見出し画像

ビジネスで使われる実証分析、ビジネスを対象とする実証分析

経済セミナー増刊『進化するビジネスの実証分析』が、無事に発売となります(2020年4月23日予定)! 

政策形成の現場でもデータと実証分析に基づいた効果検証をふまえて議論しましょうという声が高まっています。またビジネスの現場でも、特にIT企業で、日々蓄積されるデータから施策の効果をふまえて業務改善や戦略・戦術を構築する動きが進んでいます(その話は、経セミe-book『実践に生きる経済学』〔紹介noteはコチラ〕もご参照ください)。

この増刊号『進化するビジネスの実証分析』は、そんな現在の状況と、それを支える経済学の研究はどうなっているのか? ということを、さらに掘り下げて解説した一冊になっています。

そこで、今回は本誌を作った動機と、少しだけ内容をご紹介するとともに、そこでたびたび登場する「因果推論アプローチ」と「構造推定アプローチ」の概要をつかむための参考文献などなどを整理したいと思います。

■この増刊号は何のために作ったの?

まずは、なんでこんな増刊号を作ったのか、その動機からお話します。最近、特に海外のニュースや事例を見ると、アマゾンのさまざまな施策を経済学者が検証し改善している、ネットフリックスの経済学チームが因果推論のための実験を繰り返してクリック数を上げる仕組みを作っている、などなどといった話題が非常に多くなっていました。

たとえば、自身もマイクロソフトでも活躍した、スタンフォード大学のスーザン・エイシー先生と、ハーバード大学のマイケル・ルカ先生による『ハーバードビジネスレビュー』に掲載された以下の記事が話題になったりしました。

より詳しくは、彼女らが『Journal of Economic Perspectives』に発表した以下の論文をご参照ください。

じゃあなんで経済学者なのか? 他の分野じゃだめなの? 機械学習エンジニアやいわゆるデータサイエンティスとと経済学者の何が違うの?…… 結局、経済学の何がそんなにスゴいの? などなど、よく考えてみると、知りたいことがいろいろと増えてきます。編集部も、そのように疑問に思いました。実際のところどうなのか。これが知りたいから、本誌を企画しました。すいません、完全に個人的な趣味です。

でも、そんなにスゴいと言うなら、どこがスゴいのか知ることができれば、学ぶモチベーションもアップすること間違いなし!ですよね。

そんな疑問に答えてくれるのが、本誌のPart 1「最新動向を知る」です。ここは、アカデミアに留まらず、実務の現場でも活躍する経済学者たちによる、以下の4つの章で構成されています。

Chapter 1 [鼎談]ビジネスと政策の現場で活きる経済学
  青木玲子
(公正取引委員会委員)
  伊神満(イェール大学准教授)
  渡辺安虎(東京大学教授)
Chapter 2 経済学はビジネスに役立つのか
  上武康亮(イェール大学准教授)
Chapter 3 競争政策・訴訟対応への応用
  石垣浩晶NERAエコノミックコンサルティング東京事務所代表)
Chapter 4 [インタビュー]産業組織論はどのように生まれ、進化してきたか
  小田切宏之(一橋大学名誉教授。公正取引委員会委員等を歴任)

だらだら話していても仕方がないので、とりあえずChapter 1の節立てを紹介してみます。まず、青木先生、伊神先生、渡辺先生がどのように経済学を学び、研究実績を積み上げてこられたのかという議論から始まります。そして、その中で実務との関わりなどから、それぞれの経済学の現状に対する見方を示しながら、以下の点について議論を交わしています。

【Chapter 1の節立て】
1 それぞれのキャリア
2 今、何が起きているのか?
3 経済学者のどこが役に立つのか?
4 活躍のカギはデータとモデリング
5 企業の外からの分析、中からの分析
6 政策実務を担う経済学者の確保
7 政策実務と経済学の関係
8 日本の政策現場を変えるには何が必要か?
9 求められるスキルは何か?
10 研究・実務でのリサーチデザインの組み立て方
11 今後の展望

画像1

(撮影/阿部智将。左から、渡辺先生、青木先生、伊神先生)

ちなみに、ディスカッションは2019年末に公正取引委員会の一室をお借りして行いました。

■ビジネスの実証分析って?

