[無料]奥多摩の川苔山で各種通信機器をテストしてきた(第1回通信比較テスト)
こんにちは、松本です。ジオグラフィカっていう登山用の地図アプリを開発しています。現在ジオグラフィカクラウドという機能を作っており、完成するとユーザー同士でお互いの位置がわかったりします。↓こんな具合
どれくらい通信できるのか気になった
ジオグラフィカクラウドを使うにはインターネットへの接続が必要です。スマホ同士が直接通信するわけではないし、テレパシーも使えません。必要なのは電波です。
僕は最近まで、登山中はスマホを機内モードにして使っていました。なので、実際に山のどこでネットに繋がるのか?キャリアが公開しているサービスエリアはどのくらい正しいのか分かっていませんでした(※)。街で使うには問題ないけど、山で使うなら電波の接続状況が気になります。
そこで今回は、奥多摩の川苔山で各種通信機器の接続状況を調査してきました。
※尾根や山頂など遠くを見通せる場所は電波が届きやすいくらいのことは知っていますが。
川苔山(かわのりやま)ってどんな山?
川苔山は東京の西にある奥多摩の山で、標高は1363m。川乗橋までバスで行き、川乗林道から登山道に入り、百尋の滝(ひゃくひろのたき)を経て川苔山の山頂に至り、大根ノ山ノ神(おおねのやまのかみ)経由で鳩ノ巣駅へ下山するのが一般的です。
下の画像はコース全体の地図で、左の「S:川乗橋」からスタートし、赤い線に沿って歩いて右下の鳩ノ巣駅がゴールとなります(※)。歩行距離は13.1km、累計標高が登り1200m、下り1300m、標準コースタイムは休憩込み6時間半程度です。
なお、元々は川海苔という藻が取れるという意味で付いた名前で、正式名称は川苔山です。地形図などには誤記として川乗山と載っていますが、ここでは川苔山と表記します。川乗橋や川乗林道も本来からすると誤記なのですが、固有名詞として定着してしまっているので、川乗の表記としました。
※他にも色んなコースがありますが、最も登山者が多いのはこのコースです。僕はデータを比較するために同じコースを何回も歩いています。
最初は谷沿いを進みます。
谷沿いのためGPSの測位がしづらく、アプリのテストに都合がいいので繰り返し登ってきました。春夏秋冬、25回程度登っていると思います。
沢沿いを進むため夏でも比較的涼しく歩けます。真夏の奥多摩で歩く気になる貴重なコースです(とは言え、後半は水から離れるので暑いです…)。
百尋の滝を過ぎると急斜面を登ってトラバースしつつ、谷から尾根に上がって山頂に至ります。地形の変化が測位精度に与える影響を観察できる。
百尋ノ滝周辺は死亡事故も起きているため登りも下りも注意が必要です。
山頂は西方面が開けており、天気が良ければ東京都最高峰の雲取山などが見えます。
後半は一部に急な下りもありますが、全体的にはなだらかで歩きやすい道となります。ただ、距離がまだ6km残っており、一気に1000mを下るため足の筋肉負荷は相当です。普段山に登っていない人には厳しい。
序盤で足を使いすぎると後半でキツくなります。最初の川乗林道の辺りはゆっくり歩くとよいでしょう。
上の写真の様な、斜面に付けられた登山道を歩く部分が多め。こういう場所も電波が通じにくいし測位精度も落ちやすい。
今回の行動時間など
大きな休憩は山頂のみで、あとは時々3分程度止まって水分補給しました。
08:24 川乗橋に到着、各種アプリなどを準備して出発
09:18 登山口(林道から登山道へ)
10:00 百尋の滝
11:25 川苔山山頂 山頂西側の末端で20分休憩
11:45 出発
13:30 大根ノ山ノ神
14:03 鳩ノ巣駅 行動時間 5時間39分
通信出来た場所では、ツイートを行っています。
今回検証してきた通信機器たち
今回は下の写真の通信機器を持っていきました。GPS送信機3台とスマホ3台の計6台となります。GPS送信機はIBUKI GPS、GPS.cot(第1世代)、conecoの3機種。
通信回線は、IBUKI GPSとconecoがdocomoのLTE-M(Cat.M1)を使用しています。GPS botは第1世代なのでFOMAプラス(800MHz)を使用しています。同じGPS botでも現行の第2世代はLTE-M(Cat.M1)を使っていますが持ってません。
この3台はザックの雨蓋に入れて行動しました。
スマホはiPhone12Pro(mineo dプラン)、Pixel4(mineo Sプラン)、Pixel6(イオンモバイルのauプラン)の3台です。電波を比較するために3キャリアのMVNOを揃えました。
スマホ3台はザックの肩ベルトに付けたポーチに収納して行動しました。
ちなみにLTE-Mとは?
