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ネットワーク科学が切り拓くビジネスの可能性(経セミ2020年12月・2021年1月号より)

『経セミ』2020年12月・2021年1月号より抜粋・再編集のうえ掲載。

著者:西田 貴紀 (Nishida Takanori)
Sansan株式会社 DSOC R&D SocSci Group Manager/研究員 兼 EBPM支援室

■出会いを科学する

小才は、縁に出会って縁に気づかず
中才は、縁に気づいて縁を生かさず
大才は、袖すりおうた縁をも生かす

江戸初期の武将、柳生宗矩の言葉といわれる(夢プロジェクト編 2006)。人との出会いやモノやコトとの出合いは、時に大成するチャンスとなりうる。「出会い」の妙を説いたメッセージだ。このように、出会いの重要性を説いた言葉やエピソードは少なくない。さらに近年では、人と人とのつながりを対象にしたネットワーク科学で盛んに研究されている。有名な研究の1つに、成功するアーティストの要因を分析したものがある(Fraiberger, et al. 2018)。権威のある美術館に出展できたアーティストは、キャリアの初期にさまざまな美術館に出展していた経験があることがわかっている。さまざまな美術館で多種多様な人物と出会ったアーティストが大成するチャンスをつかめたと考えられる。2017年5月にアメリカ人アーティストとして最高落札額を記録したジャン=ミシェル・バスキアも多様なネットワークを築いていたことが知られている(バラバシ 2019)。出会いには、人を、世界を、変える力がある。

筆者が所属するSansan株式会社は「出会いからイノベーションを生み出す」というミッションを掲げ、クラウド名刺管理サービスを提供している。名刺交換はまさに出会いを捉えており、オフラインの名刺交換履歴はFace to Faceの出会いを意味し、世界でも類いまれなるデータといえる。DSOC(Data Strategy & Operation Center)研究開発部では、経済学をはじめ社会科学分野を専攻する研究員が所属し、名刺交換の履歴から紡がれるビジネスネットワークを科学し、名刺交換の価値を拡張する研究開発に取り組んでいる。本稿では、当社のクラウド名刺管理サービス上でどのようにネットワーク科学の知見を活用しているかを紹介する。

■クラウド名刺管理サービス

当社は、法人向けクラウド名刺管理サービス「Sansan」と、個人向け名刺アプリ「Eight」という2つのサービスを提供している。どちらも、ユーザーが名刺をスマートフォンのカメラやスキャナーで取り込むと、氏名や会社名、メールアドレスなどの情報が高精度でデータ化される。データ化された名刺はユーザーがクラウド上で閲覧・管理・活用できる。「Sansan」では、ユーザー企業内に閉じた形で名刺を共有でき、営業活動やマーケティングの効率化を実現する。一方で、「Eight」では個人で名刺を管理でき、Eightユーザー同士で名刺を取り込んだ場合にはビジネスSNSとしてつながりができることで、所属企業を越えてユーザー間でコミュニケーションをとることもできる。

本稿では、「Eight」のデータ [1] を用いて、地方創生や産業政策に貢献するために、市区町村単位のビジネスネットワークを分析した事例を紹介する。

[1] 分析においては、個人向け名刺アプリ「Eight」の名刺交換に関するデータを用いて、個人を匿名化し、ユーザーによって登録された名刺の情報をEightの利用規約で許諾を得ている範囲において使用している。

■市区町村間のつながりをひもとく

当社では、日本のビジネスネットワークを分析し、政策的なインプリケーションを導くなどの目的で「DSOC Data Science Report」を発信している。

「DSOC Data Science Report」などの研究成果はこちら:

都道府県や市区町村レベルで分析したレポートを発表しており、2019年に開催された第20回「まち・ひと・しごと創生会議[2] にも分析結果を提供した。地方創生の文脈で着目される概念に「関係人口」があり、「移住した『定住人口』でもなく、観光に来た『交流人口』でもない、地域と多様に関わる人々」[3] と定義されている。地方創生の政策目標として、各市区町村で奪い合いになる「定住人口」ではなく、地域への多様な関わりを持つ層を含み、かつ必ずしも奪い合いにはつながらない「関係人口」が注目を浴びているのである。

