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運転免許証なんていらない

車なんて金食い虫。
その上、ちゃらんぽらんで無謀で無鉄砲な俺なんかが車の運転なんぞしたら絶対に大変なことになる。
その自覚があったから免許なんて取る気はサラサラなかった。

自転車通学をしていた高校時代。
いい天気の帰り道、浮かれ気分でふと思いつく。
この下り坂、目をつぶって何処まで行けるのか?

自転車はあっという間にトレーラーに突っ込んだ。

なかなかの大事故だ(笑)
笑い事ではないけれど。
こんな男がだ。運転免許を所持しようだなんてちゃんちゃらおかしい。
周りからもそう言われてたし、自分でもそう思っていた。

だから当然免許なんて取らずにそのまま卒業。そして就職をした。
コネで入社したとは言え、まさか免許を取らずに就職してくるとは思っていなかったようで、配送か何かをやらせようとしていた会社もびっくり(笑)

そりゃ部署のたらい回しにもなる。
工場に入れば、入った途端あっさり火傷の負傷。向いてない。
仕上げの部署に入れば、機械の動きについていけずにベルトの上を商品流されまくってみんな大爆笑。マイペースだからな。
そして配送に入れば免許がないと(笑)
ちなみに商品の販売員は全員女性の会社。本当にどうしようもなく、消去法で渋々販売に回されたのだ。


そこで意外な才能を発揮し、なんとか自分の居場所を見つけた形。
そうなると会社も厄介者から戦力として見てくれるようになり、俺への期待と要望が多少なりとも湧いてくる。

その要望の内の一つが免許を取ることだった。

いや本当にいらないっての。
知ってるでしょ。自転車通勤の途中、会社の近くの寺の前で車に衝突されて、ボンネットの上にワンバンして車の反対側までぶっ飛ばされたばかりですよって。
俺を轢いた女の人も顔面蒼白。
「へーきへーき。遅刻するんでじゃあ!」と立ち上がって自転車を拾って颯爽と立ち去った。血だらけだったが。

しかし会社のそばに夜間もやっている自動車学校があったのが運の尽き。
なんやかんやと言いくるめられ、教習所に通う羽目になってしまった。

この教習所通いが・・・本当に行きたくなくて行きたくなくて・・・

欲しくもないもののために、仕事が終わった後にわざわざ怒られに行くとかあり得ない。
だから全然行かない。一ヶ月行かないなんてザラ。
当時の彼女に引っ張られて無理やり教習所に連れてこられたら、偶然同じ教習所通いしていた浮気相手と鉢合わせて修羅場になるし、もうろくな事がないこんな所(これは自業自得)

結局この教習所通いは期限ギリギリ、1年間も続くことになった。

卒業検定では前を走っていた卒業検定の車を追い抜いてしまうという失態を犯しながらもなんとか合格。
抜かされた側は大激怒だったけど、一緒に乗っていた教官はいい人で良かった。

ともかくあとは筆記試験を受けるだけ。

でもこの試験場が遠すぎる。
だからまるで行く気が起きない。だって免許いらないし早起きしたくないし面倒だし。

もたもたしている俺を見かねた会社が、無理やり試験日に休みを入れてしまった。
「〇〇日に絶対に免許取ってこい!これは業務命令だぞ!」
「はーいわっかりましたぁ・・・」
「代わりの休みは取らせないからな?お前の代わりに俺が店に入るんだからな?わかってるな?」
「はーい・・・」

上司が俺の代わりに仕事をする。
ちょっとシフトをいじればそんなことをしなくてもいいのだろうけど、俺を絶対に試験に行かせるためのある種の作戦だろう。
ここまでされたらどうやっても断れないしサボれない。
そうして俺は覚悟を決めて試験場に向かうことになった。

試験場までは自転車と電車とバスで約1時間~1時間半の道のり。車で飛ばして行っても同じくらい。
収入証紙だのなんだのと受付することを考えたら2時間前には出発しなくてはならない。
受付は午前8時15分~午前9時までなので7時45分には到着したい。
だとしたら午前6時半過ぎには出発せねば。はえーな。


同棲中の彼女の叫び声で俺は起きた。「8時だよ!!!」という声で。


大寝坊である。昨日は飲みすぎた。
会社ではそろそろ上司が店に着いて開店準備をしている頃だろう。
今更「寝坊しちゃった(笑)」だなんて言えるわけがない。
彼女に有り金全部持たされて、着替えもそこそこに呼び出したタクシーにツッコまれた。

試験場に向かうこと。
もう受付は開始していること。
今日しか免許を取るチャンスがないこと。
全てを運転手に伝えた。ついでに上司が代わりに仕事してることも伝えた。
時計を見て運転手も真っ青だ。

「9時までってあと45分しかないじゃない!!」
「そうなんですよ・・・」
「行くしかないな・・行くぞ」

妙にやる気を出すタクシーの運ちゃん。
無線で何処かに連絡しながら、法定速度とはなんぞや?というスピードで車をぶっ飛ばす。
どうやら空いている道を逐一連絡を取り合って情報を得ている様子。

まるでカーチェイスのように右へ左へ動いて追い抜きまくる。
緊迫する車内。これから運転免許証を取りに行く奴には絶対見せたくない運転。
「うーんどうかなぁ・・・できるだけ急ぐけど」
「間に合わなかったらしょうがないので・・・」
「間に合わせなかったらあんたクビになるよ!」
「はいスミマセン・・・」

