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つれないつり(6) ハネ

前回の釣行の二日後、また釣りににやってきた。
釣れなかったことがあまりにも悔しかった。
そして何より、釣れなかったが釣れることがわかったのだ。
今回は誰も誘わず、独りできた。

今夜も街灯が暗い水面に浮かぶたくさんの波紋を浮かび出している。
水面にじっと目を凝らすと相変わらず、その細い体から考えられないような速度でバチがスイスイと水面を泳いでいる。

前にSが釣ったポイントを丹念に攻める。小さなアタリはあるものの魚はノラない。しばらくすると、全く反応がなくなった。Sが使っていたルアーを使い、S のように巻いたというのに、どうして今回はダメなのだろうか。Sがいた時に、完全にSの真似をするのはプライドが許さなかったのである。

場所を変えた。運河の奥へ向かう。対岸に向かって投げた。岸のギリギリに着水した。いいポイントだ。のろのろと巻いてくる。アタリはない。いま、まさにルアーを水面から回収しようとしたその時、セカンドバッグを盗もうとするひったくり犯のような、ガツンと強烈な衝撃があった。そのまま引っ張り込まれる。ギューンと、竿がしなる。すごい引きだ。ジリジリとリールから糸が出ていく。そして、ちょうど手前に岸に潜り込もうとする。糸が何かに擦れている。このままでは切られてしまう。強引に岸から魚を離す。リールを巻くと切れてしまいそうだ。竿を立てて、しならせ、その張力で応戦する。何か要らないことを少しでもすると糸が切れてしまいそうだ、魚の動きに合わせて右へ左へ竿を動かす。引っ張る力が弱まってきた。リールを恐る恐る巻いてみる。大丈夫だ、巻ける。魚の抵抗が弱くなった。魚が水面に上がってきた。左手でタモを突き出した。頼む、逃げないでくれ。魚は無事タモに入った。引き上げてみると50センチほどのフッコだった。

大きな口。突き出たアゴ。スポーツカーのような銀黒色のボディ。同じスズキ科とあってブラックバスと似ているが、細身で無駄のないシルエットをしている。ブラックバスにはないスピードも持っている。遂にやった。大分で釣りを始めて10ヶ月、ようやくシーバスを釣ることができた。

余韻に浸ることよりも、もう一匹釣ることを選んだ。今がチャンスだ。手前の岸ギリギリに魚はいるということだ。対岸ではなく、真横を向いて、岸に沿ってルアーを投げた。しかし、風があったのでルアーは流された。左手にあった高さ5メートルほどの堤防を越えてしまった。せっかく、魚が動き出したいいタイミングなのに、なんてことをしているんだ。ルアーを巻いてくると何かに引っかかっている。なかなか、抜けない。強引にひっぱるとルアーが抜けた。そして、シューンとこちらに飛んでくる。

危ない。

とっさに目をつむった。
目に衝撃があった。右目に何か感覚がある。

どうやらルアーが引っかかっているようだ。
特に痛みはない。両目は見える。

ルアーを外そうと引っ張った。

痛い。無理だ。

自分がどういう状況かよくわからないので近くの釣り人に聞いてみた。

「あのー、ぼくの目に何かついてますか?」

「う、うわー!!!」

と逃げ出してしまった。

そんなにひどいことになっているのか。状況が悪いということを認識してしまったたか、だんだん痛みを感じるようになってきた。釣りをしている場合ではない。ルアーに重みがかかるの痛いので、ルアーをそっと持ちながら車へ向かった。車に戻って、バックミラーで確認すると、目尻に赤いルアーががっつりとかかっている。針の返しまでまぶたの肉に入ってしまっている。とはいえ、肌を貫通していないので眼球は大丈夫そうだ。えいと引っ張ってみた。痛い、これは無理だ。これは病院に行かなくてはならない。調べて見ると車で30分ほどのところに夜間救急病院があった。車は運転できなくもない。右手でルアーを持ち、左手でハンドルを握り、アクセルを踏んだ。しかし、車が揺れるとルアーが揺れて、右目が痛む。これは無理だ。救急車を呼ぶことにした。

数十分後、救急車はやってきた。

「にいさん、えらい大物釣りましたな」

救命隊員は私を見るなりこう言った。

手術はすぐに終わった。


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