[2] 第20回「まち・ひと・しごと創生会議」議事次第
[3] 総務省 「プロジェクト概要」、地域への新しい入り口「関係人口」ポータルサイト

そこで当社では、ビジネス活動に特化した「関係人口」を「ビジネス関係人口」と定義し、「Eight」のデータをもとに分析した。具体的には、ある市区町村の名刺を取り込んだことがあるEightのユーザー数をもとに集計している。集計の際には同じ市区町村内の名刺交換はビジネス関係人口として集計していない。また、従業者数が多い地域はビジネス関係人口が多くなるため、従業者数1人当たりで測った「調整済みビジネス関係人口」を算出した。調整済みビジネス関係人口の上位の市区町村を見てみると、岡山県英田郡西粟倉村や徳島県勝浦郡上勝町など、政府の統計などでは捉えにくいローカルベンチャーやエコツーリズムなどの草の根での取り組みが盛んな自治体の動きを捉えている。現在は、この関係人口の推計値と地域経済のアウトカムとの関係を分析し、地方創生の政策目標として活用されうる可能性を検討している。

また、ビジネス関係人口の研究で推計したような「市区町村間のビジネスの出会いはどのように発生しているのか」という問いに答えるべく、ネットワークの生成メカニズムを「重力モデル」を用いて分析した。重力モデルとは万有引力の法則を応用したもので、たとえば貿易を重力モデルに当てはめると、国Aから国Bへの輸出額はAとBの経済規模に比例するが地理的距離には反比例することが分かる。これを名刺交換に置き換えて考えると、地域Aと地域Bの名刺交換枚数は両地域の経済・人口規模に比例し、地理的距離に反比例する。このモデルは都道府県レベルの名刺交換をよく説明しており、同様に市区町村間のネットワークにも当てはまることが分かった。

都道府県レベルのビジネスの出会いを分析したレポートはこちら:

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市区町村レベルの結果はこちら:


さらに、この推定した重力モデルを用いればネットワークを生成することができるため、さまざまなシミュレーションを行うことが可能である。ネットワーク生成シミュレーションの活用方法の1つとして、ネットワーク上の「キープレイヤー」を特定するという研究がある(Lee et al. 2020)。キープレイヤーとは、「ネットワークから取り除かれるとネットワーク全体の活動量が最も下落するようなプレイヤー(ノード)」を指す。たとえば、市区町村のビジネスネットワークの文脈では、経済活動を支える鍵となる市区町村(キーシティー)がそれに当たる。キーシティーが特定できれば、負の経済的ショックが発生した場合に、キーシティーから優先的に政策介入することで経済的ショックの影響を最小限に食い止められるだろう。実際に、このキープレイヤーを特定するアルゴリズムを用いて、南関東地方(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)における経済活動を支えるキーシティーを特定した[4]

[4] 具体的な分析手法や結果については、Nishida et al. (2020) を参照されたい。

キーシティーと特定された10市区町村は、図1の通りである。結果を見ると、東京都世田谷区、神奈川県横浜市西区、埼玉県さいたま市大宮区などが挙がっている。これらの市区町村に共通する点は「交通の要」だということである。南関東地方の中心部と周縁部のどちらにもアクセスがしやすい地域であるので、経済活動でも要となり、ネットワークから取り除かれた場合に代替不可能な地域だと解釈できる。キーシティーは単に名刺交換が最も多い企業があるわけではなく、経済活動が最も活発な地域でもない。このアルゴリズムを通じて、ネットワークのポジションの重要性を捉えられたといえる。

図1 キーシティーの推定結果

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このような統計情報や実証分析の知見を発信し、日本政府のEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング;証拠に基づく政策立案)を後押しすべく、当社では2020年10月にEBPM支援室を立ち上げた。今後は、ビジネス関係人口を活用した地域おこし政策の効果検証や、経済活動のキープレイヤーを特定するアルゴリズムを用いた都市政策や産業政策の事前評価に取り組んでいきたい。

■ネットワーク科学の未来を切り拓く

本稿では、ネットワーク科学をどのように実務で活用できるかについて述べてきた。しかし、今後さらに実務での活用が進むためには、アカデミアと民間企業との密な連携が鍵を握ると考えられる。ネットワーク科学のみならずデータサイエンスを実務で活用する際に、特に重視されるのはアルゴリズムの実行可能性と結果の解釈性である。

