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SustainableでResilientな事業を目指す中での契約法務

1.契約法務担当者は事業戦略立案にどこまで立ち入るか

 企業の中で働いている法務担当者としては、事業部門が立案した事業戦略を聞いて、収益性を上げるにはこうしたほうがいいんじゃないですかとか、一から開発するんじゃなくてあの時に作ったあの商品を流用したほうがいいんじゃないですかとか、そこまで踏み込んで発言することはためらうかもしれません。

 確かに、お互いにプロとして能力を発揮する領域が違うわけなので、安易に専門外の領域に立ち入るべきではないともいえます。

 他方で、契約書自体はある意味一つのビジネスモデル(またはその一部)を示した書面といえるため、様々な顧客や取引先と、相手方の契約書のひな形をベースに契約条件を調整する経験を積み重ねていきますと、その組織で働いている人たちよりも、世の中のいろんなスタイルの事業のあり方を知っていたりします

 従って、契約法務に長く携わっている人が事業戦略の立案に関わることは決して悪いことではありません。また、そうした実務経験者は、どういう契約問題に陥りやすいかの傾向も分かっていますので、そうした人を関わらせることは、事業リスクの洗い出しや対策に資するともいえます。

2.エッジ生産

 そうした契約法務の実務者にとって、今のパンデミック下において、そしてパンデミック後の時代において、今までやってきた事業のあり方が変わるのかどうか、あるいは変えないといけないのかどうかを検討することはとても大事なことです。

 例えば、グローバルに商品を作りもしくは販売しているメーカーや商社は大きな影響を受け得るかと思います。海外から部材を調達し製造し国内外に販売している場合、パンデミックによる国境の閉鎖や物流の大停滞で必要な部材が入ってこず工場の操業が止まったり、あるいは作った商品を輸出できず倉庫に商品が山積みになったりと困った事態に陥った会社もあるでしょうし、またそうしたことは今後もたびたび起こると思われます。

 他方で、ソフトウェアやゲームなどの無体財産は、ネットを経由してやりとりできますので、そうしたことを経験せず従来どおりに事業を行えるでしょう。従って、モノ作り・モノ売りの会社も今後は顧客に提供する価値の無体財産化が進むと思いますが、あくまでモノ作りにこだわるメーカーもたくさんあると思います。

 そうしたメーカーとしては、やはりエンドユーザーの近くで作って提供する「エッジ生産」化が進むと思われます。その場合例えば、A国の拠点P、B国の拠点Q、C国の拠点R(あるいは資本関係がそれぞれないA国のX社、B国のY社、C国のZ社)とで、商品(の基本形)を作る設備・装置や、設計・製造に携わる人のスキルや、設計・製造・試験のデータを共有もしくは同一規格化し、常に同期させておく必要がありますので、そうしたことに必要な契約(技術支援契約、設備の購入・保守の契約、データの利活用の契約など)の重要性が増すと考えられます。

 もっともそれぞれの地域特有のニーズにも対応する必要がありますので、その商品の基本形をベースに、各拠点で自らカスタマイズができるようになることも重要です。世界中のいろんな顧客の要望を基に、日本で、商品Aのカスタマイズ版A2、A3、A4…を設計・開発していてはとても間に合わないでしょうから、各拠点の裁量で派生品を作ることをある程度認めつつ、その成果を拠点を超えて共有する仕組みを作ることも考えられます。ただそうした場合、品質保証や安全衛生、各国で異なる法令や商慣習を踏まえて、法令上または契約上のリスクをその都度洗い出すことも重要になります。

3.プラントや特注品

 発電所や大型船舶などのプラント輸出は、#VUCA がますます暴れる時代、非常に難しくなってきていると思います。度重なる仕様の変更や部材の調達遅れといったプラント建設によくある契約上の問題のみならず、近隣住民の反対や政権交代によるちゃぶ台返し、法令の規制強化もあります。

 もちろんそうした中でも、会社全体のリソースを差配できるカリスマ経営者がいるなどして、必要十分なリソースをつぎ込んでチャレンジする会社もあると思います。その場合、当然ながら、現地にしっかりした橋頭堡(bridge head)を築くことが大事になりますので、恒久的施設(Permanent Establishment: PE)認定の問題も考えつつ、そのための種々の契約も重要になります。

 さらにそうしたプラントの場合は顧客が20年や50年といった長い期間使うことが多く、その期間、保守やアップデイトなどを自社がずっと実施するのは現実的ではないように思われます。従って、どこかのタイミングでそうした保守等を行う会社に事業を引き渡すはずですから、それを最初から頭に入れた上で契約の条件を考える必要があります