なぜか説教を食らいながら午前9時受付終了の数分前に到着。

「行けぇぇ!!お金なんて後で良いから受付してこい!!!」
「はいスミマセン行ってきます!!」

運ちゃんに見送られながら入り口に飛び込む。
本当にギリギリだ。
「受付は?!受付したいんですけど!」
「大丈夫。ギリギリだけどまだ間に合いますよ」
「良かったぁ」
「あちらで収入証紙を買ってここに貼って、割り印を押して持ってきてください」
「わかりました」

少しだけ安心しながら収入証紙を買う。
同じようにギリギリで受付をしてる人もいる。
大丈夫間に合った。間に合う。
そう思いながら俺は真っ白になった。


あれ?印鑑ねーなこれ・・・


忘れたわ。
完璧に忘れた。
印鑑いるんだったっけ?
いるよなそりゃ。

ハハハ・・もうダメだ。
そうだタクシーの料金払わなきゃ。
無表情のままタクシーに向かう俺。
運ちゃんは玄関まで心配そうな顔をしながら迎えに来てくれていた。

「どうだった?間に合ったか?間に合ったよな?」
「いやぁ・・・印鑑忘れちゃって(笑)」

その瞬間、そのタクシーの運転手は銃で背中を撃たれたかのように両膝をがっくりとつき、そのままゆっくり両手も地面についてうなだれた。

orz←まさにこれを完全再現。
試験場の玄関のど真ん中で(笑)
うんうん気持ちはわかるよおじさん。

タクシー代を払って帰ってもらったが、運ちゃんはその後ため息以外一言も発すること無く去っていった。
そして俺は誰も乗っていないバスに乗って帰った。
受付時間に帰る人なんていないから当然。

途中乗り換えの際に会社に電話をかけた。携帯電話はまだそれほどない頃なので公衆電話から。(携帯電話はあるにはあったが基本料金が月7万だったので無理)
「試験どうなった??」
「それが印鑑忘れちゃったんですよ」
「な?!」
意外にも怒られることはなかった。
「〇〇君だもんなぁ・・」と半笑いで呆れられてはいたけども。

「来週の金曜、また休みにするから今度はきちんと頼むぞ」
「・・・はいわかりました!」
今度はやらねばならぬ。しっかりと。


翌週の金曜日。
きちんと早寝早起きをして出発。
印鑑も持った。

到着して収入証紙に印鑑を押す。
目の前にいる奴が頭を抱えてる。

「やばい印鑑忘れたぁ!!」

それはそれはお気の毒に(笑)
帰りの空いているバスはあちらですよ。
思わずこぼれそうになる笑みを隠し、無表情で書類に必要事項を書き込む。
その時通りかかった職員が一言。

「印鑑なかったらサインでいいよ。くるっと丸書いて」

待て待て待て待て。
おいちょっと待て。
サインでいいのかよ!!
安堵した表情を見せる忘れん坊。

じゃあ先週のあれはなんだったんだ。
頭の中を駆け巡る動揺。
そして落ちる試験。

そういえば早寝するって勉強もしないで寝たんだった(笑)

ものの見事に俺の番号だけランプは点かず、例の忘れん坊は歓喜のガッツポーズ。
合格者は免許証交付までの間なんちゃらかんちゃらだそうだが、俺には関係がないので空いているバスに乗って帰ることにする。
会社への報告の気が重たいこと重たいこと(笑)

「どうだった?間に合ったか?」
「間に合いましたけど落ちました」
「・・・・」

なんだかもう可哀想になってくる。周りの人が。
俺なんかに免許取らせようとするからこんな目に合うんだぞ。


それからしばらくし、3度目の正直で無事免許をゲット
勉強もしたし早寝もした。目覚まし時計もかけた。
普通は最初からそうするんだろうけども。

そして早速スクーターを購入。
燃費いいし、会社に通うのに便利だし、配達にも使えるしね。
てっきり車を買うと思っていた彼女は大爆発。(ドライブするのを楽しみにしていた)
そのうち家を追い出されてしまった。

別れた後すぐに車を買った。130万の中古車を3年ローンだが。
流石にあのままでは後味が悪いので、一度でも乗ってもらおうと思って。
その念願はなんとか叶った。最初で最後のドライブデート。

そしてすぐに例の事故を起こす。
車を買ってから10日後だ。保険にも入ってない。
ローンの支払いは来月か再来月から。その前に廃車になってしまった(笑)
俺自身も壊れてしまったのは知っての通り。

だから言ってたんだよ。運転免許証なんていらないって。

その後何台か車を乗り継いだけど、車検取る金も無くなったので処分してしまった。そもそも乗らないしな。
今の俺の愛車は結局自転車。

坂道で目をつぶってトレーラーに突っ込んだあの自転車だ。
通勤途中、会社の近くの寺の前で車に轢かれたあの自転車だ。
約30年間ずっとこのバカを上に乗せて走ってる、俺の愛車であり相棒だ。

飛び跳ねまわってた学生時代、しゃかりきになって働いていた社会人時代、社会からはみ出していたパチプロ時代、そして嫁と知り合い、子供らとサイクリングをしている今も。
(お互いに)ボロボロになりながら全てを見てきた自転車だ。

「お前後ろタイヤ外れそうじゃねーか」
「お前こそしっかりペダル漕げよ。ボロクソの脚しやがって」

だからまた、一緒にススキノ行こうぜ相棒よ。




「お前昨日行ったばかりじゃねーか」
「うるせーな」



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