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揺れるシャンデリアと見つめる白熊

白熊の像のすぐ横にあるレストラン。
レストランに入るなり目に入るその巨大なシャンデリアは、誰もがしばし口をあんぐり開けて見上げてしまうほどだった。


かなり昔、今から40年近く前だろうか?北海道苫小牧にしろくま牧場というものがあった。
正確には違う名前。しろくま牧場は通称だ。
白熊が大きな堀のようなところに放し飼い(?)となっており、その中にある檻に人間の方が入って白熊を見る感じ。
檻の中から白熊に餌を上げることも出来た。

色々と黒い噂はあったものの、俺はこのしろくま牧場が大好きだった。

ある夏の日、祖父がこのしろくま牧場まで連れて行ってくれることとなった。
祖父が運転する車に俺や母、伯母なんかも乗り込みいざ出発。
古い車でエアコンは付いておらず、窓を全開にして走っても車内はうだるような暑さ。

千歳を過ぎて田舎道に差し掛かった頃、ついに運転手であった祖父は暑さでダウン。
車を裏道の方に移動して停めて缶ジュースを買って祖父に飲ませ、母と伯母が交代しながら必死に扇いでいた。

他に運転出来る者がいないため祖父に回復してもらうしかない。
路肩に座り、一台も車が走っていないカンカン日照りの直線道路のその先をぼんやり見ながら、「この先にしろくま牧場あるのかなぁ」と呑気に考えていたのを覚えている。

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完全に回復したとは言えないが、ようやく動けるようになったところで再出発。
エアコンのない車内で寝ていたってなかなか回復なんてしない。
フラフラとした運転は心もとないが仕方ない。

途中でマンホールかなにかの深く沈んだ穴ぼこをかわしきれずにドッカンとタイヤを落としたり、道路からはみ出しそうになったりしながらもノロノロと進む。

その内に後ろから車が一台やってきて激しくクラクションを鳴らし始めた。

今で言うところの煽り運転のようなものか、後ろにピッタリと車をくっつけクラクションを鳴らしまくる。
それに対して祖父も最後の頑張りを見せ車のスピードを上げた。流石にノロノロフラフラしすぎたという自覚もあったのだろう。

そんな祖父の車に猛追し車を横に並べ、窓を開けて何やら怒鳴り散らす運転手。
祖父も「抜くなら早く抜け!」と前を指差す怒りのジェスチャー。

追い抜いた車は祖父の車の前に入り、スピードをゆっくりと落として祖父の車を停めた。

相手の男が車を降り、祖父も車から飛び出す。
気性の荒い明治生まれの祖父だ。こりゃえらい喧嘩になるぞと見ていたら何やら必死に祖父の車のタイヤを指差す男性。


「タイヤえらいことになってるってば!」


「いやぁ焦ったわぁ。子供乗ってるの見えたからさぁ」と汗を拭きながら近づいてくる男性。
全員車を降りてタイヤを見てギョッとした。
前タイヤのホイールがくの字に曲がっていたのだ。
どうやら穴ぼこに落ちた時にやられたらしい。そりゃフラフラもするよな。

「スペアタイヤあるかい?」と車のトランクを確認し、手際よくジャッキで車を上げてタイヤを外す男性。
どうやら車自体は無事でタイヤのホイールだけが曲がってしまったらしい。
素早くスペアタイヤに交換し「スペアだからスピード出さないでね。一応あとで工場で見て貰った方がいいよ」とのこと。

みんなで何かお礼をしようとしてると「いいからいいから!」と颯爽と去っていってしまった。

一方一度はカッとなってアドレナリンが出た祖父。
そのおかげかなんだかすっかり元気になり、車も快調に進みだした。
時間は遅くなったけれども今度こそしろくま牧場へ。

着いた時にはもうお昼の時間はとっくに過ぎていて、「とにかくなんか食べよう。もうペコペコだし疲れた」と母達。
早く白熊を見たい俺はブーブーと文句を言いながらレストランに付いていった。