ところで、タイトルにもなっている「ビジネスの実証分析」って、何なのでしょうか? それをじっくりと説明しているのが、Part 2「研究のフロンティアに迫る」の冒頭、Chapter 5=渡辺安虎先生「ビジネスの実証分析の今」です。

渡辺安虎先生によれば、「ビジネスに役立つ経済学」といえば、一昔前はマクロ経済学やファイナンスの独壇場で、民間企業で働く経済学博士のほとんども、金融機関に所属していたといいます。しかしこうした状況は、2010年代の10年間で劇的に変化しました。渡辺安虎先生はこの10年間を、「ビジネスが実証ミクロ経済学を発見した10年」と表現しています。

実証ミクロ経済学とは、「個々の経済主体の行動を解明するミクロ経済学の中で、実際の消費者、企業、労働者の行動をミクロデータを用いて分析を行う分野」(本誌46ページ)です。中でも代表的な分野として、労働経済学と産業組織論が挙げられています。本誌で「ビジネス実証分析」と言っているのは、主にこの「実証ミクロ経済学」を指しています。

本誌で特に注目しているのは、ズバリ「産業組織論(Industrial Organization:通称IO)」です。IOは、「企業の行動を分析し、産業について考察し、競争政策や規制が企業や消費者にどのように影響するかを研究する分野」として発展し、そのために価格戦略、参入・退出戦略、研究開発、合併・買収など企業の戦略と密接に関わるトピックも研究対象としてきました。そんなわけで、政策的なイシューに留まらず、経営戦略などとも密接な関係を持っています。本誌Chapter 4では小田切先生が、マイケル・ポーターなどが有名ですが、競争戦略論とIOの関係を詳細に解説しています。たとえば、ゲーム理論をベースとした事業戦略、企業戦略のためのフレームワークもたくさん構築され、記事や本も無数にあるのですが、その紹介はまた別の機会に…。

そういう意味で、IOは「ビジネスを対象する経済学」であると言えます。そして、Part 1の各章でも述べられていますが、中でも伊神先生は、「IOは、ここ30年の間で実証が強くなりつつも、常に理論を意識し、モデリングとデータ分析の合わせ技を行う分野として進化してきました」と述べています(本誌6ページ)。現在では、「実証IO」と呼ばれ、戦略的な相互作用のある寡占市場などを主戦場として、詳細なデータを用いて、しかも一時点の分析に留まらず、時間を通じた市場や競争構造の変化を分析する分野となりました。そこで中心的な役割を果たすのが「構造推定アプローチ」と呼ばれる分析方法です。

一方、労働経済学などを中心に発展してきた(誘導型の)「因果推論アプローチ」も、「ビジネスで利用される実証分析」として紹介されています。Chapter 5でも、ランダム化比較試験、差の差分析やマッチング推定などが、ビジネスへの応用例を通じて解説されています。なお、因果推論アプローチの優れた入門書として、以下の2冊が紹介されています(もうおなじみかも…)。

この章では、因果推論アプローチと構造推定アプローチをざざっと解説したうえで、どんな時にどのアプローチが使われるのか、それぞれの特徴や意義はどこにあるのか、といったことを、本誌で扱うPart 2の各章に触れつつ、議論しています。Chapter 5は、本誌全体を俯瞰できる章となっています。

■実証IOはどんなもの?

では、実証IOは、実際に研究の現場ではどんなことが行われているのでしょうか? また、勉強しようと思ったら何をどう学べばいいのでしょうか? まだ体系的なテキストも。特に日本語ではなかなかないので、若干見えにくい部分があります。でも大丈夫。その点も、渡辺安虎先生が本誌Chapter 5で紹介してくれています。

需要の推定
生産関数の推定
参入・退出・動学ゲーム
オークション
その他のトピック:合併行動、価格差別、カルテルなど

そして、それをさらに詳しくガイドするのが、本誌のPart 2「研究のフロンティアに迫る」です。Part 2は、渡辺安虎先生のガイダンスに始まり、Chapter 6以降では以下のような構成で、読者の皆さまを実証IOの研究のフロンティアへ一気にご案内します(ずっとフルネームで書いていたのは、渡辺先生がお2人ご執筆されているからでした)。

