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いわゆる「契約リスク」を洗い出すには?

1.「未知」と「リスク」は違う

 契約法務担当者としては、契約書を渡されて、「この契約書を読んでリスクを洗い出して」と言われることがあるのではないでしょうか。

 しかしそう簡単に言われても、契約書を読んだだけで、契約上のリスクが見えてくるわけではありません。そのため、事業部門の人たちに、そもそもどういうモノもしくはサービスを提供しようとするものなのかや、これまでの経緯などを聞いた上で契約書を読む必要がありますが、事業がまだ始まったばかりのときは、聞き取りをしようとしてもざっくりとしか教えてもらえず、突っ込んだ質問をしても「さあ、まだ詳しく決まってないですねぇ」と言われて十分な情報を得られないこともあるかと思います。

 そもそも事業部門としても、十分なfeasibility studyができていないまま勢いで進めていたり、何らかの事情があってあまり乗る気でないのにやっている事業であったりすると、契約法務部門の人からあまり根掘り葉掘り聞かれたくないかもしれません。

 そうした場合に、契約法務部門として、とりあえずえいやっで、どのへんを押さえていくかをここでは考えたいと思います。

 まずそもそも「リスク」とは「どう変動するか分からない」という「不確実性」のことを言っているわけですが、それ以前に、どのような事業であっても、「未知のこと(知らないこと)」がたくさんあるはずですので、「未知」を「知」にする活動から始める必要があります「知」になった(一応知っているという状態になった)うえで、それでも実際どうなるか分からない、それを「不確実性」すなわち「リスク」と呼んで良いと思います。

 つまり、未知の状態でリスクを論じても、地に足がつかない議論であって、どうやってリスクを低減すればよいかイメージがつきにくいといえます。まずは、未知の事項を、契約の相手方に聞くなり、有識者に聞くなり、過去の経験に照らし合わせるなりして、「こうであろう」と理解する状態に持っていく必要があります。

 例えば、北極に近いA国のXという顧客に商品Pを2月に納入するという契約を結ぼうとしているときに、どのような手段で輸送するのが良さそうか、仮に屋外で使うものである場合に現状の商品Pは堪えうるのか(改造が必要なのか)など、契約上の納期や品質に関する条項が履行できそうかどうかを見極めるときにこうしたことは気になるわけですが、A国の港は年中凍らないこと、現状の耐環境性で大丈夫そうであることなどを確認し、「知」の状態にした上で、それでもなお港が使えなくなったり、より過酷な環境条件を想定すべきだったりしたときのこと(すなわちリスク)を考えて契約条件の良し悪しを判断することになります。

 したがって、もし事業部門の人に聞いても「未知」の事項が多すぎる場合は、まずは以下の「6×6マトリクス分析」で「未知」を「知」にする活動をしましょうと提案してはいかがでしょうか。

2.6×6マトリクス分析

 まず、当該事業がどのような段階を踏んでいって進むのか分けてみましょう。大よそ6つが良いと思いますが、上記の例のような、ある商品を海外の顧客に納品するようなケースでは以下のように分けられると思います(どちらかというと売る側の視点で見ています)。

(a) 受発注前(採用可能性検討)
(b) 開発・設計(個別に製造/カスタマイズを要するなら)
(c) 部材調達・製造/実装・試験
(d) 引渡し(設置据付)/受領
(e) 使用・保守
(f) 廃棄・(次世代品への)更新

 また、プロジェクト管理または組織経営上の制約条件として以下の6つの観点でも考慮する必要があると思います。

(i) 人
(ii) モノ(部材)
(iii) 金(予算)
(iv) 技術(特に既存のものからの開発要素)
(v) コミュニケーション・ITインフラ
(vi) 法令・組織・文化(価値観)

 これらそれぞれ6つを縦と横に並べて表にし、合計36マス作り、それぞれのマスごとに、現時点で「未知のこと(要確認事項)」と「知だが不確実なこと(リスクとして認識すべき事項)」を書き込んでいくと、当該事業の懸念材料が俯瞰できると思います。(両者は分けて書いたほうが良いです。)

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もちろん、1マスに1個と決まっているわけではなく、できれば立場や部署の違う3人以上の人が見て、同じ表に書き込んでいくのが良いと思います。(誰が何を書いたかの付記もお忘れなく。)例えば、営業担当、調達担当、設計・製造担当、プロジェクト管理担当、据付・保守担当、法務担当と考えていきますと、すぐに6部署ぐらいは思い浮かんでくるかと思いますが、より多くの部署の人がチェックするほうが漏れのない対応ができるようになると思います。

 つまり、1マスに、未知のことまたは不確実なことを3~6ぐらいは書いていったほうが良いと思いますが、そうしますと合計108~216になります。「え、そんなにたくさん?」と思われるかもしれませんが、一つのプロジェクトで100~200ぐらいで済むのであれば少ないほうだと思います。とりあえずは6×6×6(6の3乗)を目安にすれば良いと思います。

 こうしてでき上がった表を見て契約書を(あるいは自分がこれからひな形から書き起こす場合はそのひな形を)眺めると、よりクリアにいろんなことが見えてくると思います。契約書上で手当てすべきこと、あるいは契約書上でなくてもいいが何らかの合意をとっておくべきことなどをその組織の中で、あるいは契約の相手方と共有でき、それがプロジェクト崩れの防止につながると思います。

 なお、上記の(vi)は、人権、環境、健康、安全保障といった観点から組織としてどうあるべきかという視点でもあります。自分と相手方が合意していれば何をしても許されるわけではもちろんないため、世の中の様々な問題・課題に対して普段から興味を持ち、そもそも当該事業が社会にどういう貢献をもたらすために行うものなのか、最初に目的をしっかり意識しておく必要があります。

Resilia Amalgas
2020年9月4日

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