前者については、大きなデータにも適用できるようなスケーラブルかつ高速なアルゴリズムの開発が望まれる。近年のSNSの流行やテクノロジーの進歩によって、テック企業を中心にこれまで観測できなかったネットワークが膨大な量のデータとして捉えられている。従来のネットワーク科学の対象よりも大きなネットワークを扱うことになるため、計算が思うようにできない分析手法も少なくない。現在、大きなネットワークにも適用できるスケーラブルかつ高速なアルゴリズムが開発されてきているが、民間企業の課題をアカデミアにオープンにしていくことで、ネットワーク科学はさらに実務に応用されるよう進化するだろう。

後者の結果の解釈性については、経済学などの社会科学のアプローチとデータビジュアライゼーションが重要であろう。昨今、実務応用が進んでいる機械学習や深層学習でもアルゴリズムがブラックボックスであることが課題となり、解釈可能性のあるアルゴリズムの開発が進んでいる。ネットワーク科学でも同様のアルゴリズムの開発が必要だ。また、ネットワークやその分析結果を誰でも理解できる形で可視化することが望まれる。大きなネットワークになると可視化することが難しく、簡単にその特徴を把握しづらいなどといった課題がある。いかにネットワークの特徴を効率的に抽出し、非専門家でも理解できる形に変換できるかも実務担当者を説得していくためには必要だ。

当社では、上記の課題を解決して実社会に貢献すべく、共同研究プラットフォーム「Sansan Data Discovery」において、アルゴリズムの開発からデータビジュアライゼーションまでさまざまな共同研究プロジェクトを推進している。

「The Essence of Serendipity」についてはこちら:

また、分析結果をわかりやすくユーザーや世間に伝えるため、研究員とデザイナーが連携できる環境を整えている。このように多角的なコラボレーションを通じて、研究開発プロジェクトにおけるいくつものハードルを乗り越えてきた。今後も袖すりあった縁をも大切にしながら、ネットワーク科学の研究に取り組み、事業とアカデミアへの両方に貢献していきたい。

『経済セミナー』2020年12・2021年1月号掲載の「ネットワーク科学が切り拓くビジネスの可能性」より、抜粋して掲載)

『経済セミナー』2020年12月・2021年1月号(特集:ネットワーク科学と経済学)では、「Sansan」のデータを用いて、人材配置や評価など人事の課題に応えるために、ユーザー企業に所属する社員が持つ社外との名刺交換の履歴からユーザー企業内の社内ネットワークを推定した事例についても記載があります。ぜひチェックしてみてください!

■参考文献

西田貴紀 (2018)「都道府県間のビジネスの出会いに法則はあるか?」DSOC Data Science Report 01。
バラバシ、アルバート・ラズロ (2019)『ザ・フォーミュラ――科学が解き明かした「成功の普遍的法則」』江口泰子訳、光文社。
前嶋直樹 (2019)「名刺データによる組織ネットワーク分析の可能性――Sansan Labs ビジネスマンタイプ分析の事例」『オペレーションズ・リサーチ:経営の科学』64(11): 655-660。
夢プロジェクト編 (2006)『和のこころで日本人らしく生きる本』河出書房新社。
Fraiberger, S. P., Sinatra, R., Resch, M., Riedl, C. and Barabási, A.-L. (2018) “Quantifying Reputation and Success in Art,” Science, 362(6416): 825-829.
Lee, L.-F., Liu, X. Patacchini, E. and Zenou, Y. (2020) “Who is the Key Player? A Network Analysis of Juvenile Delinquency,” Journal of Business & Economic Statistics: 1–9.
Marineau, J. E. (2017) “Trust and Distrust Network Accuracy and Career Advancement in an Organization,” Group & Organization Management, 42(4), 487–520.
Nishida, T., Komatsu, S. and Martínez Dahbura, J. N. (2020) “The Economics of Business Networks and Key Cities,” Sansan DSOC, July 03, 2020 .

■著者紹介

西田 貴紀 (Nishida Takanori)

Sansan株式会社 DSOC R&D SocSci Group Manager/研究員 兼 EBPM支援室

2016年、一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。専門は計量経済学、労働経済学。現在は、経済学の知見をもとに「出会いのデータベース」から新しい価値を生み出すべく、新サービスの研究開発に従事。その傍ら、"Dawn of Innovation"(NetSci Visualization Prize 2019受賞)や "The Essence of Serendipity"(Media Ambition Tokyo 2020出展)といった出会いが持つ意味や価値をアートワークとして表現・発信するプロジェクトにも挑戦。


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