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経済学実践のフロントランナーに聞く キャリアとビジネスの創り方【Part 2 キャリア形成編】

日本経済学会のサテライトイベントとして、「経済学実践のフロントランナーに聞くキャリアとビジネスの創り方」が2022年10月8日に開催されました。

2020年の第1回「経済学について知ろう!」、2021年の第2回「経済学の学び方・活かし方」に続いて、日経学会のアウトリーチイベントも今回で3回目!

第3回企画では、「経済学って、本当のところ『使える』のか?」「経済学を武器に、自分の将来の進路や可能性を切り拓いていけるのか?」など、ビジネスの実践とキャリア形成、にフォーカスしたトークをお届けしました。

産・学・官の各分野で、まさに経済学を実践してきたフロントランナーたちを迎え、彼・彼女らの実体験もふまえて、経済学の活用事例や実践の裏側、ビジネスに役立つスキル、これまでのキャリアのあゆみと今後の展望について、じっくりと議論していきます。

■ 当日のパネリスト(敬称略):
泉敦子(東京大学エコノミックコンサルティング)
上武康亮(イェール大学)
西田貴紀(Sansan)
森脇大輔(サイバーエージェント)
安田洋祐(大阪大学)

登壇者情報の詳細は【コチラ】もご覧ください

経セミnote では、日本経済学会のサテライトイベント「経済学実践のフロントランナーに聞くキャリアとビジネスの創り方」の内容を、「Part 1 ビジネス実践編」と「Part 2 キャリア形成編」の2つに分けて、当日のトークの内容をお届けします。

この note で、 Part 2 を掲載しています(Part 1 は【コチラ】から)。ぜひご覧ください!


1 経済学は将来どんな役に立つ?

安田 「キャリア形成編」の最初のお題は、「経済学は将来どんな役に立つのか?」です。Part1「ビジネス実践編」でも少し話題にのぼりましたが、ここでは修士・博士号はどう役に立つか、実務で使える経済学のスキルは何なのか、といった点について議論を深めていきたいと思います。まずは森脇さん、いかがでしょうか。

森脇 まずスキルという点では、「ビジネス実践編」でも登場したマッチング理論や因果推論系のデータ分析はもちろん、マクロ経済学なども含めて、経済学のスキルや知識は結構何でも使えるのではないかと思っています。私自身の博士課程での専門はマクロ経済学だったのですが、そこで頻繁に使うベルマン方程式が、実は「強化学習」という機械学習の一分野でもよく使われており、勉強しておいてよかったと思いました。こんな感じで、経済学のどんな知識でも役立ちうるというのが率直な感想です。

もう1つは、経済学にプラスして、プログラミングやデータベースを扱うためのSQLなどのスキルも身に付けて両者を掛け合わせることができれば、自分の持っている経済学のスキルがより生きてくる場面が増えるのではないかと思います。

安田 ありがとうございます。続いて泉さんはいかがでしょうか。

 森脇さんのお話は本当に同感です。加えて、博士課程まで学んでコンサルティング会社などで十分にスキルを発揮するには、専門性と実務をつなぐスキルも必要だと感じています。たとえば、プロジェクトをマネジメントする能力、同僚・上司や顧客とのコミュニケーション、クライアントからいただく質問や相談に対して具体的な分析手法や手続きを考案し提案する能力などを駆使して、実務に経済学を当てはめていけるスキルが重要です。また、「ビジネス実践編」でも述べた通り、海外で挑戦したいと思う場合、修士や博士の学位は強い武器になります。

西田 私も、経済学だけでなく周辺スキルも重要だという点には同感です。データ活用といっても、なかなかうまく進められなくて悔しい思いをした経験もあるので、実際にプロダクトをつくる側がどういう思考で、何をミッションにやっているのかをより深く理解できれば、よりよいデータ活用も可能となるのではないかと思い、私自身は現在プロダクトマネジメントについても学び始めています。現職に加えてプロダクトマネジメントを担うグループ(プロダクトマネジメント室)を兼務しつつ、どうすればプロダクトを通じてユーザーによい体験を提供できるかを学んでいるところです。