【Part 2 研究のフロンティアに迫る】
 Chapter 5 ビジネス実証分析の今…渡辺安虎
 Chapter 6 需要関数の推定:基礎と応用…北野泰樹
 Chapter 7 個別取引データによるリテール決済需要の推定:多様化をきわめる決済手段とキャッシュレス化の行方…若森直樹
 Chapter 8 ダイナミックな価格戦略:航空料金設定の工夫とLCC参入による変化…渡辺誠
 Chapter 9 小売業の参入・立地・成長戦略:構造推定による実証分析…西田充邦
 Chapter 10 衰退産業での退出戦略:アメリカ映画館産業の実証分析…高橋悠也
 Chapter 11 カルテルの理論:基本理論と退出可能モデルへの拡張…グレーヴァ香子
 Chapter 12 談合の実証分析…鈴木彩子
 Chapter 13 グローバル経済における企業合併:韓国における現代(ヒュンダイ)・起亜(キア)自動車の合併事例…遠山祐太
 Chapter 14 ネットワーク効果:空港利用の間接ネットワーク効果の実証分析…土居直史
 Chapter 15 公共調達:制度設計とその経済学的な評価…花薗誠

いずれも読みごたえのある内容ですが、データの扱い方、実証分析の考え方、その背景にある経済学の理論、そして分析のフィールドとなる業界の背景などが丁寧に解説されています。ビジネスを対象とする実証分析とそれを支える経済理論にご関心のある方々なら、きっと楽しんでいただけるのではないかと思います。

なお、構造推定アプローチの醍醐味は、以下の伊神先生のベストセラーでも感じ取ることができると思います。以下のyoutubeのビデオでは、伊神先生ご自身による解説もご覧いただけます。

ビデオは、「2018年9月2日に東京で開催された、金融経済読書会FEDにおける講演です。すでに同書を読まれた、約80人の一般の方々が対象です。前半部分にあたる本動画では、『あなたの問いは何か?』という目標設定の重要さを強調しながら、分析の概要をおさらいしました」とのことです!

まずは産業組織論の基本的なトピックㇲや考え方を抑えたい!という場合には、本誌著者のお一人、花薗誠先生(名古屋大学)による以下のテキストがオススメです。現実の企業の事例が盛りだくさんで、実証研究も紹介されています。

競争政策の側面から産業組織論を学んでみたいという場合には、まずは小田切先生による以下の本もオススメです。こちらも、難しい数式などはなしえ事例が豊富です。独禁法関連の事件を豊富に紹介しながら、事件を経済学的に読みときながら理解を深めていきます。

さらに、本誌著者のお一人の若森直樹先生(東京大学)のホームページでは、実証IOに関するさまざまな資料がアップされているので、本誌のさらなる発展としても、参考としていただけるかと思います。

また、楠田康之先生(日本福祉大学)による以下の書籍は、静学・動学ゲームの推定を中心に、実証IOの手法を実践的に学べる一冊です。MatlabやPythonで実行してみるための分析コードも付属しています。

より本格的な体系書としては、トロント大学のVictor Aguirregabiria先生が、『Empirical Industrial Organization: Models, Methods, and Applications』(2019年)というテキストを公開しています(PDFで閲覧できます)。

■おわりに

いろいろとご紹介してきましたが、本誌14ページにある伊神満先生の言葉、「IOは理論、計量に加えて業界知識もフル活用する経済学の『総合格闘技』です。こんなにおもしろい分野は他にはありません」というメッセージがとても印象深いです。

本誌では、そのおもしろさを存分に感じて頂けるのではないかと思います。


この記事が参加している募集

#推薦図書

42,575件

サポートに限らず、どんなリアクションでも大変ありがたく思います。リクエスト等々もぜひお送りいただけたら幸いです。本誌とあわあせて、今後もコンテンツ充実に努めて参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。