LTE-MのMはMachineを意味します。IoT用の通信規格として整備されているLPWA(Low Power Wide Area)の一種です。
LTE-Mにもいくつか種類がありますが、今回の機器はLTE-M(Cat.M1)を使用しています。通信速度は300kbps~1Mbps程度。位置情報やテキストデータの送受信なら問題ない速度でしょう。通信距離は10km程度らしいです。
更に詳しく知りたい方はリンク先を読んで下さい。
各種機器の紹介と通信実績
では、各種通信機器の紹介と、今回得られた実際の通信状態について書いていきます。
IBUKI GPS
IBUKIの使用回線はdocomo LTE-M Cat.M1。トレランの練習会や大会で使うことを想定していて、Webサイトから位置の送信を開始して、終了もWebサイトから行います。なので、スマホが圏外になってしまうと送信を開始できないという欠点があります(たまに忘れます)。登山に使うなら電波が届く場所で開始しておきます。
以前は、オフラインで送れなかった位置情報は飛んで直線になっていたのですが、2022年前半にリリースされた新ファームウェアは過去の分を50箇所程度蓄積して、オンラインになったら送信する機能が付きました。そのため、どこでリアルタイムに座標を送れていたのか、後で記録を見ても分からなくなってしまいました。そこで、友人に頼んでリアルタイムにスクリーンショット撮っておいてもらい、それを元に通信可能範囲を割り出しました。
下の地図の、赤い線の部分が、実績から割り出した通信可能エリアです。
特にオフラインになりやすい、登山口から先を拡大してみます。大体、聖滝の先500mくらいで圏外となり、以降は滝の先のトラバース道まではリアルタイムでは送れていませんでした。山頂でも通信は復活せず、853標高点の辺りまではオフラインだったようです。
通信が回復したのは、800MHz帯のサービスエリアである大根ノ山ノ神(おおねのやまのかみ)の辺りでした。
ちなみに使われている端末は、京セラの「ビーコン対応GPSトラッカーGW」と思われます。
仕様を見ると、対応バンドは「B1(2.1GHz)、B8(900MHz)。B19(800MHz)、B26(800MHz)」となっています。docomoで使えるのは1と19ですね。
測位の対応システムは「GPS/GLONASS/みちびき」となっています。みちびきに対応しているためか、概ね実際の位置を測位できていたようです。大きく外したのは、舟井戸と853標高点の間くらいです。
過去の送信記録とくらべてみた
あと余談ですが、2021年9月8日に本仁田山の平石尾根を経由して川苔山に登ったときのIBUKIの記録があります。下の地図の緑の点と線が送れた位置情報で、当時はオフライン中の座標を送る機能は無かったはずです。
川苔山の山頂や周辺の下りでも位置を送れていたため、LTE-Mってすごいなと思ったのですが、今回の結果とは差がある気がします。この時のコースは尾根を通っている時間が長かったのですが、谷コースと尾根コースでは、その後の測位や通信にも影響を与えるんですかね?このコースもまた歩かねばならんか…(暑いのでせめて9月かな)。
coneco
子供を見守るための端末で、電子ペーパーの画面と3つのボタンを備えています。GPS発信機としては珍しい、メッセージを送れる端末です。スマホを持たせるにはまだ早いけど、メッセージの送受信が出来る端末を持たせたいという場合に選ばれているようです。確かに小学生に持たせるのにいいかも。
たまたまFacebook広告で見かけて「登山者の見守りにいいかも!」ってツイートしてたら開発及び販売元であるカーメイトの方に発見され、ご好意で端末を貸していただきました(でも結果は正直に書きます)。
現在地は動きがあれば常に発信されており、スマホのアプリで確認できます。動きがなければ省エネモードに入るようです。
定型文はスマホのアプリから変更できるので、子供見守り用定型文から、登山者用の内容に変更しました。
conecoとスマホはインターネットで結ばれます。メイン見守りスマホの他に、ゲスト見守りスマホも設定できるので、複数のスマホからconecoを持った登山者(本来は子供)を見守り出来ます。
登山者がメイン見守りスマホを持っていると定型文の変更が出来ます。自分で定型文を変更すれば、実質的には自由に文章を送れる事になります(1回のメッセージ文字数は20文字で絵文字は不可)。家族のスマホにはゲスト用見守りアプリを入れれば見守れます。
バッテリーは非発火型のリチウムイオンバッテリー(子供向け端末なので安全面に配慮したそうです)です。容量は620mAhと少なめですが、省エネの工夫がよくされており、1日登山で使っても減った感じがしません。登山で6時間程度歩いても2日はいける気がします。