安田 皆さん、ありがとうございました。具体的に経済学の分野を見ていくと、たとえばビジネスで生きてくるのはデータ分析、計量経済学のスキルなのではないかと考えておられる方も多いかと思います。それはその通りなのですが、やや意外なところで、理論が役に立つという事例もご紹介したいと思います。

現在、商品のレーティングなどを通じて商品やサービスの情報を提供する「mybest」というサービスを運営する株式会社マイベストさんとエコノミクスデザインでコラボをして新しいレーティングの手法を開発し、実装を進めています [注1]

[注1] この点について、詳しくは本稿が掲載された『経済セミナー』2023年4・5月号掲載記事:安田洋祐「レーティングの仕組みは経済理論で創る――エコノミクスデザインの実践」で詳しく解説している。また、このサービスの開発経緯や特長については次の動画で語られている:株式会社エコノミクスデザイン「株式会社マイベスト合同ウェビナー【レーティングの経済学】」。

安田 ここでは、「社会選択理論」と呼ばれるミクロ経済学の理論分野の知見を活用しました。創業メンバーである慶應義塾大学の坂井豊貴さんの専門分野で、彼は多数決を疑うというベストセラーの著者としても広く知られています。ミクロ経済理論を専門とする研究仲間たちにこの話をすると、「社会選択理論にビジネス用途なんてあるのか!」と結構驚かれます。
でもあるんです。ざっくり言うと、社会選択理論は投票ルールの設計などを行う分野で、個々の民意をどう集計して全体の意思決定につなげるかを分析します。レーティングも、商品やサービスを使った個々の顧客からのレビューを集めて全体の数値や評価をつくる作業です。いろいろな手法で商品やサービスを評価してもらい、集まった個々人の評価や好みを集計して全体のランキングを決めます。この点で、社会全体で最も望ましい選択肢を決めるための分析を厳密に行ってきた、社会選択理論との共通点が多く、ものすごく使えるんです。

このように、パッと実用性がイメージされやすいデータ分析や因果推論だけでなく、経済学の理論研究や規範的な分析も、使い方次第でビジネス活用の可能性があるんだということを、私自身もこの数カ月で肌で感じているところです。

2 専門的なスキルを身に付けるメリットは?

安田 最初のお題に関する話がなかなか尽きないのですが、このあたりで話題を変えたいと思います。次のお題は「専門的な知識を身に付けるメリットは何か?」です。まず修士や博士への進学とキャリアの問題で、経済学の修士・博士が有利な業界はあるか、文系の大学院進学のメリット・デメリットは何か、経済学修士・博士のキャリアパスとしてどんな方向性がありうるのか、といった点について伺っていきたいと思います。最初に、これまでいろいろなお仕事を経験されている泉さん、いかがでしょうか。

 そうですね。日本で修士や博士に対するニーズの高い業界として真っ先に思い浮かぶのは、政府機関です。もちろん、UTEconのようなコンサルティング会社やシンクタンク、あるいは本日の登壇者の皆さんが所属するテック企業など、だんだん活躍の場は広がっていると思うのですが、採用のパイが大きいところでパッと思い付くのは、日本ではやはり政府機関ですね。

安田 確かにおっしゃる通りですね。Part1「ビジネス実践編」の中で、まさに森脇さんから内閣府に在籍しながら博士課程に留学されたというお話がありました。加えて、政府が委託研究のプロジェクトを発注する民間のシンクタンクなどでも、大学院卒の人が積極的に雇用されています。また、私自身もときどきお声掛けいただくのですが、政府から調査を受注したシンクタンクなどが、より専門性の高い外部の研究者とコラボレーションして補完関係を生かしながら研究に取り組むような案件も、最近は増えている印象があります。経済学の専門知を実践に生かせる場面がどんどん増えています。

ところで西田さんは、経済学の修士号を取得されたうえで現在はSansanに勤務されているわけですよね。

西田 はい。修士課程を修了後に民間シンクタンクに就職し、その後Sansanに移籍しました。

安田 修士卒と博士卒で働き方やキャリアパスに違いがあるのか、あるいは特に関係ないのかなど、ご自身の視点でお気付きになるような違いはありますか。

西田 私自身はなかなか博士のキャリアパスについてはイメージしにくいのですが、社内には経済学博士号を持つメンバーもいるので、彼らとの強みの差分で考えると、非常に難しくて新しい問題、たとえばデータ分析では、既存のライブラリを使ってすぐに応用できるような問題ではなく、そこからさらに一歩踏み込んでモデルを自分たちで開発しなければならないようなケースに直面したときに、博士号を持つメンバーの専門知識がより生きてくる印象があります。難易度の高い問題でも解決可能かどうかを適切に判断でき、可能であれば高度な専門性でその壁を乗り越えられる強みがあると思います。

