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手島健介「外部性のある状況でのプログラム効果の測定」:Miguel & Kremer (2004) の解説

このnoteでは、ケニアの小学校を舞台に、感染症予防薬(腸内寄生虫の駆除薬)を配布する政策の効果を実証的に検証した著名な以下の論文:Miguel and Kremer (2004) のエッセンスを、一橋大学の手島健介先生に紹介いただきました。
駆虫薬の配布政策は、児童たちの健康面・教育面にどのような影響を与えたのか。感染症対策で焦点となる「外部性」に着目しながら、詳しく解説します。

紹介論文:
Miguel, E. and Kremer, M. (2004)Worms: Identifying Impacts on Education and Health in the Presence of Treatment Externalities,” Econometrica, 72(1): 159-217.

本記事は、『経済セミナー』2008年9月号(海外論文SURVEY)掲載の同名記事の拡充版として、
2020年1月21日【こちら】にアップした記事の転載です。

手島健介(てしま・けんすけ)
一橋大学経済研究所教授


はじめに

開発途上国において感染症の問題は深刻である。さまざまな対策が取られているが、その中でどれがより効果的であるかを知るためには、各対策の費用対効果(費用に対する便益の割合)を知る必要がある。

しかし、感染症対策プログラムはプログラムの対象にならなかった人にも感染率低下による便益を及ぼす可能性があり、その結果としてプログラムの便益の適切な評価が困難となる。

今回紹介するMiguel and Kremer (2004) は感染症治療のような、外部性のある財・サービスを提供するプログラムの費用対効果を計算する方法を開発し、世界で4人に1人が感染しているといわれる腸内寄生虫に対する虫下し薬配布プログラムの効果の分析に応用した。以下では、こうしたブログラムの評価がなぜ困難なのかMiguel and Kremer (2004) がその困難さをどのように克服したのかを見ていこう。

内生性バイアスの除去

まず、外部性以前の問題としてプログラムの評価にあたり考慮しなければならない問題が内生性の問題である [1]。 ここで治療を実施するプログラムを考えてみよう。このプログラムの評価をするには、単純に治療を受けている人とそうでない人の健康水準を比較すればいいと思うかもしれない。

[1]「外部性」「内生性」と、「外」「内」がつく概念が登場 しているが、この2つは対になっているわけではない。

しかし、プログラムに参加し、治療を受けるかどうかの決定にはいろいろな要因がかかわっている。例えば、治療を受けることを決定した人は治療を受けなかった人よりも知識がもともとあったのかもしれないし、健康に対する意識がより高かったのかもしれない。そして健康水準の差はそうした知識や意識の差による部分が大きい可能性がある。プログラム受益者の知識や意識というものはプログラム評価を行う際には計測不可能であることが多い。

このとき、測定された健康水準の差をもってプログラムの効果の推定結果とすると、推定結果がブログラムの効果を反映しているものか、知議や意識の差を反映しているものなのかがわからないという問題が起きる。つまり、推定結果にバイアス(偏り)が生じていることになる。このバイアスは、内生性バイアスと呼ばれる [2]

[2] このバイアスは、ブログラム評価の文脈では「セレクションバイアス」と呼ばれるものであり、計量経済学で内生性バイアスと呼ばれるものの一種である。

最近の開発経済学の実証研究の最大の関心事はこの内生性バイアスの除去にあったといっても過言ではない。そして、この内生性バイアスを除去するために開発経済学が辿り着いた手法の1つは、誰がプログラムの受益者になるかを無作為にくじなどで決めてしまって、プログラムへの参加の有無に他の要因がかかわらないようにしてしまおうというものだった。

この手法はもともと医学分野で開発されたもので、ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trials: RCT)と言われる。開発経済学では1990年代中盤からMichael Kremerがケニアにおいて教育施策でRCTを実施するプロジェクトを開始し、その後Abhijit BanerjeeEsther Dufloらが実証研究の1つとして大きく普及させた [3]

[3] 2019年のノーベル開発経済学賞はこの手法で開発経済学の発展させたことに対して、Abhijit Banerjee, Esther Duflo、そしてこの論文の著者の1人のMichael Kremerに与えられた。RCTアプローチ全体については、『経済セミナー』2020年2・3月号の特集(貧困削減のこれまでとこれから』経済セミナーe-Book no.17)、および補足サイト【リンク】にあげられている文献を参照のこと。

しかし、本論文以前にこの手法によって腸内寄生虫に対する虫下し薬配布の効果を評価した既存の医学的研究では総じて治療の効果は小さいと結論されてきた。

学校内外部性と学校間外部性

これに対し、Miguel and Kremer (2004) は、既存の研究では外部性が十分に考慮されていないことを指摘した。この文脈での外部性とは、ある児童を治療することでその児童と普段接触がある他の児童の感染確率をも下げ、結果として治療の対象とされなかった児童も治療の恩恵に与ることを指している。

