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ネガティブな言葉は集まりやすく、ポジティブな本心は見えにくい

ひどい雨だった。本当にひどい雨だった。

いつまでも降り止まない雨は、各地に大きな被害をもたらした。被害にあわれた方々に、一日でも早くいつもの生活が戻ることを願ってやまない。

我が家は大きな被害はなかったけれど、少しばかり問題が発生した。
雨漏りだ。

天井からではなく、外壁(レンガタイルの目地)から雨が浸み込み、屋内が濡れた。

僕らが暮らし働くこの建物は、築30年以上の中古物件をリノベーションしたものだ。昨年のリノベーション工事の際、以前からの外壁からの雨の侵入については大工さんも把握していたので、内側から雨を防ぐ塗料を塗るなどの対策はしてもらっていたのだけれど、今回の想定を超える雨は、対策の効果の想定も軽々と超えてしまった。

経験したことのある人は分かると思うけれど、室内に水が侵入してきたときの精神的な負荷はかなり大きい。正直、僕はかなり動揺した。

抜本的な外壁の改修工事(レンガタイルの目地を埋めるなどの工事)をすれば大丈夫なことは分かっていた。でも、その工事費がかなりの金額になることも同時に分かっていた。これもなかなかの精神的負荷だ。

こんな大雨は滅多にないのだから放っておく、という選択肢がないわけではないが、何十年に一度の大雨が毎年のようにやってくるご時世、対策をせずにはいられない。

精神的にも金銭的にも正直色々大変だけど、相手は自然の脅威だ。あきらめるしかない。

つらつらとネガティブなことを書いてきた。
で、ここからが今回の文章の肝要なところだけれど、僕らは、それでもこの物件を選んで良かったと思っている。全く後悔はしていない。

新築の物件を買っていればこんなことにはならなかったのにな、とは思う。中古物件は想定外のことが多く、精神的負荷も予定外の出費も多い。

でも、今の店も家も、僕らはとても気に入っていて、それはこの物件でなければ実現しなかった。そもそも今回の問題の最大の原因はレンガタイルだけれど、そのレンガタイルの外壁こそ、僕らがこの物件を選んだ理由であるのだから。

で、僕らはこれから雨漏りのことを愚痴ったり、苦労話として話をするだろうし、中古物件の購入を悩んでいる人には体験談として、雨漏りには気をつけて!とアドバイスするだろう。

そして、その多くの場合で「それでもこの物件を選んで良かったと思っている」ということは話さない。だって、それをいったら愚痴にならないし、苦労話にならない。

でも実は、本心ではこの物件を選んで良かったと思っている。後悔なんか全くしていない。

このことはすごく大切だ。

どういうことかと言うと、何かをしようと悩んでいる人は、ネガティブな話を探して、集めてしまいがちだ。中古物件の購入を悩んでいる人は、誰かから僕らのような愚痴を聞いて「やっぱり中古物件はリスクが高い」とネガティブになる。そして、世の中にはそんなネガティブな話ばかりが転がっていて、探せばいくらでも集まってしまう。そうして、踏み出す勇気は揺さぶられ、購入をやめる。

でも、そんなネガティブな話をする人の多くが、実は言わないだけで、本心としてはその物件を選んで良かったと思っているのだ(たぶん)。

こうして伝わっていることと本心のズレが発生する。

このズレは様々な場面に転がっている。たとえば、独立したいと悩んでいる人は、先に独立した人の「はじめた頃は本当に貧乏で、飯もロクに食えなかった」という苦労話を聞いて、「そんなの僕には耐えられない!」とあきらめてしまう。

でも、実はその苦労話の先の本心は「それでも独立したことは全く後悔していないし、そのときはそのときで楽しかった」ということが多い。でも、その本心はあまり話されない。

ネガティブな言葉は集まりやすく、ポジティブな本心は見えにくいのだ。

そして、人はそんなネガティブは話に影響を受けてしまう。
『中動態の世界』(國分功一郎 著)で哲学者の國分功一郎さんは、スピノザ哲学の説明の箇所でこんなことを書いている。

スピノザはいかなる受動の状態にあろうとも、それを明晰に認識さえできれば、その状態から脱することができると言っている。
(中略)
他人から罵詈雑言を浴びせられれば人は怒りに震える。しかし、スピノザの言う「思惟能力」、つまり考える力を、それに対応できるほどに高めていたならば、人は「なぜこの人物は私にこのような酷いことを言っているのだろうか?」「どうすればこのような災難を避けられるだろうか?」と考えることができるだろう。そのように考えている間、人は自らの内の受動の部分を限りなく少なくしているだろう。(P.260)

家を買おうとか、独立しようとか、自分の内から湧き起こる想いで何かをしようとするとき、それが大きな決断で悩みが深いと、どうしても外からの情報(刺激)によって、受動的に判断してしまいそうになる。その刺激がネガティブなものであれば、一歩踏み出すことが難しくなる。でも、「この人は愚痴っているけれど、それが本心だろうか?」「苦労も多そうだけど、楽しいことはもっと多いのではないか?」と考えることができれば、その呪縛から逃れられる。

たぶん僕はこれから、雨漏りについてネガティブなことをあちこちで話すだろう。でも、多くの場合でその先の本心は話さない。だから、あえて先に宣言しておく。

僕はこの物件を選んで良かったと思っている。後悔なんか全くしていない。


#日記 #哲学 #思想 #中動態の世界 #國分功一郎

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