実現しない。どこか最後まで細部がチグハグな状態が放置されてしまう。

この「2つの派閥」が、お互いを理解せずに罵り合っている状態を、徐々に「お互いの事情」を尊重し理解することで話がツーカーに通るようにしていく事が今どうしても必要なことなんですよね。

それには、「インテリの知見」を理解しつつ、「日本社会側の事情」を深く体得的に理解できる層が、その間を取り持って超高速にツーカーに情報が流れるように変えていく必要がある。

そんなことはまどろっこしすぎる、アメリカみたいにインテリだけが細部まで全部強権振るって動かせる社会になればいいのに!って思う人は多いんだけど…

そういうアメリカ型のやり方はそれ自体副作用があって、社会の半分がどんどん無力感に飲み込まれていって荒れてくるから治安の維持も難しくなるし、一握りの天才を押し上げるパワーの源泉をアカデミアのインテリコミュニティの隔絶性に頼りすぎていて、「アカデミアの独善性」と「社会の本来的常識」との間の対立が社会全体を真っ二つに引き裂いていってしまうことになる。

そこに新しいオリジナルな答を提示できるか、欧米と非欧米、インテリ世界と非インテリ世界、アカデミアの内側と外側・・・それらの分断を、日本社会固有の連動性によって融和し乗り越えていく独自のチームワークを再生できるかどうか、それが問われているのだと思います。

長い記事をここまで読んでいただいてありがとうございました。

ここ以後は、

で書いたような世界経済分析みたいな話から、2023年は世界同時不況が来そうだとか、その「世界同時不況」はただの不況じゃなくて、「世界の日本化」の完成形みたいなものになるんじゃないかとか、そもそも「土地の価格」とか「株価」ってそれぞれの国のようなコミュニティにとってどういう意味を持っているのか?とか、そういうことをざっくり考えながら、来年の経済見通しについて考察する記事を書きます。

2022年7月から、記事単位の有料部分の「バラ売り」はできなくなりましたが、一方で入会していただくと、既に百個近くある過去記事の有料部分をすべて読めるようになりました。これを機会に購読を考えていただければと思います。

普段なかなか掘り起こす機会はありませんが、数年前のものも含めて今でも面白い記事は多いので、ぜひ遡って読んでいってみていただければと。

ここまでの無料部分だけでも、感想などいただければと思います。私のツイッターに話しかけるか、こちらのメールフォームからどうぞ。不定期に色んな媒体に書いている私の文章の更新情報はツイッターをフォローいただければと思います。

「色んな個人と文通しながら人生について考える」サービスもやってます。あんまり数が増えても困るサービスなんで宣伝してなかったんですが、最近やっぱり今の時代を共有して生きている老若男女色んな人との「あたらしい出会い」が凄い楽しいなと思うようになったので、もうちょっと増やせればと思っています。私の文章にピンと来たあなた、友達になりましょう(笑)こちらからどうぞ。

また、この連載の趣旨に興味を持たれた方は、コロナ以前に書いた本ではありますが、単なる極論同士の罵り合いに陥らず、「みんなで豊かになる」という大目標に向かって適切な社会運営・経済運営を行っていくにはどういうことを考える必要があるのか?という視点から書いた、「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」をお読みいただければと思います(Kindleアンリミテッド登録者は無料で読めます)。「経営コンサルタント」的な視点と、「思想家」的な大きな捉え返しを往復することで、無内容な「日本ダメ」VS「日本スゴイ」論的な罵り合いを超えるあたらしい視点を提示する本となっています。

また、上記著書に加えて「幻の新刊」も公開されました。こっちは結構「ハウツー」的にリアルな話が多い構成になっています。まずは概要的説明のページだけでも読んでいってください。

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ウェブ連載や著作になる前の段階で、私(倉本圭造)は日々の生活や仕事の中で色んなことを考えて生きているわけですが、一握りの”文通”の中で形に…

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