で、通信の結果は?こうなりました。
川乗橋から1kmくらい歩いた辺りでオフラインになってしまったようです。IBUKIは聖滝の先まで送れたので、ちょっとオフラインになるのが早いでしょうか。
その後は下山中まで復活せず、853標高点と大根ノ山ノ神で再開しました。853標高点はすべての機器が通信に繋がりました。地形的に電波を受信しやすいみたいですね。
conecoはオフライン中の座標を溜めておく機能が無いので、記録として残っているものがそのまま通信成功の実績となります。街で使うことを想定した子供見守り用端末を登山に使うのは、やや無理があるかも知れません。
ただ、メッセージを送れる端末をスマホ以外にも持つと、スマホのバッテリー節約には役立ちます。
測位はGPS, GLONASS, Galileoに対応しているようですが、電車の中で現在地をロストしてしまったり、他の機器やスマホより測位の感度(?)が弱い感じがしました。省エネの影響でしょうか。(一般的には、測位精度を上げようとすると電池を食いやすいので)。
GPS bot
coneco同様の子供見守り端末です。第2世代や声を送れるBotトークなども出ていますが、僕が持っているのは第1世代です。何が違うかというと、第1世代は回線がFOMAプラス(つまり3G)なのと、測位に使えるシステムはGPS、GLONASS、WiFi、基地局の3点測位となっています。
第2世代はGPS,みちびき,BeiDou,Galileo,SBAS,A-GPSなど複数のシステムに対応しています。バッテリー容量も800mAhから1400mAhに拡張されています。いいな。
coneco同様、現在地は動きがあれば常に発信されており、スマホのアプリで確認できます。IBUKIの様に開始の操作はありません。操作の違いについては、端末の利用者や使い方の想定によって違うだけで、優劣の話ではありません。
通信の結果は下記のようになりました。青い点が送信できた位置です。
川乗橋から1km程度でオフラインになったのはconecoと同じですが、山頂からも位置を送れました。その後は853標高点と大根ノ山ノ神で送れました。
ピンポイントに山奥のどこにいるのかを知るのは難しいかも知れませんが、どこの山に行ったのかくらいはこれでも分かりますね。
どの山に行くのか言わずに出かけてしまう夫に持たせるといいかも知れません。メッセージ送受信は出来ませんが、位置は観察できます。
docomo(mineo dプラン)+iPhone12Pro
ここからはスマホ+ジオグラフィカクラウドです。ジオグラフィカクラウドはオフライン中の座標を間引きつつも蓄積して送ってしまうので、一見すると全部送れてるように見えます。が、僕は開発者なので記録のされ方である程度分かりますし、測位時刻とサーバー側の受信時刻が分かるので、その差が5分以上の部分をオフラインとしました。
結果、docomo回線は下のような結果になりました。
エリア情報や凡例は下記ページから引用しています。
IBUKIの結果と似ていますね。聖滝の辺りでオフラインになって、百尋ノ滝の先で復活しました。IBUKIよりも送れている地点が多く、山頂でも位置を送れています。853標高点などでも送れていました。
川苔山の周辺では、南向きの斜面や山頂で電波が届きやすいようです。谷や北向きの斜面はオフラインになります。今回は通信できた場所で使用バンドと電波強度を記録していました。分かるものは地図にも記入しています。
LTE-Mを使った通信機器と同程度には通信できているようです。
au(イオンモバイル auプラン)+Pixel6
次はau回線です。川苔山周辺のサービスエリアは4G LTEで、うっすら黄色くなっている部分となります。エリア情報や凡例は下記ページから引用しています。
最初にオフラインになったのは聖滝の手前くらい。docomoよりも少し早くオフラインになりました。復活したのは百尋の滝の先で、その次は853標高点の辺りなので、IBUKIと近い感じですね。山頂で送れたら良かったのですが、送れませんでした。
大根ノ山ノ神のだいぶ手前で通信が復活しました。これまでのdocomo系より早かったです。基地局の位置とか電波の特性ですかね。この辺は、docomoだと1.5GHz帯のようですが、au回線では700MHz帯のB28でつながっていました。
ソフトバンク(mineo Sプラン)+Pixel4
最後はソフトバンクの回線を使う、mineoのSプラン。エリア情報や凡例は下記ページから引用しています。
正直、もっとオフラインになると思っていたので意外と通信できていました。
山頂で送れなかったのはauなどと同じですが、川乗林道では最も奥まで通信できていたようです。auの結果と似ていますが、舟井戸の辺りでも送れています。思ったよりいい結果だったと思います。