安田 ありがとうございます。あと気になるところでは、文系の大学院進学にはデメリットが多いのではないかと懸念されている方も少なくなさそうだという点です。実際にデータを眺めてみると、社会科学系の大学院進学率はずっと低調で、特に2014年以降の大学院進学率は2%台で推移しています(図1参照)。なお人文科学は4~5%と、社会科学よりも高いです。一方、理工学系は大学院まで進んで一人前といったカルチャーが定着しており、進学でキャリアパスが狭まるような懸念もないので、理工系の大学院進学率は人文・社会科学系に比べて大幅に高くなっています(2014年以降、理学系は40%前後、工学系は30%台半ば程度)。
米国などでは、経済学は学問としても民間への就職という面でも、実態は工学やコンピューターサイエンスなどの理工系分野に近くなっているイメージがありますが、日本ではそうなっていません。

図1 学士課程修了者の修士課程進学率の推移(分野別)
注)「芸術」「家政」「その他」分野は、修了者数が比較的少ないため省略。データは学校基本調査。
出所)文部科学省「人文科学・社会科学系における大学院教育の関連データ集」(2022年8月3日)より作成。

こうした日本の現状は、Part1「ビジネス実践編」でも登場した「顕示選好(revealed preference)」の視点に基づけば、「メリットが少ないから進学しない」ということを端的に表していると思うんですよね。関連して、確かサイバーエージェントは、大学院生向けの支援やインターンシップなどの取り組みを積極的に行っておられるかと思いますが、いかがでしょうか。

森脇 はい。ご紹介いただいたのは、月額50万円以上の報酬をお支払いしている、博士課程の学生向けの「リサーチインターンシップ」ですね。

この取り組みは若手研究者のキャリアパスの幅を広げてもらうために、2018年から開始していたのですが結構いろいろなところで取り上げていただいて、最近は文部科学省から呼ばれて説明に伺ったりしています。現在も、なるべくよい待遇で博士学生の方々にインターンで来ていただき、弊社のよさを知ってもらって、できればその後の入社につなげたいと考えており、この取り組みは継続して行われています。

安田 ありがとうございます。大学院卒のメリットを増やしデメリットを減らす、このようなすばらしい取り組みが個別には進んでいるのは心強いです。ただ、先ほどのデータを振り返ると、少なくとも足元では目立った社会科学系の大学院進学率上昇は起きていません。取り組み自体がまだまだ不足しているということなのかもしれませんね……。

とはいえ、デメリットの話ばかりするよりも、今日集まった5名は全員大学院を出ているわけですから、経済学大学院の隠されたメリットをアピールしていくことにしましょう。進学を決めた時点や在学時には気が付かなかったけれど、その後こんなメリットがあったとか、ご自身の経験をふまえていかがでしょうか。

西田 最近、IT業界ではユーザーエクスペリエンス(UX)のリサーチが1つの分野として確立されてきました。そこでは、定量的な分析ももちろん行うのですが、ユーザーに対して定性的にインタビューを行うような調査も重視されています。「ユーザーが、あるプロダクトのどの部分をペインだと感じているのか」といったことを明らかにするのがUXリサーチの1つの目的で、それを行う専門部隊を持つ会社も、弊社を含めて出てきています。

こうした人間を対象とした定性的な調査の手法は、工学分野などの調査手法とは異なる特徴があり、人文・社会科学系の大学院で学べるスキルです。UXリサーチは個人的には今熱い分野だと感じているのですが、それに関連した仕事や就職先が今後増えてくれば、人文・社会科学系の修士・博士号取得者へのニーズも一層盛り上がってくるのではないかと思います。

