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[書評]登山者のための法律入門

こんな本があるなとは知っていたけど、なんとなく読んでいませんでした。が、登山学校を運営する上で曖昧な理解のままではよくないだろうなと思い至り読んでみました。

私はジオグラフィカという登山用アプリの開発者なのですが、東京都山岳連盟の『おくたま登山学校』という講習会の責任者もしています(ほぼボランティアですが)。

どんな本なのか?

そもそも登山はなぜ出来るのか?から始まり登山道とは?ルールやマナーと法律の関わり、登山の規制、事故の責任などのついて弁護士の立場から詳しく解説されています。

登山に関する様々なトラブルに巻き込まれないために、そして巻き込まれてしまったときにどうしたらいいのか?どういう責任があるのか?などがよくわかります。

最後は、安全な引率登山をするためにどうしたらいいのか?遭難しないためにはどうしたらいいのか?などもまとめられ、筆者が『登山をする人が不幸になってほしくない』と思っていることが伺えます。

山岳会でリーダーをやるような人や、友達を山に連れて行く人、登山の講習会を行っている人は必読です。プロの山岳ガイドの方は当然知っていなければいけない内容なので今更という感じでしょうけど。

以下、個人的に気になっていた点について軽く書きます。詳しく知りたい方は是非買って読んで下さい。

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山は黙認で登っていいことになっている

登山は必ず『誰かの土地』で行われます。自分の山でなければ他人(個人、企業、地区、町、県、国)の土地ということになります。隣の家の庭に勝手に入れば不法侵入になりますが、登山はいちいち許可を取って行っているわけではありません。なぜそれが許されるのか?

黙認されているからだそうです。黙認!曖昧!

キノコ狩りや山菜採りも同様の『黙認』であり、当然の権利ではありません。なので所有者が立入禁止と決めれば、その山にはもう登れません。日本における登山というのは、実にあやふやな状態で黙認されているものなのでした。

登山において最も強いのは土地の所有者で、所有者が禁止すれば歩くことも岩を登ることも、テント泊も焚き火もなにも出来ません。逆に言えば、所有者以外の人が禁止と言っても、法的根拠が無いことがほとんどです。

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登山道管理の問題

登山道の管理は、その土地の持ち主や道を作った者が行うというのが名目らしいのですが、実際には誰が管理者なのか曖昧なものが多いそうです。難所に設置された鎖やはしごの管理者も曖昧な場合があり、実際ほとんど朽ちている鎖も見かけます。

管理者がいないのだから当然なのですが、そんな鎖に命を預けるのはかなり無理ですね。現状、登山道や鎖などは管理者が曖昧なまま近くの山小屋やボランティアがメンテンナンスをしている状態です。

登山道にしろ鎖や梯子にしろ、そういう状態なので使う時はよく確認する必要があります。それでも鎖が外れて落ちてしまった時、どうしたらいいんでしょうね?誰の責任なのでしょう?(現状はとても曖昧です)

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登山道以外の部分を歩いていいのか?

登山道以外の部分を歩いてはいけないと決めてしまうと、岩、沢、雪などのバリエーションルートを登れなくなってしまいます。一般的には、土地の所有者が禁止しない限り登山道以外を歩いてもいいようです。

ただし、自然保護の観点から、一般ルートの周辺で登山道から外れるのはよろしくありません。バリーエーションルートを歩く人と比べて一般ルートを歩く人はとても多いので、自然に与えるインパクトが大きいからだそうです。

確かにそのとおりですが、人気がある沢や岩のルートでは、いくら少ないと言っても踏み跡が残ります。その様なルートでは出来るだけ踏み跡をたどったほうがよいと、私は考えます。出来るだけ植物を踏まないように留意しましょう。

なお、所有者はとても強いので、所有者がある日「登山は全面禁止」と言えばもう登れません。そうならないようにマナーを守って登りましょう。

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登山を禁止できるのか?

冬山やクライミングで遭難者が出ると登山を禁止すべきだという話が持ち上がりますが、実際に登山自体を禁止するのはかなり難しそうです。

それは、そもそも『登山』の定義が曖昧だから、当然『冬山登山』も曖昧です。高尾山に12月に登れば冬山登山になるのか?北八ヶ岳ロープウェイで上がって坪庭を歩くのは登山なのか?観光なのか?単独登山を禁止するのも、なにが単独登山なのか定義できなければ難しそうです。

土地の所有者以外が登山を禁止するのは難しいのです。

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指定地以外でのテント泊

基本的には、テント泊はテント泊の指定地で行うべきだと私は思います。ですが、どうしたって指定地以外の場所でビバークをすることもあります。

沢登りやクライミングでは、沢の中や岩壁で夜を明かすこともあります。そういう場所に指定地は無いので、指定地以外でのビバークとなりますが黙認されています。登山を禁止できないのだからそういう場所でのビバークも禁止できません。

自然公園の特別保護地域と特別地域では工作物の設置が禁止されているので、テントを張ることは出来ません。ただしツエルトをかぶって地面に寝ることは工作物に設置にはならないので禁止されません。

ただ、禁止できないこととその場を汚してそのまま立ち去るのは別の問題です。

指定地でもそうですが、『来たときよりも美しく』して立ち去るのがマナーでしょう。禁止されていないからと言って、近くに指定地があるのに闇テンをするのも違いますよね。近くにあるなら指定地で幕営料を払ってテント泊をするべきです。