このレストランは円形の建物になっており、ど真ん中には巨大なシャンデリア、その真下に座席があり、その周りを取り囲むように他の座席が並んでいる。
シャンデリアの大きさは何mくらいあっただろう?8畳くらいの部屋ならすっぽり入るくらいの大きさだったと思う。

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(http://hokkaidou.yukishigure.com//ruins4/page1007.htmlよりお借りしました)
この真ん中の円の大きさそのまんまのシャンデリアが真上にぶら下がっていた。縦幅も2~3mはあったと思う。

時間も遅かったためか客は俺達以外に一組しか居らず、豪華なシャンデリアの真下の座席は空いていた。
まるで映画に出てくるようなそのシャンデリアの下で食事をする機会なんてめったに無い。
小躍りするように皆シャンデリアの真下の座席に向かおうとした。

でも俺はシャンデリアとかどうでもいい。
白熊が早く見たいのだ(笑)

窓の外には白熊の像がそびえ立つ。
まだ白熊が見られないならせめてこの像だけでも見ていたい。

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(http://shinotakasan.blog13.fc2.com/blog-entry-77.htmlよりお借りしました)
真ん中の丸の部分がシャンデリアの座席、白熊の像は奥のあの位置。

「あっちがいい!あっちがいい!」と珍しくわがままを言い、結局家族全員この像が見える窓際の席に座ることとなった。
その数十秒後。

「なんか変な音してない?」と母。
白熊の像から後ろを振り向くと何か違和感があった。
地震で揺れてる?いや揺れてない。

揺れているのは大きなシャンデリアだけだった。

「・・・シャンデリアが動いてる」と俺が言い、「あら本当だ」と誰かが言った瞬間。
スローモーションのようにシャンデリアはゆっくりと降下を始め、真下にある座席をメシャメシャと潰したと思ったら、轟音を立て大量の何かを巻き上げた。

メシャメシャバキバキドゴォォォォン!!!!

一歩も動けない。
全員が事の成り行きを呆然と見ていた。
そうするしかなくどうしようもない。
「爆弾ってこんな感じ?」
「ああ・・・いや爆弾はもっとすごいな」と祖父。落ちたシャンデリアを見て体を硬直させながらそんな会話をした記憶がある。

「皆さんご無事ですか!!怪我された方いませんか!!」
大慌てで店長らしき人が走り回る。
「下に!!この下に誰かいませんでしたか!!」
「下は誰もいなかったよ。空いてたから俺らが今座ろうとしてたところだったし」
「そうでしたか・・・すみません」

そう。1分ほど前にここに座ろうとしてたのだ。
座っていれば恐らく全員即死だったであろう。
「あんたのおかげだね」と震える声の母。
「あの白熊のおかげだよ」と白熊の像を指をさす俺。

結局というか当然ながら食事を摂ることは出来なかった。
食べ終わってから落ちてくれれば無料で食えただろうに(笑)

レストランはすぐに閉鎖となったが、しろくま牧場自体はまだ営業を続けていたのでようやく俺は楽しむことが出来た。
ただ母達はずっとシャンデリアの話をしていた。当たり前か。


動物園で白熊を見る度にこれらのことを思い出す。
そして子供らにこう言うのだ。
「昔は白熊見るために暑さにうなされながら車走らせて穴に落ちて、どっかの車に追いかけられて、タイヤ交換して巨大なシャンデリアが落ちなきゃ見られなかったんだぞ」と(笑)

これらの事故は俺らともうひと組の客と当時の従業員しか知らない。
なぜかニュースにはならなかったのだ。
そんな巨大なシャンデリアがあった事自体、現在覚えている人は少ないようだ。

先日検索したら「しろくま牧場のシャンデリアが落ちた」と書いてある人を見つけ、おお知ってる人がいた!と思ったら、以前俺自身が誰かのブログに書いたコメントだった(笑)そりゃそうか。

それぞれの写真を見ての通り今はもうとっくに廃墟。
その上不審火で建物自体燃えてしまった。
数人しか知らない、Wikipediaにも書かれない隠された事実。



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