安田 経済学では、やはり定量的な調査や分析が中心なので、定性的な調査の方法(質的調査法)は、経済学を専門とする人からすると、それほど馴染みのない分野かもしれません。でも、上武さんが教えているビジネススクールに多く在籍しているマーケティングなどの専門家は、定性的な調査も当たり前のように行っていますよね。調査法に限っても、定量分析は経済学部で、定性分析は商学・経営学、社会学、心理学などを学ぶ他の学部で、という感じで、社会科学系の大学院の中でも学べる内容がバラバラな印象があります。なので、もう少し統一的に学べる環境が提供できればビジネスの現場で活躍しやすくなるのではないかと感じました。

Part1「ビジネス実践編」では、イェール大学の経済学部生の皆さんが他学部で開講されている機械学習の授業などをとって学んでいる、というお話もありました。学生が自ら学部の垣根を超えて必要とされる調査法の授業を選べれば、活用したいスキルセットを揃えることができるようになるわけですよね。在学中にこのあたりも意識して積極的に学ぶことができれば、人文・社会科学系の強みがより一層生かせるのではないかと思います。

https://sites.google.com/view/jea-outrearch-2022/

3 経済学と経営学の違いは何か?

安田 では次のお題、「経済学と、経営学やデータサイエンスなどといったビジネスに関連する他の分野との違いは何か?」に移りたいと思います。先ほど、定量調査と定性調査の文脈で私が少し先走ってしまったのですが、まずは現在ビジネススクールで教えている上武さんにお伺いしましょう。おそらく、同僚にはいろいろな方法論を専門とする研究者がいるのではないかと思うのですが、どのような違いを感じますか。

上武 そうですね。マーケティング学科の中で見てもさまざまです。僕の専門は「計量マーケティング」という経済学に比較的近い分野ですが、マーケティングのもう1つの柱として、心理学の手法をベースとしたマーケティングの専門家もいらっしゃいます。研究者の数で言えば、後者の方が多いです。この分野では、顧客などに向けたあるメッセージが、どのような心理学的なメカニズムのもとでどんな効果を生むのかなどを分析します。先ほど話題になったUXリサーチなども関連が深いと思います。

加えて、経営学の組織論や戦略論もビジネススクールでは大きな柱の1つになっています。こちらにも経済学やゲーム理論に依拠した合理的なモデルを軸に組み立てられた分野と、より個々人の行動特性のような部分にフォーカスして組織や戦略を議論する分野があります。組織については、「組織行動論」と呼ばれる心理学に基づく分野があります。これら経済学とは異なる分野を専門とする方々と議論したり協力したりできる部分は大きいと思っています。実際、研究者同士では心理学ベースのマーケティングの専門家と計量マーケティングの専門家が共同で研究を進めて論文を発表するケースは結構あります。

安田 ありがとうございます。早稲田大学のビジネススクールに入山章栄さんという経営学者がいらっしゃって、私もいろいろな場でご一緒させていただいているのですが、彼はもともと経済学部の出身なんですよね。学部卒業後に米国に留学して経営学の博士課程で学位を取得され、現在も経営学者として研究されています。
2つの分野をよく知る入山さんがよく強調されるのは、経済学は他の社会科学系の分野と比べてディシプリンがしっかりしているということです。彼は、ミクロレベルの人間行動のモデルがしっかりあって、そこからいろいろな結果を演繹的に導き出す1つのパッケージ化された方法論が、研究者の間でしっかり共有されているのが特徴的だとおっしゃるんですね。しかもそれは、他の分野からみるとむしろ特殊であり、そういう型をしっかり持っているのが経済学の分野としての強みだと。ビジネススクールの中でも、他分野の専門家たちは経済学をこのように評価しているのではないかと想像します。

もちろん、それをビジネスで有効活用できるか否かはどんなプロダクトを提供できるかにかかってくると思うのですが、確立された方法論をしっかり身に付けることができて、その後は独自にカスタマイズもできるというのが、経済学を学ぶことのメリットであり、これは実務でも生きてくるのではないかと感じています。実はこの点は、本日お伝えしたかったメッセージの1つでもあります。

