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つれないつり (11) イワナ

前回の釣行で目の前でたくさんのイワナを釣られた私は、イワナは天然記念物ではなく釣れるものなのだと理解した。イワナが釣れないのは自分の技術不足である。しかしながら、道具が圧倒的に足りないからでもある。

イワナのアタリを逃さないような竿を買った。どこに投げたかわかるように色付きのラインを買い、リールに巻き直した。前に買ったウェーダーは安物ですぐに穴が空いたので新しいウェーダーを買った。ウェーディングシューズも買った。4センチほどの小さなミノーを赤、緑、黄、と買い揃えた。スピナーという金属片のルアーは、1.6グラム、2.1グラム、3.5グラム、4.5グラム、赤金、赤銀 、重さと色違いで買い揃えた。たった十数センチのイワナを釣るためにたくさん金をかけてしまった。この釣り道具の費用、さらにはガソリン代、高速代、宿代など宿泊交通費を加えた合計金額で、イワナが何匹買えるのだろうか・・・・などと考えてはいけない。心の中で何か大事なものが壊れていく。

戦いの準備は整った。あとは川に行くだけだ。前回も同行したKと行く。Kは釣りを始めたばかりであるが、すでに名人のようである。ずっと山で暮らしてきたからか、木こりをしていからか、生まれ故郷がダムに沈んだからか、彼は野生の感覚というものを持ちあわせている。Kは魚がいる場所だけでなく、魚の気分もわかるという。そんなKが絶対に釣れるという沢へ向かった。国道から脇道に入って、誰もいない集落をすぎて山へ入る。小さな川沿いに車1台しか通れない道が走っている。空き地に車を止め、川へ入って釣りを始めた。森の中の小さな渓流だ。なめらかな透明な水が大きな石の間をぬって流れていく。倒木が川に浸かり、苔むしている。その苔の橋を渡り、上流へと。美しい渓相だ。Kはどんどん沢を上がっていく。少し投げてダメだったらまた別のところへ。ポイントの見切りが早い。私はひとつの場所をネチネチと攻めていた。Kに置いて行かれぬようについていく。前のウェーダーに比べてはるかに靴が軽く、歩きやすい。

「釣れた!」

Kの声が聞こえた。近づいてみると小ぶりなイワナが針の先にかかっていた。

「釣れた!」

すぐに先ほどと同じぐらいのイワナをKは釣った。
私は釣れない。釣れる気がしない。
しばらく山を歩き続ける。
落ち込みの下の小さな溜まりでKは待っていた。

「ここ絶対いますよ。どうぞ」

数匹釣り上げて満足なKは私にポイントを譲った。緊張して投げる。思った以上に手前に落ちてしまった。そこに、イワナが追ってきた。しかし、ぷいっと頭を背けてどこかへいった。もう一度投げてみる。また追ってきている。しかし、また同じように途中で興味を失ったようだ。Kが投げた。イワナが釣れた。一体何が違うというのだろう。ポイントを変えた。Kはまた釣る。わたしは釣れない。いいポイントを譲ってもらっては、緊張しているのと、技術がないのとで、思ったところにルアーは飛ばない。木に引っ掛けて、ミノーを3つ失った。

昼食を取ることにした。Kが釣ったイワナを焼いてカップヌードルに入れた。身をほぐしてスープに入れる。パサパサとしている割には味がしっかりとしている。そダシが出ておいしい。もしかしたらカップヌードルのダシかもしれない。自分で釣ったイワナであればもっとおいしかっただろう。

食後はポイントを変えてより上流へと向かった。川の傾斜は厳しく、山肌から落ちてきたばかりの大きな岩がゴロゴロとしていた。岩はまだ水の侵食をまだ受けておらず、角が立って荒々しい。Kは岩をひょいひょいと跨いで、忍者のように沢を上がっていく。そして、岩の端に立ち、ルアーを投げ「きたー!」といとも簡単にイワナを釣り上げる。もうKは10 匹ほど釣っているだろう。

私はまだ釣れない。もうここまで釣れないと気持ちを切り替えるしかない。私は釣りに来たのではない。竿をもって山歩きをしているのだ。山とそこを流れる美しい川を楽しむのが本来の目的なのである。釣りはおまけだ。川の中を歩き、水の流れを感じ、木々を愛で、イワナと出会う。なんて楽しいのだろう。これがリア充だ。一応ルアーでも投げてみよう。大きな岩の後ろから、上流の小さな淵にルアーを投げた。ポチャンと着水してすぐに、かつんと感触があった。なんだか重い。そのまま巻いてみた。でも、釣れなくてもいいんだ。私は自然を楽しんでいるのだから。小さなイワナが水面から出て、自分の手元までやってきた。10 センチほどのイワナだった。オレンジ色の光を帯び、その上から小さな水玉模様がのっている。なんとも美しいイワナだった。やっとイワナが釣れた。すべての疲れが吹き飛んだ。

さらに上流へ向かった。大きな堰堤があり、その下がたまりになっていた。ひょいと投げた。ルアーをひったくるようなアタリがあった。重い。竿がしなる。無我夢中でリールを巻いた。22センチのイワナが釣れた。こんなに簡単に釣れるものなのか。イワナの呪いは解けたようだ。

帰り道、大きな山桜が咲いていた。私は幸せだった。

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