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酔っぱらいと最終バス

ここは一体どこなんだ???
去っていくバスの後ろ姿を見ながら、俺は途方に暮れていた。
誰もいない、車の一台も通らない真冬の北海道の田舎の夜。

俺はそのバスの終点で降ろされたのだ。


二十数年前の年末も間近に迫った師走の夜。
仕事終わりに飲みに行き、その日はかなりいい気分。
素直にタクシーに乗ればよかったのに、鼻歌を歌いながらバス停へ。
最終のバスがまだ有ることを確認し「タクシー代が浮いた」と浮かれながら、のんびりタバコを吹かし冷たい風で酔いを覚ましていた。

バスの行き先は何でもいい。
なぜならどのバスも自宅近くのバス停に必ず停まるからだ。
だからバスの来る時間だけ確かめて、行き先なんか気にしていなかった。

今でこそ年末年始でも街は賑やかなもんだが、二十数年前の当時の夜は開いている店もコンビニ以外ほとんどなく、歩行者はもちろんこの時間は自動車もまばら。
すすきのから離れれば離れるほどそれは顕著で、飲み屋のそばのこのバス停辺りにいると、ゴーストタウンに置き去りにされて一人ぼっちになった気分になる。

そこにようやくバスが俺を救出しにやってくる。
俺はここだぞ!と心の中で手をブンブンと振り、暖かな車内に飛び込む。
客は2~3人しかいなかった。

暖房がこれでもかと入った座席は暖かで気持ちよく、まるで催眠術にかかったかのようにまぶたが重くなり・・・

一度まばたきをしたと思ったら俺は運転手に起こされた。

「終点ですよ」
「ああ、すみませんどうも」

一体何が起きたのか?
自分が今どういった状況なのか?
全く把握できないまま寝ぼけまなこでバスから降り、去っていったバスを見ながら時計を見ると時間は0時前。

地吹雪が舞う中、今ようやく自分が絶望的な状況だということを悟る。

当時、スマホどころか携帯もない。
店もなければ電話ボックスも見当たらない。当然もうバスも来ない。
というかまずここは一体どこなのだ???(今考えてみればバス停をすぐに見れば良かった)

あてもなくフラフラと歩きだし、何かを探しはじめた。
人でもいい。店でも交番でもいい。
数百メートル歩き、俺はさらに絶望する。
その歩いている間、一度も車が通ることがなかったのだ。

明日の仕事に間に合わないとか、そんなレベルの困りごとではない。
まさに絶望。今俺に迫っているのは「死」なのだ。

今も昔も痛ましい事故が北海道では度々起こる。
自宅まであと数百メートルのところで吹雪でホワイトアウトし、進めず力尽きた人。
山の中でバッテリーが上がってしまい、そのまま凍死する人。
たった一台誰かの車が通りかかれば助かるのに、その車が来ない!そして死んでいく。

今まさに俺はその状況にある。

せめて民家を・・・明かりを・・・うっすらと街灯だけが光る道を寒さから守るため両耳に手を当てながら進んでいく。
地吹雪に本物の吹雪も混じる。(どのような状態なのかは扉画像と同じこの下の画像を参照のこと。この状態で深夜0時の暗闇だった)

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自分が今どの方向に向かって進んでいるのかもわからない。
そこらにある雪山にかまくらを作って一旦視界が良くなるまでやり過ごすか?民家を見つけるまで一か八かで進むか?
死へのカウントダウンの中で決断を迫られる。

俺は進むことにした。

恐らく・・・かまくらを作っている間に俺は力尽きる。
今動けば危険なこともわかっているが・・・
バス停があったということはどこかに民家もあるはずなのだ。
ギリギリまでできるだけ進んでみよう。そう考えた。

その数分後だっただろうか?
かなり遠くだが、ダン・・という低い音が聞こえた。
間違いなく車のドアの閉まる音。

ガザガザバリバリと雪道をタイヤが擦る音が聞こえる。
どこだ?!と振り向くと目の前にヘッドライト、車の上には白いランプ。タクシーだ!