続いて上武さんにもう1点伺いたいのですが、ビジネススクールでMBA(経営学修士号)を取得した後で経済学の博士課程に進学するような例はあったりするのでしょうか。

上武 自分の身の回りの例ではありますが、イェール大学のビジネススクールでは、僕が毎年数通の推薦状を書く程度には、経済学博士課程への進学希望者がいます。2022年も2通書きました。僕の授業は年間で150~200人くらいの方々が受講してくださるのですが、その中の2~3人くらいはMBA修了後ももっと勉強したいということで経済学博士課程に進学される方が毎年一定数はいらっしゃるので、全体で見るとそれなりの数になるのではないかと思います。

安田 なるほど。ここでも再び顕示選好の概念を持ち出すと、たとえばトップスクールのMBAの学位を持っていれば収入や機会の面ですでに大きなチャンスが開けていると思うのですが、そこからさらに博士課程に進学しようとする方が一定数いらっしゃる。ということは、MBA取得者という括りでみてもまだ追加的な魅力があるということですよね。

上武 MBAで学べる内容の多くはソフトスキルだったりする一方、自分の専門分野として何か1つを極めたいと考えている人も一定数はいるので、そういう方々にとっては経済学に限らず博士課程への進学は魅力的に映るのではないかと思いますね。

4 経済学を学んでよかったことは何か?

安田 では、本日最後のお題にいきましょう。「経済学を学んでよかったことは何か?」です。ぜひご自身の経験に基づいてお話しいただければと思います。泉さんから、よろしくお願いします。

 経済学を学んでよかったことは、やっぱり自分の専門だと言えるものができたことです。私はもともと研究者になりたくて博士課程に進んだわけではありませんでした。国際機関で働きたくて、経済学の博士号を取得したのですが、国際機関への就職には至りませんでした。でも、博士号を取得して専門知識を身に付けたことでワシントンD.C.のエコノミックコンサルティングの会社で働く機会を得て、次に日本の公正取引委員会で経済分析を行い、今はUTEconで経済学を使った仕事に取り組むことができています。やはり、経済学の専門知識は自分にとって大きな強みになったと思います。

安田 ありがとうございます。では次に西田さん、よろしくお願いします。

西田 経済学を学んでおいてよかったといった点でいくと、実際に経済学の因果推論の手法などがビジネスに使えるのはもちろんですが、現在は計量経済学と機械学習の垣根がどんどん低くなっているので、大学院で経済学を学び、その後も自分で常に学び続けてきたことで、機械学習のモデルを理解できるようになりましたし、機械学習を専門とするメンバーとも議論できるようになりました。何か1つ、自分の専門としてしっかり身に付けておくことでその後も長期的にも学び続けることができたという点は、大きなプラスになったと思います。

また、社会人の方で独学したいという方や大学院進学を目指したいという方にオススメしたい学びの方法があります。エンジニアの人たちの中には、自分で学んだことをブログにまとめて発信したり、自分がつくったコードをGitHubで公開したりと、積極的にアウトプットしてアピールしている方も少なくないのですが、社会科学分野、経済学分野の人でこういう発信を積極的に行っている人はまだ少ないように感じています。データ分析など、ご自身の学んだ成果をどんどんアウトプットすることで、成果も見えやすくなって学びも深くなりますし、キャリアの幅も広がるのではないかと思います。

安田 確かに、アウトプットをすることがインプットしたことを自分の中にしっかり定着させるうえで最も効率的だというのは、私自身も実感しています。大学で教えていると定期的にアウトプットせざるをえないのでインプットも定着しやすいというのはメリットかもしれません。ありがとうございました。それでは次に森脇さん、お願いします。

森脇 私の場合は、経済学部生だったにもかかわらず、経済学の勉強をあまりしないまま内閣府に就職したのですが、国の経済政策を考えるうえで経済学がよくわからないと厳しいと思い、博士課程への留学を志したという経緯がありました。

その後、博士課程を経て自分で論文を読めるようになってから日本の経済政策を考えてみると、改めて非常に難しい問題であることが実感できました。こういう問題は、学問の最前線で活躍する研究者たちが突き詰めて考えても解決策のわからない難問、オープンクエスチョンであるということを、博士課程で学んだおかげで知ることができたのです。この点は、経済学を学んで非常によかったと思うポイントです。