ビバークしなければ踏破出来ないルートでのビバークと、近くにある指定地を避けて行う闇テンは別のものだと思います。出来るだけ指定地を使いましょう。

また、フリークライミングの岩場では『ここでキャンプするのは禁止』と決められていることがあります。いわゆる『アクセス問題』に繋がる行為は避けましょう。所有者だけでなく近隣住民に迷惑を掛けてはいけません。

過去に可能だったとしても、今は時代が違います。ルールやマナーを守らないと岩場が使えなくなってしまいます。

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避難小屋の利用

『避難小屋』と一口に言っても様々な形態があります。関東周辺では無人無料の避難小屋が多いと思われます。私がよく行く奥多摩や丹沢エリアでも、避難小屋は無人で無料です。

本来の役割は緊急避難のための小屋ですから、最初から宿泊計画に組み込むべきではありません(と、本書には書かれています)。が、実際には宿泊小屋として使われていますし、私も使ったことがあります。宿泊者ノートがある避難小屋が多く、実はそこまで明確に宿泊禁止とはされていなかったりもします。下の説明では、長期の滞在を禁止にしています。

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とは言え、堂々と利用するものではないですし、大人数で押し掛けて小屋全体を占拠してしまうのも違うでしょう。使うにしても少人数で慎ましく使わせてもらって、せめてもの対価として、使用後は掃き掃除などしてキレイしましょう。ゴミを残すなど言語道断です。

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一度、とても長い道中、避難小屋に泊まろうと思って着いたらインターナショナルスクールの子供たち20人くらいがすでに場所取りをして中に入れず、仕方なく避難小屋の近くでテント泊をしたことがありました。下山する時間と体力は残っていなかったのでお許しください。

さすがに20人で泊まるというのはどうかと思うんですよね…。しかも学校行事で…。

登山講習と資格

登山の講習やガイドを行うのに資格は必要ありませんが、講習を主宰する団体でガイド資格などを必須にする場合があります。

私が『おくたま登山学校』を行っている東京都山岳連盟では、実技の講師を行うには山岳コーチ1以上の資格または同等以上と見なされるものが必要です。

引率登山と旅行業法

ツアー登山として報酬を得て、不特定多数から募集した参加者の移動や宿泊の手配をするためには旅行業の登録が必要です。これについては、私が行う講習では移動や宿泊の手配は行わないことにしています(※)。現地集合現地解散の日帰り講習のみです。

※…過去に山小屋泊の講習もありましたが今は行わない事としています。過去は小屋の予約だけして宿泊費は参加費に含めず現地で集めてそのまま小屋に渡したので手数料などは得ていませんが、講習会自体の日当は少額を受け取っています。どうもグレーだなと思い至りやめました。私が担当者になってからは特に、グレーにならないように運営しています。

過去に、ICI石井スポーツの登山学校が旅行業法違反とされたことがありました。書類送検されましたが処分は不起訴だったと聞いています(※)。それでもグレーは避け、法律は守っていきたいと思います。

※…その後旅行業登録したそうです。登録する意思を見せたことで不起訴になったのか、有罪にするのが難しいと考えて不起訴にしたのかは不明ですが。

不特定多数ではない、ハイキングクラブや山岳会、友人関係など固定されたメンバーでの山行ならば小屋や交通の手配をしても旅行業法違反にはなりません。なにかの会員として募って、その中で引率登山をするのなら問題ないかも知れません(あくまで私の解釈ですが)。

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引率者の注意義務、法的責任

人を山に連れて行く場合、自分と相手の関係によって事故が起きた時の法的責任が変わります。

友達や山岳会のメンバーなどで、ほとんど対等な関係として山に行った場合はそれぞれが自己責任となります。ただし、ロープで安全を確保しているときに確保者がミスをすればそのミスの責任は問われます。

ガイドや講師が登山の初心者を『引率』する場合は、安全に関する注意義務が発生するため事故が起これば法的責任を追求される可能性があります。人を山に連れて行くには大きな責任も伴うということです。

だから私は、登山の講習ではとても簡単なコースを選んでいます(※)。コースタイムは5時間までで、鎖場やフィックスロープなどがないコースを主に選びます。コースの情報は募集ページに出来るだけ詳しく書きます。

※…稀に簡単なバリーエーションルート(例えば日の出山北尾根など)で講習をすることもありますが、何度も下見をして安全を確認しています。

天候の判断も安全寄りで行っています。4月に行った高水三山での講習は、途中から風雨が強くなってきたので引き返しました。高水三山でも天候次第では事故が起こりえます。

本書にも書かれていますが、引率登山は易しいコースで安全を重視して行ったほうがよいでしょう。コースの難易度と講習の充実度は関係ありません。簡単なコースでも教えられることはたくさんあります。

これまでの講習では無事故でやってこられました。病人も怪我人も出していませんので、これからも安全第一でリスク要因を洗い出し、事故のない講習を続けていけるようにします。登山について勉強しに来たのに帰るときには怪我をしているなんて申し訳ないですからね。

まとめ

結構書いたようでいて、上ではほんの触りしか書いていません。

日本における登山は非常に曖昧な部分が多く、法解釈だけでなくマナーや倫理の問題含みます。本書に書いてあることがすべて正解とは思いませんが、議論のきっかけになると思います。

詳しく知りたい方は買って読んでみて下さい。

・登山は『黙認』で行われている。
・土地の所有者が最強。所有者が黙認すれば登れるし、ダメだと言えば登れない。
・引率登山には大きな責任が伴うので、安全なコースで余裕がある講習内容で行うのが望ましい。

これからも安全に登山学校を続けていけたらと思っていますし、友人との登山でも安全に注意していきたいと思います。

わぁい、サポート、あかりサポートだい好きー。