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「融けてゆく世界」|融けるデザイン2020 #2

融けるデザイン2020は出版5年を記念して、融けるデザインを著者なりに振り返りつつ、少しだけ融けるデザインその後を何回かに連載して書いていくものである。

はじめに ー 融けてゆく世界

この導入は、実は出版の直前(2015年1月)に書いた。タイトルも決まり、内容も書き終わり、校正段階の時だ。

導入はこの本が何であるか、何を提供しようとするものなのか、現在の変化する世界を方向性や問題意識、我々がやるべき方向を書きながら本書のテーマを説明している。だからこの「はじめに」は、わりと大事なメッセージである。でも最初に読む部分なので忘れがちな部分でもある。だから最後にまた読み直して欲しい部分でもある。

「こういった本久々ですね」

さて、誰との会話だっただろうか。記憶はやや曖昧だけが、岡本さんだった気がする。「こういった本、久々ですね」という会話があったのが印象に残っている。

「こういった本」というのはいろいろな意味が含まれているとは思うが、自分でもたしかにそういう感覚はあった。僕の解釈では「近年の情報技術を踏まえた、インタフェースやインタラクションの考え方的なデザイン論やメディア論の書籍」である。

90年代や2000年初期までは、これからやってくるデジタル世界、インターネット世界を論じたメディア論や、その当時にとっては「インタフェース」「インタラクション」という比較的新しい考え方がそれが何であるのか?を過去の研究を踏まえたりしながら、その重要性を説いていくものがあった。

たとえば、

人間のためのコンピュータ」や「ソフトウェアの達人たち」などがある。今もAmazonで購入できるのでぜひ手にとって見て欲しい。ただし、これらは専門書であって、一般的に読みやすいかと言われれば、難しくはないものの読みにくさはあると思う。前者の本には、ユーザインタフェースにおけるメタファの利用や問題ついての考察もたくさん書かれている。

それと、アラン・ケイの本も最高に面白い。アラン・ケイはパーソナルコンピュータという言葉、概念を作り出した人物だし、コンピュータはダイナミックなメディア、メタメディアであるということを考察している。つまりそういった人物がコンピューターのユーザーインタフェースがどうあるべきか、どう設計するべきものなのかを書いている論文集である。

「作りやすくすることだけが、使いやすくできる」

このアランケイの本の最後に、浜野先生の考察が書かれいている。印象に残っている言葉が「作りやすくすることだけが、使いやすくできる」というメッセージである。僕は難しさはあれど今でもかなり本質的な話だと思っている。

…1977年の論文に書かれていたように、使いやすいメディアは、ただ操作性を向上するという工夫からは生まれない。本当のメディアは、自分に合ったように修正できなくてはならないし、自分で表現するための道具を作れるようになっていなければならない。表現の道具をいかに作りやすくして、道具を作るための道具をどれだけ準備できるかが鍵であると、ケイは説いていた。その意味では、作りやすくすることだけが使いやすくできるのである。誰もが使いやすい標準的なインターフェイスというものなどは存在せず、誰にでも使いやすい標準的なマシンというのは幻想にすぎない。「評伝アラン・ケイ 本当の予知能力とは何か」浜野 保樹氏の考察 アラン・ケイp170〜

アラン・ケイがSqueakといったヴィジュアルベースのプログラミング環境を積極的に取り組むのは、まさにこの話につながっている。コンピュータは自分自身で問題解決のためにプログラムして道具化、UI作っていくことが本来のあり方であって、その意味において「パーソナル」コンピュータの真価を発揮すると。

その点では、UIデザイナーが切磋琢磨して理想を追求するのは、アラン・ケイかすれば滑稽な姿かもしれない。

とはいえ、これはやや理想論的でもある。つまり誰もが使いやすいUIはないとしながらも、では誰もが使いやすい、使えてしまう開発環境は存在するのか?という矛盾もある。この話は融けるデザインその後の話として重要な話でもあるので、後の連載でまた触れる。

こうした書籍は「パーソナルなコンピュータとは一体何であるか?」を軸に、本質的な考え方を与えてくれる。しかし、コンピュータのパワーも限られているし、インターネットなんてごく一部の人しか使っていなかった時代での話である。

今日のように実際にUIデザインが日常的に現場で要求され、しかもそれがサービスやビジネスに直結するような世界になってない時代である。

オライリー時代 インタフェースの現場ニーズ時代

2005年、Web2.0という時代がはじまる。個人的にはUIデザインのニーズが高まったのはこの頃からだ。それ以前、つまりWeb1.0時代はHTML書いたり、レンタルサーバーを借りれる人だけがWebの情報発信の担い手で、掲示板はあれど、ほとんどがWebの閲覧者だった。Webはスタティックな情報置き場とそのリンクだった。