それがわかった瞬間には、もうタクシーは俺の横を通り過ぎていった。

大慌てで手を振り叫ぶ。
タクシーは止まらない。気がついていない。
全速力で走って追いかけ、バンザイするように手を振りながら叫び続けた。
無人島で通りかかった船を見つけた人のよう(笑)

100m先くらいまでタクシーは進み、そこで停まった。
気がついてくれたか?!
俺はまだ手を振りながら走る!走る!走る!!


そして転ぶ(笑)


歩道ですごい勢いで吹っ飛んだ。
足首に雷が落ちたような衝撃。
怪我マイスターの俺にはすぐにわかった。折れた。

しかしそんな事はかまっちゃいられない。
四つん這いで歩道を進み、タクシーに近づくとドアを開けてくれた。

「お兄さん、大丈夫?!」
「転んじゃった・・・・いやでも助かったわ!タクシーが来るなんて」
「今日この時間は3割くらいしか走ってないし、たまたま人乗せてきたからここ通りかかったけど・・・普通来ないよ」
「酔っ払ってバスで終点まで来ちゃってやばかったんですよ」
「お兄さん死んじゃうよ?(笑)」

などという談笑をしながら骨折した足を確かめると、普通の骨折レベルの痛みじゃない異常な痛みに脂汗が流れる。
あまりの痛みにどこをどう帰ってきたのかもわからないほど。
だから結局俺がいた場所はどこなのかも未だに知らないしわからない。


足を引きずり家に帰り、とにかく眠る。
もしかしたら何かの勘違いで、骨折していないかもしれない。
しかし翌日、残念ながら足首は2倍ほどの大きさに腫れ上がっていた。確定。

でも今日は仕事がある。
ちょっと無茶かな?と思いつつも、鎮痛剤飲めばなんとかなるだろうとバファリンをまとめて12錠飲み込んで、地下鉄に乗って仕事場へ。
12時にデパ地下の売り場に立たねばならないのだ。

最寄りの地下鉄駅にはまだエレベーターがなかったので、階段を降りていく。
痛みでアホほど厳しいが、鎮痛剤のおかげもあってなんとか地下鉄に乗ることが出来た。


だけどやっぱりバファリン12錠はやりすぎた(笑)


違うパターンで死が迫る。
薬の容量は守らないと駄目、絶対。
足の痛みとオーバードーズで脳がパニックを起こしながら職場に到着。
よし、あとは任せて食事に行ってこい。

フラフラになりながらそう言った相手は同じ職場の元彼女。
以前追い出された同棲相手だ。免許取る時に一緒に寝坊した女。

「ちょっとどうしたの?!」
「足首折れちゃったからバファリン12錠飲んできた(笑)」
「あんた何やってんのっ!!」
「へへへ」

笑いながら靴下を下ろし、腫れた足首を見せた瞬間その元彼女は泣き崩れた。
俺自身も少しギョッとしたが、腫れ上がった足首が真っ黒に変色していたのだ。紫とかじゃなく完全に黒。

号泣しながらすぐに受話器を取り、事務所に大慌てで電話をかけ叫びまくる。
泣いているのと怒っているのと動揺とで、もう何を言ってるのかわからない。
「足折れたKTが来て足真っ黒でバファリン一杯飲んでバカで死ぬのこいつ~!!もう嫌だああああこのバカ!うあわ~~ん!!(泣)」
よくわからんしあまり覚えてないけど大体こんな感じ(笑)

「大丈夫だから早く飯行ってこい」
「大丈夫なわけ無いでしょ!!!」

しばらく泣きわめいてるのを相手にしてるとそのうち上司がやってきて、メチャメチャ怒られて即病院送りに。
結果足首の骨折と靭帯の断裂。要手術とのこと。だが断る。左膝の怪我だけで手術はもう十分だ。
ギプスで固めてもらい翌日からそのまま仕事に行った。年末忙しいからね。


この件があって以来、俺は酔った時に最終のバスや電車に乗らないようにした。飲んだら乗るな。そして走るな転ぶな。
会社に戻って床に寝るかサウナに泊まるか、どこかの雑居ビルの階段で酒飲みながら始発を待つ。それが安心安全確実。

残念ながら酒を飲まないという選択肢はない。飲まないと怪我はしないけど死んじゃうからな(笑)



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