その経路には以下の2通りが考えうる。1つには、その児童と同じ学校に通う児童が新たに感染する確率が低下する。また、同じ学校には通っていないがその児童と接触を持つ児童の感染確率も下げる。Miguel and Kremer (2004) は前者を学校内外部性、後者を学校間外部性と呼んだ。これらの外部性がある場合、単に治療の対象となった人とそうでない人の健康水準を比較しただけでは治療の真の効果を過小評価することになってしまう危険性があるのである。

このことを以下の単純化した図で見てみよう。

仮に直接治療政策の対象となったグループ(Treatment グループと呼ぶ)の健康改善効果がAだけあったとしよう。また、直接治療政策の対象とならなかったグループ(Control グループと呼ぶ)でもTreatment グループとの接触のおかげで生じた健康改善効果がBだけあったとしよう。政策の効果は通常この2つのグループの差のA-B=Cと測定される。

しかし、この例の場合、Bも治療政策のために生じたものであるから真の政策の効果は合計ではA+Bなのである。通常推定されるであろう効果 (C) と真の効果 (A+B)、つまり生じるバイアスの差は2Bであるが、これはそれぞれTreatment グループとの接触のおかげでControl グループに生じた間接的な健康改善効果B、および、それを考慮に入れなかったことによる直接効果の過少推定 (A-C = B) から生じている。言い換えれば、仮に外部性の効果(間接効果)に興味がなかったとしても、外部性がある状況の下では外部性を考慮することなしには直接効果もうまく推定できないのである。極端な話、一学級の半分にランダムに薬を与え、半分に与えないという治療の実験を行ったときに仮に間接のおかげで全員が治ったら、Treatment groupとControl groupの差はなくなるので間接効果を考慮しなければ治療の効果はゼロと結論してしまう危険性があるのである。

Miguel and Kremer (2004) はケニアの小学校75校(児童数合計3万人超)を3つのグループに分け、順番に虫下し薬を配布するブログラムを2年間実施した。最初のグループ(グループ①)は2年間とも虫下し薬の配布を受けた。2番目のグループ②は2年目だけ虫下し薬の配布を受けた。3番目のグループ③は2年間とも虫下し薬の配布を受けなかった。

各小学校が3つのグループのどれにするかは地域ごとにアルファベット順に割り振られた。厳密には無作為とはいえないが、ブログラム実施に関して、内生性の問題は小さいと考えられる。

外部性の効果の測定に関しては以下の工夫を加えている。まず、プログラム対象となった学校となっていない学校の間でそれぞれの児童の健康状態や出席率などを学校単位で比較することでプログラムの直接効果と学校内外部性をあわせた評価を行っている [4]。次に、各学校ごとに、一定距離範囲内に虫下し薬配布の対象となっている学校に通う児童数を計算し、それを学校間外部性の度合いの強さとしている。

[4] 論文中では、学校内内部性の効果と直接の効果を分離して推定する試みも行っている。

虫下し薬配布の対象となった児童が近くにいる場合はその児童の治療から間接的な便益を受けられる。したがって、そうした児童の総計は外部性の効果の度合いを測るものになる。もともとのプログラムの割り当てに内生性の問題がないので、外部性が生じる度合いに関しても内生性の問題がないと考えられる。このようにして、学校間外部性の効果の推定が可能となった。このアイデアを以下の単純化した図で見てみよう。

四角形のTとCはそれぞれTreatment グループの学校とControl グループ学校を意味している。また〇はその範囲で外部性が及ぶ範囲を示していて、ここではブロックと呼んでいる。ここでは、さらに、以下の図で縦長の〇で囲ったところに注目しよう。

ブロックBとブロックCのControl グループの学校はどちらも政策の直接受益者でないが、ブロックBのControl グループの学校は同ブロック内にTreatment グループの学校がいるので政策から間接効果を受けている。したがって、この両者の差を使えば間接効果を推定することができる。

同じことは、ブロックAとブロックBのTreatment グループにも言える。どちらも政策の直接対象の学校である一方、ブロックAではTreatment グループの学校は2校、ブロックBでは1校なので、ブロックAにおける効果は政策からの間接効果も1校分多い。したがって、この両者の差を使えば間接効果を推定することができる

そうして、Block Bだけを取り出した以下の図に見るように、ブロックBにおいてTreatmentグループとControl グループの差を比較すれば、前者は直接効果、および1校分の間接効果の便益があり、後者は1校分の間接効果のみの影響を受けているのでとその差によって、直接効果も推定できることになる (実際には1つの回帰式で直接効果と間接効果を同時に推定する)。