会社でも直面した問題が非常に難問だと思うことが多いのですが、博士課程で学んでいなければ、「誰かすごい人なら簡単に解決できる問題なんだろうな」と思って、すぐに正解を探すようなことをしてしまっていたと思います。しかし現在は、「おそらく誰がやっても難しいだろうな」というある種の諦めのもとで、最適解というかその時点で最もマシな解を探すようなスタンスがとれるようになりました。博士課程で経済学を学んだことで、学問のフロンティアやその限界を知れたことが、その後の職業人生で役に立っていると思っています。

安田 ありがとうございます。では最後に上武さん、よろしくお願いします。

上武 僕からは、社会人で大学院進学を考えている方に向けて、少しアドバイスができればと思います。最近は社会に出てから大学院に進学する方も増えてきているのではないかと感じますが、一度社会に出てビジネスなどの世界を見ている方は、目的意識や研究に対する問題意識がシャープである印象があります。こうした目的意識や問題意識は研究でも重要なので強みになりますし、ご自身でビジネスなどを通じて学んできたことを言語化できたり、理論に基づいて分析したりできるようになることは、その後の人生でも非常に有益だと思います。

安田 皆さんありがとうございました。最後に、私からも少しお話ししたいと思います。

私がときどき講演会などで取り上げるすごく古い本があります。ジェームス・ヤングさんという広告業界で活躍された実務家が書いた『アイデアのつくり方』というロングセラー本です。

内容はタイトルの通りで、アイデアをつくるためにどうすべきかについて書かれていて、現在もビジネスパーソンやクリエイターたちに読まれています。原著初版の出版は1940年と、戦前に書かれた本なのですが、日本語訳の本がいまだに書店で平積みにされていて、インフルエンサーに紹介されるたびにたくさん売れるといったことを繰り返しています。

ビジネスなら新規事業をどう進めるか、研究者ならどうやって新しい視点で論文を書くかなど、アイデアをどうつくるかは多くの人にとって非常に重要な問題です。著者のヤングはこの本の中で、「アイデアは新しい組合せ」であり、異なる事柄を結び付けたり関連付けたりする(associate)能力が非常に重要だと言っています。

この点は私も同感なのですが、では一見すると異なるAという事象とBという事象をどうやって関連付けるのか。その能力が仮に先天的なものなら、もう諦めるしかないですよね。凡人には、よいアイデアはつくれないということです。でもヤングは、この能力は後天的なもので、トレーニングで培うことができると言っています。

それでは、どんなトレーニングを積めばよいのか。私はここで、経済学が生きてくるのではないかと思っています。たとえば、私の場合だったら専門がゲーム理論なので、コロナ禍における買い占めのような事象を、コーディネーションゲームというモデルを使って分析できることに気付きます。すると、同じモデルで説明できる銀行の取付騒ぎなどといった、一見するとまったく異なる現象とのつながりが見えてくる。これってまさにヤングの主張する関連付ける能力だと思うんですよね。

先ほど、確立されたディシプリンに基づく分析が経済学の強みだとお話ししましたが、経済学を学ぶことで知らず知らずのうちにモデル思考を叩き込まれます。それを通じて、異なる事柄を関連付ける能力も養われるのかもしれません。何かと何かを関連付けることで「新結合」が生まれることを、シュンペーターは「イノベーション」と呼びました。私自身は、経済学を学ぶことで後天的にアイデアやイノベーションを生み出す能力を培うことができるのではないかという仮説を持っています。

なので皆さん、経済学で学んだスキルを直接生かす道はもちろん、経済学を学ぶことでモデル思考を身に付け、ぜひ皆さんの活躍の場で新たなアイデアやイノベーションにつなげていただけたら嬉しいです。

* * *

それでは、以上をもちましてイベント「経済学実践のフロントランナーに聞く キャリアとビジネスの創り方」はお開きにしたいと思います。本日は長時間にわたってお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

[2022年10月8日収録]

<Part 1「ビジネス実践編」はコチラ!>

登壇者紹介


おしらせ

日本経済学会のアウトリーチ企画は、2020年から開催されており、今回が第3回でした。過去のトークは、以下の note でまとめて公開しております。毎回テーマが異なりますので、ぜひご覧ください!

本イベント主催の日本経済学会のホームページはこちら:

今回共催の東京大学マーケットデザインセンターのホームページはこちら:


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