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尊厳を持って生きるということ#コラム08

こんばんは。今日は、先日の初任者研修で感じたことを、新鮮な感覚を忘れないうちに書き残しておこうとおまいます。

個人的には、音楽家やアーティストの方と、是非共有したいなと思います。

どのように生きて、どのように死にたいか

音楽の中には、人の「生と死」をテーマにしたような作品もたくさんあります。いかに生きるか、どう死と向き合うか、身近な人の死をどう乗り越えるか。。

このような人として普遍的でずっしり重たいテーマに、偉大な作曲家が向き合い、答えを出した、と言われるような作品もたくさんあります。

人を愛すること、憎しみを抱くこと、得る喜び、失う悲しみ、人間のあらゆる感情が音楽の根源になっていて、そんな感情を共有し、喜びを分かち合ったり、ときには悲しみを包んで浄化したり、苦しさを励ましたり、明日を生きる勇気を生み出せるような、そんな音楽がしたいと、これまで勉強してきたわけですが、

医療や福祉の世界で働く人たちの話を聞くようになり、自分がいかにファンタジーの世界で人間の感情を捉えていたか、深く考えることから無意識に逃げていたのか、ということに気づいたような気がします。

「あなたは、どのような死を迎えたいですか?」

という問いに対して、僕は正直まだイメージが持てません。どのように死ぬのが自分にとって幸せなのか。知り得る選択肢が狭すぎると思います。

ただ、死の直前まで、最低限自分のことは自分でできる体でいたい、と切実に思います。

それでもそれが叶わなくなる人が、相当数いるのが現実です。
現在の日本で、誰かの介護がないと生活できないという、要介護、要支援認定を受けている人は682万人、これからものすごい勢いで増えると言われています。人口は減っているというのに。

生と死の現実

前置きが長くなりましたが、今年に入ってから、実技系の講習が始まったのですが、毎時間カルチャーショックの連続です。

例を挙げると、

  • 寝たきりの人は2時間おきに体位変換をしてあげる必要がある。これをしないと褥瘡が悪化し、体が壊死してくる。

  • トイレの介助、お風呂の介助は、同性が望ましいが、人員不足のもあり現状異性介助も普通に行われている。男性スタッフが女性の体を洗うこともごく普通にあるし、トイレのお手伝い、おむつ交換も男女関係ない現場も多い。

  • 入浴中に浴槽内で失禁、失便してしまう人も多い。落ち着いて手順に従って処理をする。

  • 皮膚が重なる面はかぶれやすいので、耳や関節の内側、腋、乳房の下、性器周りは、丁寧に洗うこと。

挙げればキリが無いのですが、もしも、自分がこうなったら、自分の身近な人がそうなったら、と考えると、とても苦しくなってしまうのです。

それでも、こうやって誰かの支えのもとで生きている方が、数百万人いる。
いつ自分がそうなるかわからないし、誰もがいつかはそうなる可能性がかなり高いということで、

そう思うと、本気で、誰もが「尊厳を持って生きる」とはどういうことなのか、早いいうちに真剣に考えておいた方がいいなと、思うわけです。

こうなることが、不幸だ、という価値観で現代を生きると、みんな最後は不幸になるということになってしまう。

きっと考え方、捉え方次第で、そうではない生き方ができるはずだとも思うのです。

なかなか言いたいところまで筆が進みませんが、今日はこの辺で。続きはまた!


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