ここの議論において重要なのは、外部性が及ぶ範囲がわかっていてブロックを構築できることである。学校内のように全員が比較的近くにいるような状況で、かつ誰と誰が近くにいるかの情報がない場合は外部性の効果の推定は難しい。

以下のリンク先では、実際に以下のMiguel and Kremer (2004) の調査対象地域の地図を見ることができる。

〇は学校をさしており、番号はグループを指している。たとえば、②の学校それぞれを見てみると、どれくらい周りに①の学校が存在するかについて差があることがわかる。②はプログラム実施初年度直接受益を受けていなくても①の学校に近ければ間接的な便益を受けられると考えられ、その度合いは周りに①の学校が多ければ多いほど大きいと考えられる。他方、周りに②と③の2種類の学校しかないところもあり、このようなところには初年度には直接効果も間接効果も働かないと考えられる。

なお、実際の研究にあたっては外部性が及ぶ範囲がどれくらいかということも実証的問題ではあるが、Miguel and Kremer (2004) では直接治療政策が実施された学校から3km, 6km、といった異なった範囲を試している。

以上の方法で実際にブログラムの効果の計測を行ったところ、プログラム対象となった学校とそうでない学校では感染症罹患率に25%ポイントの差がみられたとされている。これは直接的な効果と学校内内部性の効果の和であるといえる。

さらに、学校間外部性の効果も大きいとされている。さらに3キロ以内にプログラム対象となった児童生徒が1000人いる場合、本人が在籍する学校が直接プログラム対象となっているいないにかかわらず26%ポイントの追加的感染率の低下がみられたとされている。プログラム実施前の感染率の平均は37%なのでかなり大きな効果といえる。

また健康面だけでなく教育面でも効果がみられた。このプログラムの直接効果により、年間出席率が6%ポイント増加した。また感染率同様に、3キロ以内にプログラム対象となった児童生徒が1000人いる場合、その学校の周辺地域でも年間出席率が4.4%ポイント増加した。プログラム実施前の出席率の平均は75%なので逆に欠席率25%からみれば大きな欠席減少効果といえる。ここでも学校間外部性効果が確認されたことになる。

さらにプロジェクトのコストとの比較の結果、外部性の効果だけでこのプロジェクトを公的に行うに足るものであることが示された。教育面に関していえば、教科書配布や授業料補助金などの、出席率向上のための他の施策と比べた場合、虫下し薬配布がきわめて効率的であると結論づけられている。これも外部性を含めた正しい評価が可能になってのことである。

Miguel and Kremerの教訓

Miguel and Kremer (2004) は学校内、学校間外部性への対処によって、外部性がある場合のプログラム評価に関して2つの教訓を残している。

第一に、外部性による効果を直接測る場合、学校間外部性に対して行ったように外部性の強さを指標化して、その指標の強弱によってどれだけ効果の違いがみられるかを分析すべきであるということである。第二に、学校内外部性の場合は、外部性が働く単位で、つまり学校単位でプログラム実施を決め、学校単位で結果を計測すべきだということになる。この場合、外部性の効果を含めてプログラムの効果を正確に計調することができる。

この論文が開拓した手法の応用範囲は広い。なぜなら政策や援助プログラムを実施する最も重要な理由の1つが外部性の存在であるからである。Miguel and Kremer (2004) は外部性が存在するときのプログラム評価の手法を考案し、その有用性を示すことで、プログラム評価の手法を大きく改善したといえる [5]

[5] 伊藤成朗 (2016)「開発経済学」([新版]『進化する経済学の実証分析』所収)では、Miguel and Kremer (2004) に対する疫学者からの批判を紹介している。


編集部付記

本研究で用いられた分析コードとデータは、【Miguel氏のウェブサイト】で公開されています。

http://emiguel.econ.berkeley.edu/research/worms-identifying-impacts-on-education-and-health-in-the-presence-of-treatment-externalities/

本論文の出版後、Miguel氏とKremer氏の研究結果をめぐって疫学・公衆衛生学など他分野の研究者たちも交えてさまざまな議論が交わされました。

そして、疫学分野のトップジャーナルの1つである、International Journal of Epidemiology の 44 巻 5 号(2015年)において、「Deworming Programmes, Health and Educational Impacts」という特集が組まれ、Miguel and Kremer (2004) の再分析に取り組んだ論文や、Miguel氏とKremer氏らによる応答論文が複数掲載されています。

https://academic.oup.com/ije/issue/44/5#220181-2594560


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