やるじゃん、ソフトバンク。
スマホのバッテリー消費まとめ
今回使用した3台のスマホについて、バッテリー消費を載せておきます。機内モードにはせず5時間40分行動しました。
iPhone12Pro(2,815mAh) mineo dプラン
バッテリーの劣化度は88%です(満充電しても買った時の88%しか充電できない状態)。カメラ代わりに写真を66枚撮りました。
95%→41%でした。劣化度と使用%から放電容量を計算すると、1,337mAhになります。
Pixel4(2,800mAh) mineo Sプラン
バッテリーの劣化度はAccuBatteryによれば98%。
94%→50%でした。放電容量を計算すると、1,206mAhになります。
Pixel6(4,614mAh) イオンモバイル auプラン
新品で買って以来、あまり使っていないのでバッテリーは劣化していない。
99%→70%でした。使用%から放電容量を計算すると、1,338mAhになります。
放電容量を計算すると、どのスマホもだいたい同じくらいの消費量になりますね。Pixel6の残量が70%と多いのは、バッテリー容量がそもそも大きいからということです。iPhone12Proはバッテリーの劣化や使用頻度からすると健闘したのではないでしょうか。
このくらいの消費量なら、機内モードにしても10時間程度は行動できそうです。Pixel6なら20時間いけちゃいますね。
まとめ
これまでの結果を、エリアごとにまとめます。
川乗林道での通信
聖滝の辺りですべての端末がオフラインになりましたが、IBUKIとソフトバンクはもう少し先まで通信できました。距離にして500mくらいなので誤差かもしれませんが。
百尋の滝の先の斜面での通信
スマホは3台とも通信可能になりました。GPS送信機はIBUKIだけが位置を送れました。川乗橋の方に向いた斜面なので、川乗橋周辺の基地局につながった可能性があります。
山頂での通信
docomo回線のiPhone12ProとGPS botが位置送信に成功しました。iPhone12Proが繋がっていたのはB1の2.1GHzで強度は-122dBmでした。弱い電波でけっこう頑張ったと思います。見通しが良かったので2.1GHzでもつながったのかもしれません。GPS送信機は、期待薄だったGPS bot第1世代が位置を送れました。意外。
下りの通信
853標高点や舟井戸あたりなど、南から南東向きの斜面で繋がりやすかったです。ザックリ比べると、docomo LTEが繋がりやすく、その次がソフトバンク、auが3番目。スマホとGPS送信機の差はあまり感じられず、LTE-MのLPWAってどういうこと?という気持ちになりつつあります。
もしかしたら、スマホでいいのかも知れない…
これまでは、ジオグラフィカに通信機能を持たせていなかったこともあり、スマホのバッテリー消費を抑えることを優先して「機内モードで使いましょう」と言ってきました。
なので、実際にスマホが山でどの程度使えるのか知らなかったんですが、思ったよりも通信出来る様に感じます。低速長距離通信がウリなはずのLTE-Mを使った機器と比べても遜色ない、遜色ないというか、むしろ繋がっているのかも…。
もしやスマホって通信性能高い?
考えてみれば、同じ電波帯を使っているのだし、バッテリー容量が大きい分だけ電波出力も大きくしやすいだろうし、筐体が大きのでアンテナも大きく、通信性能も高いのかも知れません…。
価格もGPS送信機より高いので、性能が高くてもおかしくない気がします。
ただ、今回の1回だけで判断するのは早計と思いますので、今後も比較していこうと思います。
(僕はソフト屋さんなので電波やハードウェアについてはよく知りません)
GPS送信機のメリットは、スマホのバッテリー節約
GPS発信機や、conecoの様にメッセージ送受信が出来る通信機能を持っていれば、スマホを機内モードにしてバッテリーを節約できます。
大容量のモバイルバッテリーを持てばいいのですが、機器を別にしておくことは故障やバッテリー切れのリスクヘッジにはなります。使う意味がまったくないとは言えないと思います。
sigfoxのGPS送信機もサービスを開始しました
今回使った3機種のGPS送信機とは別に、新しいGPS送信機が2022/8/10に発売されました。FIELD CONNECTという端末で、回線はLPWAのsigfoxを使っています。位置の送信と定型文(SOSなど)の送信が出来ます。
sigfoxは特に通信速度が遅く、データ量や回数も少なく制限されています。その代わり通信可能距離が長く、最大で50km届きます。
sigfoxを使ったGPS送信機が登山用に提供されるのは初めてだと思います。今後の普及に注目ですね。
わぁい、サポート、あかりサポートだい好きー。