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何代目だろうか。

おはようございます。

パラスポーツを応援する大学生の萩原圭太です。

危ない、危ない、今日は大学に行く日でした。(けっこう忘れてた)

昨日・一昨日と普段書かないようなことも書いてみました。(特に一昨日)昨日はその部分は短めでしたけどね。

昨日はカバー画像を眼鏡にしたことで眼鏡の話が中心になっていました。ということでそれで書いていて思い出した話を、今日も書いていこうと思っています。


僕の眼鏡との付き合いは長く、小学校入学前からの付き合いです。4,5歳くらいからだったかなという曖昧な記憶でしかありません。気づいたら眼鏡をかけ始めていたといったところです。物心ついた頃から眼鏡と一緒でした。

おそらく、僕がこれまでかけてきた相棒である眼鏡は10代目以上になっているはずです。(人材の墓場と呼ばれている杉下〇京も過去何人も相棒を変えています)#謎の知識

小学校の頃は1年に1回のペースで眼鏡を変えていました。なぜかというと、視力の変化もあるものの、それ以上に眼鏡をぶっ壊すからです笑

いや、もちろん自ら壊すわけじゃありませんよ?壊らさるんです(北海道弁!)


色々な壊らさるパターンがありまして、紹介していきます。

野球をやっていてボールが当たって、レンズが外れるなりフレームが曲がったり折れたりというのはありました。学校の遊びでドッチボールでボールが当たって~、とかとかそれ以外にもあったとの記憶です。本当に壊らさって仕方がなかった。壊れるまでいかなくても、眼鏡が曲がることはよくあってほんとやらかしまくっていましたね。

当然、そんなことになっていると親には怒られることばかりです。恐妻家ならぬ恐母家みたいな感じで、同級生たちからも思われてたし自分でも思ってました笑

ただ眼鏡を買いかえるたびに喜んでいた人がいます。眼鏡屋の店長です。まぁ、当然売上になりますから喜びますよね。その頃行っていた眼鏡屋の店長が、母の中学とか高校の同級生だったようで(あまり詳しくないけど)喜ばれましたね。

あの店長さん懐かしいなぁ。今は元気にしているかな~?

こんな感じの自分の眼鏡史です。中学校の頃は一つで持ったかな。あまり記憶がない。中学校の頃は野球で捕手をやったりもしました。古田敦也さんみたいな感じですね。眼鏡捕手って意味ですよ。逆にマスク(面)をしていたほうが安全だったとも言えますね笑


というわけで昨日から、眼鏡の話になっておりました。そのきっかけは単純に新しい眼鏡が欲しいってところから派生したんです。どこで買うのがいいのか、どんな眼鏡がいいのか、はたまた買わないでおくのかっていう悩みでございます。

今日は朝から大学にGOしてきます!雨だからあまり歩きたくないけどねー。

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