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誰かが爆竹を鳴らしている

中学の三年間、ずっと新聞配達をしていた。
正確には小学生の頃から。
前にも書いたが、最初は生活が苦しかったため。
引っ越した後は生活に余裕ができて辞めても良かったが、欲しい物を買うために新聞配達を続けていた。


ビデオデッキ、パソコン、ゲーム、CDやレコード。
今まで我慢していた気持ちが溢れ出す。
猛吹雪の日に動けなくなって凍傷になり死にかけたこともあるけれど、中学生の時に毎月19000円ほどの金を手に入れることができるのはやはり魅力。家にお金を入れていたので全部は使えないが。

この数年前まで、かなり家電も安くなったとは言え、テレビが20万でビデオデッキが10万、パソコンは一般的なグレードのものが30万といったところ。
当時の本がまだあるのだが、たった2MBのメモリが中古で15万していた。

それがついにビデオデッキが5万を切り、グレードの低いPCなら6~7万で手に入る時代に突入。
頑張れば新聞配達でも買えてしまう。
1~2年前に一家心中するかしないか?の話をしていた生活が嘘のよう。

ローンを組めるだけ組んで、次から次へと俺は手に入れた。

部活にも正直興味はあったが我慢した。今は金が全て。
新聞配達をしていた区域がちょうど俺が通う学校の周りで、学校から帰るとすぐに新聞を取りに行ってまた学校方面に戻るような生活。
夕暮れ、学校の周りの歩道を友達が「ファイ!オー!ファイ!オー!」と叫びながらランニング。
それを横目にガチャンと新聞配達用の自転車のスタンドを立てて、折りたたんだ夕刊をドアに突っ込んでいく。

俺の分までみんな頑張れ!と心の中で声をかけてると、それに気が付き返事をするかのように「頑張れよ!」と俺に向かって叫んで手を上げて部活の友達が去っていく。
その度に嬉しいが、なぜだか世の中に置いていかれてる気分になっていた。


学校の前を通り過ぎるとまた静けさを取り戻す。
遠くに公園で遊ぶ子供達の声。
夕飯の買い出しに向かう腰の曲がった婆さんが坂道を登る。
いつも喧嘩になる仲の悪いヤンキーも俺が仕事中は手を出さない。

坂を登ってまた坂を下る。

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何度もそれを繰り返す。
いつものことだ。
これがいつもの風景。日常。

歩道には邪魔な路上駐車。
建物のドアの目の前に車を停めてるもんだから、自転車は停められないしドアも開けにくい。
車の後ろに自転車を停め、車と建物の間をカニ歩きで進み建物の中に入る。
車を蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが、中で人が寝ていたのでやめた。

そこを配ると今度はまた坂を登ってバスの営業所。
「こんばんは」「ご苦労さまです」
いつものように一声。

このあとまた元の道に戻り、学校の方へ向かう。
今度は学校の裏側の方だ。
バスの営業所から外に出るとパンパンと爆竹を鳴らす音。

明るい内から爆竹を鳴らすような奴なんて大抵ろくでもない。
鬱陶しいことこの上なし。
だがこっちも仕事だから覚悟を決めて戻るしかない。


坂を下るとさっき路駐して寝てた人が死んでた。


ほんの一分前の話だ。俺がカニ歩きでこの人の横を歩いたのは。
弾丸は車と人を何発も貫通し、俺が配ってたアパートのドアも貫通し、壁にいくつもの穴を開けていた。

すでに人が数人集まっていて「け、警察呼べ!」と叫んでいた。
この路駐の車に会う前に、もう一台邪魔な車が待機していたのを俺は見た。
中には二人くらい人が乗っていたのを確認している。

恐らくこの二人は、俺が新聞配達を終え通り過ぎるのを待っていたのだろう。

明らかに即死である蜂の巣になった遺体を横目に、俺は冷静にその場を離れた。
どう考えても絶対に面倒なことに巻き込まれると思ったからだ。
目撃者を消そうとするかもしれないし、警察から根掘り葉掘り訊かれるかもしれない。

新聞配達の続きをしながら学校の周りにいた友人に会う。
「なんかあったの?」
「いや人撃たれて死んだだけ」
「え?!」
「じゃあな」

とにかくこの場を離れたい。
俺の日常を返して欲しい。
なのでこの事を家で話すことも学校で話すこともなかった。
なかったことにしたい。

ただ・・・どうしてもあの寝ていた姿と無残に遺体になった姿が頭をよぎる。

そもそもだ。
俺は明日も明後日も、現場となったこのアパートに新聞を配るのだ。
忘れられるはずもない。そして逃げられない。

弾痕のあるドアを開くと、壁にやはり同じくいくつかの弾痕。

新聞片手に手でその穴をなぞる。
犯人は早々と捕まったようだ。よくあるヤクザ同士の抗争だった。
これでとりあえず俺は一安心か。
そして今度は弾痕を毎日指でなぞるのが日課となった日常。


指に残る弾痕の感触に、ふと思い出す。
家の裏のグランド銀座の壁とガラスにあった穴と一緒だ。

俺は小さい頃にこの穴の感触をすでに知っていた。

そして「あれ?グランド銀座じゃなかったかな?」と記憶をもう一度探る。
別のパチンコ屋の2階にあったゲームコーナー(ゲーム機賭博だが)の窓にもこんな穴があって、穴を指で擦った記憶がある。

いやいやちょっと待てよ?
すすきのの友人の家のそばでもこんな穴はあったし、ラブホ街にあったゲーセンのそばでも見かけた記憶。
記憶を辿ればそこら中もう穴だらけだった。


なんだ。よくあることだったか(笑)


こうして俺はトラウマをあっさり克服した。
壁にあった弾痕もある日いきなりきれいに無くなった。穴の空いていたドアのガラスも新しくなった。
もう何事もなかったようだ。
たまに花束を見かける以外は。


それから数年。
車で近くのパチンコ屋へ友人と向かった。
駐車場は上の階で、パチンコ屋へはガラス張りとなった壁がある螺旋階段を降りていく。

「何だこの穴」とガラスに穴が開いてるのを見つけた友人。
螺旋階段の反対側のやや上にもう一つ穴を確認。そして確信。
「弾痕だな。ここから斜めに貫通してる」


「マジか・・・こんな穴にチンコ入るかな?」


「え?」「え?!」
その男根じゃねぇ!!(笑)
冗談みたいなやり取り。

おかげでトラウマどころか、ヤクザの抗争がある度に弾痕を見て吹き出してしまう体質に。
目の前にピストル出されても爆笑しそう。



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