ところが、Web2.0の世界は誰もが情報発信を容易にする仕組みが重要となった。WebはHTMLを書かずとも情報を個人が発信できる仕組みや、個人情報登録も前提になりはじめた。ブラウザも進化しFlashやJavaScript(ダイナミックHTML)など、Web上でも一般的なアプリ並にリッチな表現が可能になり、また追求されていった。もはや死語だが、RIA(リッチインターネットアプリケーション)なんていう言葉もあった。この頃、多くのSNSが誕生しWebは発信がより簡単になったことで、更新頻度もあがった。

こうなってくるとUIデザインは完全にビジネスと切り離せなくなる。どうしたらより使いやすくて、使い続けてもらえる魅力的なサービスになるのか?ユーザー数を増やすことが重要になってくる。

この頃、そうしたニーズからオライリーをはじめ、各社から単純にグラフィクデザインではないWebデザイン特有の話や、UIデザインやインタラクションデザインのノウハウ、実用書が多数出版されはじめた。例えばアンビエント・ファインダビリティは2006年、デザイニング・インタフェースは2007年に日本で出版されている。

こうして、Web2.0が話題となった2005年以降、インタフェースデザインはサービス開発における重要項目となり、UIデザインの職やセクションが徐々に形成され一般化していった。書籍やWeb上の記事が爆発的に増えた。

Web2.0の流れから、ユーザーが情報発信をしてくことから、CGM(Consumer Generated Media)が話題にもなり、サービスにおいてはユーザー数が大事であり、設計もユーザーを中心にという、ユーザーを中心設計が設計のトレンドとなっていく。Webだけでなくメーカーによるものづくりにおいても、付加価値という点でよりユーザーを意識したものづくりの流れがあったと思う。

こうした流れは、マーケティング戦略とも相まって、ユーザエクスペリエンスの戦略と設計へと昇華していく。

そして2015年に「融けるデザイン」

UIやUXの高まり、2006年にはWii、2007年にはiPhone、さらにKinect、LeapMotionなど手や身体を利用した入力インタフェースデバイスが登場し、世界的にインタフェースやインタラクション設計への注目が集まっていたと思う。

さて、融けるデザインは、2013年の冬に、共同編集者の大内さんより、こうした状況の中でそもそも我々どこへ向かっているのか?新しい入力デバイスは一体何のためなのか?どういうふうにこれらを使って設計していくのがよいのか?注目の一方での混沌もあったと思う。そういった疑問みたいなものに応える書籍をかけないか?という問い合わせから企画が始まった。

結果的に融けるデザインは、Web2.0より始まったより実務的、ビジネスニーズに即応するためのUIデザイン書であまり触れられることなく、忘れ去られてしまったUIデザインの考え方の部分を継承し、2000年前後から約15年前後の期間を繋ぐ本ことに貢献できたのではないだろうか。つまり、偶然にもパーソナルコンピュータUI論から、iPhoneのUI設計までを繋げられたのである。特にiPhoneのUIの良さについては、自己帰属感というアイデアが僕自身の研究の中でも繋がってきていたこともちょうどいいタイミングであった。

狙っていたわけではなく、結果的にだけれども、こういった本は久々となった。大事なことはオライリーなどによる実務実用書があふれ、実践があるからこそ、融けるデザインはより良くポジショニングできるし、意味や価値が定まるのだと思っている。

なお、この間「誰のためのデザイン?」のD.Aノーマンもいくつかの書籍を出している。ただ、ノーマンはWeb2.0的なところはほとんど触れておらず、ロボットや自律システムとのインタラクションなど、マクロにテクノロジーを捉え人間との関係を考察している。ノーマンがWeb2.0時代のUIデザインと過去のPCのUIデザイン論を結びつけていれば、融けるデザインの役割はまた違ったのかもしれない。

融けてゆく世界

融けるデザインの「はじめに」は「融けてゆく世界」である。この導入は、目まぐるしく変わる実務世界のUI設計に、一歩引いて、長期的に過去、そして未来を見渡そういうメッセージとともに、新しい時代、新しいメディア感を提示している。、融けるデザインがどの程度、エンジニアやデザイナーなどの業界に貢献できているかはわからないが、5年経った今読み返しても、こうしたメッセージはより確信を持てる。時代的にみれば、UIやUXは、CXOの存在誕生など、体験から設計する地位の確立など、今日のUIデザインやUXデザインの現場は昔以上に活気づき、さらに洗練された方向へ進んでいるように感じる。

次回

次回は「第1章 Macintoshは心理学者設計している」について振り返っていく。


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