 なお、輸出するか否かに関わらず、またプラントに限らず、顧客からの要求仕様に基づき個別に製作する特注品(システムを含む)の場合は、顧客の求める機能や性能をすべて満たすものを作ろうとすると想定以上に複雑になり、開発が遅延したり品質不良を作りこみ、後で契約問題に発展することもありますから、そうした特注品メーカはその点について、特にこのパンデミック下の状況では、従来以上に注意していると思います。

 端的に申し上げればお互いのコミュニケーションが非常に大事であり、顧客とメーカーが互いに協力しながら何か新しいものを作って運用しようとする場合は、双方が相手方を配慮し、メーカー側は「プロジェクトマネジメント義務(説明義務)」、顧客側は「協力義務」を意識する必要があります。(この点に関して詳しくは「契約ブートキャンプ2020」で述べています。)

 ただ、それだけでは限界があり、やはり、顧客からの要望に基づき設計を検討したときに、従来の商品からカスタマイズする規模を如何に減らせられるか、つまり社内で共通化された部品やモジュールをどこまで使えるかにかかっているといえます。共通化された部品等を使えば、品質的にもfield provenであり、また社外から購入するものであったとしても買った実績があるものですので、品質不良や開発遅延による契約問題が生じる可能性は抑えられます。

4.サブスクリプション・サービス

 サブスクリプション・サービスは、提供する側としては、リピーターを一定数得られれば継続的に一定の収入を見込め、新規開発やアップデイトも自分の裁量で行え、sustainabilityの点で比較的優れているため、今後もこうしたサービスが増える傾向でしょうし、それに関連した契約も増えると思います。

 また、こうしたサービスの契約は最初からデジタル化されていることが多く、契約とプログラムが融合した「スマート・コントラクト」にもつながることから、契約法務に携わる者としては興味深いところです。
(「スマート・コントラクト」については、顧客との間で契約の締結やその後の履行が完全にデジタル化されているという意味を超えて、顧客と締結した契約が社内の種々の業務システムと連動し、受注→調達→製造→試験→納品→支払いといった工程をシームレスにミスなく行える仕組みを作るという意味で、別稿を起こす予定です。)

 なお、特定の場所に集まったり訪れたりすることを前提としたサービスは、今回のパンデミックでサービスの提供自体ができなくなりましたが、サブスクリプション・サービスの契約において、所定のサービスを提供できなくなった場合はもちろん、そうでなかったとしても顧客がサービスの提供を望まない場合、サービスの停止期間中は、利用料金の自動徴収を停止するのみならず、解約する選択肢も当然用意し、しかもその解約は手続きに手間を要せずすぐに完了できるようにすることも大事です。「逃げやすさ」は「再び戻ってきやすさ」にもつながるからです。いずれパンデミックが収まり、あるいはより簡便で有効な感染症対策が考えられ普及し、従来どおりに事業ができるようになったときに一気に復活できるよう、resilientなビジネスモデルにしておきましょう。

5.コミュニティの大切さ

 今の時代は、優れた技術を持っているからといって収益性のある事業として成功する保証は全くなく、収益性のある事業として成功したとしても地球環境に負荷を与えまくっていたり人権への配慮がないと、事業そのものが否定されることもあり、収益性もあるし地球環境や人権などにも配慮した事業として成功していたとしても、突然の感染症のパンデミックで需要が全く霧散してしまうこともあります。

 そのため今後はなお一層、収益性や効率性よりも、sustainableでresilientな事業とは何なのかを希求する気運が高まると思いますが、そのsustaninabilityやresilienceを生み出すために、結局、誰を最も大切にしなければならないかというと、それは顧客と従業員(働く仲間)であろうと思います。

 従来もそうですが、今後なお一層、VUCAが吹き荒れる中では、自らの従業員を含めて多くの人たちが、自分の提供する商品やサービスのファンになり、それについて語り合い、さらにはそうした商品やサービスの提供の拡大・改善にも参画する「コミュニティ」が形成できるかが非常に重要となります。そのコミュニティは、ある特定のブランドや価値観を大切に思って集まってきた、強力な応援団であり、その商品やサービスをコアにしたエコシステム作りの大事なパートナーだからです。

 従って、契約法務に携わる者としても、そのコミュニティのマネジメントに関するルール作りに参加することにもなるでしょう。決してガチガチに縛らず緩くて広い連帯を作り出し、またそのコミュニティに、多くの人から尊敬されている専門能力の高い人や組織が加わってもらえるように、そうした特定の人や組織とは個別の調整も必要と思います。

 そうしたコミュニティなりコアなファンを何も持っていない事業体は、たとえそれが巨大な企業であっても本質的に脆弱であって、これからの時代はあっという間に消えてしまうかもしれません。

2020年6月27日
Resilia Amalgas

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