マッド・マックスからバラードまで!SFを討つべし!読むべし!観るべし!

執筆:electric pot-breaker of madness MAX(アパッチSF研一年SFパンチドランカー、日吉無宿ジャコビニ流星巻き舌トリプルクロスカウンター)
         

おすすめのS F作品をジャンジャン紹介します。文中に出てくる読書会とは当サークルが週に一度開催している活動です。


目次

マッド・マックス
マンダロリアン(STAR WARS)
ポリス・ストーリー/reborn(ジャッキー・チェン)
ウルトラヘヴン(小池圭一)
時間都市(J.G.バラード)


・『マッド・マックス』シリーズ(濠、米)メル・ギブスン

 去年の読書会でも扱い、大変好評だった作品です。今でこそハリウッドのドル箱ブロックバスター腑抜けシリーズに成り下がりましたが、オーストラリアで作られていた当時の熱量は物凄いものであります。それは劇中のカークラッシュの凄まじさ等から確認することができますが、我々もこうありたいと思う次第であります。製作者の証言によるとロケットエンジンを使用した爆発シーンもあったそうです。本当に羨ましい限りです。何事も大きいことは良いことなのです。ストーリーは無いに等しく、V8エンジン搭載インタセプターと言うとってもとっても速い車と大量の火薬を使った、主人公マックス・ロカタンスキーによる単純明快逆襲虐殺であります。
 そうだ、最低限SFの話もしましょう。『マッドマックス2』は核戦争後を描いたポストアポカリプスモノとして一応ジャンルは近未来SFです。一応と言いましたがなかなかロカタンスキーは侮れません。なぜなら最低環境での人間行為を描いた作品として、世紀末では、人は砂漠をバイクで爆走するというデフォルトを作りあげ『北斗の拳』などに大いに影響を与えたからです。読書会では世紀末、ポストアポカリプスがどのような世界でありうるのかということについて議論を交わしました。作品を比べたりするのも面白いかもしれません。妖精さんの世界になるのか…バイク野郎が覇権を握るのか……。
 また、このシリーズは良くも悪くも現在においても続いています。ただ、コロナ禍という閉塞的社会状況には確かに必要な映画であるにも関わらず、ハリウッドはその需要を無視してこのシリーズのスピンオフを作るそうです。やはりスピンオフというのはなにか大変危険な感じがします。と言うわけでオーストラリア万歳!


・『マンダロリアン』(2019~ STARWARS)ドラマシリーズ

 スターウォーズサガがいわゆる「シークエルトリロジー」(エピソード7、8、9)で迷走して以来、私はあの「屁っ放り腰ライトセーバー戦」やら「名物キャラクター集めれば良いでしょ宇宙戦」、「デススター下位互換」、「フォースのご都合主義的使用」は二度と見たくないと思っていました。しかし、やはりあの黄色いロゴが気になってしまう。もはや何かの依存性を持っているとしか言いようがない。(その主な原因は作曲家のジョン・ウィリアムズにある!!)
 ところがこのドラマシリーズにはライトセーバー戦はおろか、黄色いダラララ〜ってやつも(そしてジョン・ウィリアムズも)見られないときている。なんてことだ!?と思っていたけれどこれが案外面白い。
 スターウォーズとは何かというのを大雑把に説明しますと、帝国とそれに対する反乱側の戦いです。これをカッコよくダークサイドとライトサイドと呼びます。理想がそれぞれ異なります。ダークサイドは侵略と皇帝支配による統治、恐怖政治、ライトサイドは議会(元老院)による統治を目指します。ですからこれは非常に極端にいえば政権闘争でしかない。もっと極端に言えば特権階級政治一家スカイウォーカーのお家騒動である。
 確かに銀河中枢では政治闘争が行われているわけなのだけれども、この広い銀河系の中、辺境やら路地裏では権力も国家もクソもないその日暮らしの男一匹なんてのがわんさかいるわけでして。その日を生き延びるために必死な人たちがいる。そんな奴らは直接的にはなかなか描かれてこなかったわけです。が、このドラマはそんな奴らが出てくる出てくる。これでもかってくらい愛すべきクソ野郎が出てくる。
 主人公のマンドーもそんなお方の一人。元々孤児であるこの人は生きるために殺人をしなくちゃならない銀河一の必殺拝一刀ベスカーアーマーというわけで、レーザー銃をも弾き返すアーマーを着て人を殺しちゃあ金を稼いでいる宇宙版リンゴ・キッド。かっちょいい。
 この朴念仁があるときターゲットの、ヨーダのちっちゃい奴(小クリーチャー。これがまた可愛いんだ。)が帝国の残党に利用されようとするのを知る。で、なぜか知らないけれど、可愛かったのか、かわいそうだったのかツンツンデレデレそいつを親元へ返してやろうと思いつく。
 ここから凸凹二人の地獄はマーダーロード、母を訪ねて三億光年てのが始まります。そして段々とちびすけの素性や、マンドーの苦悩が明かされてゆく。先ほどに言ったような政治闘争にも近づいたりもするんだけれど、やはりこの二人の邂逅の奇跡と船旅での友情ってのが見どころですね。壮大な銀河での小さな関係ってのが元々スターウォーズの良いところ。ロードムービーはこうでなくっちゃ。だけれどもちろん血飛沫ブッシャー殺戮ドロイドストームトルーパー描写も素晴らしいから、観るべし。
 何が言いたいかっていうととにかく可愛いは正義!ということだ。であるから、可愛くなくて誰からも相手にされないくせにいつもめんどうくさいオタク主張ばかりして友達が一人もいないかわいそうな輩は是非きったない我らがサークルに遊びに来ていただきたくone pleaseで一つお願いコッポラ候ふ。それと、笹塚は立ってろ。


・『ポリス・ストーリー/REBORN』成龍(2017中国)

 ご存じスーパーカンフースタージャッキー・チェン(成龍)の傑作アクション映画『ポリス・ストーリー』(’85)の系列映画です。公開当時高校生だった私はこの映画を見るために横浜ららぽーとの映画館に行ったのですが、ハリーポッター(もどき)と同じ時期に公開されていたにも関わらず意外と多くの人がこの映画を見に来ておりとても感動したことを覚えています。やはり、日本人のジャッキー幻想というのはいつまで経っても解けないのでしょうね。
 ストーリーはカンフーによる巨悪からの家族奪還計画というショウブラザーズやら中華武侠小説にありがちな単純極まりないものですが、この映画は一味違うのです。というのは、この映画はSFであるのです(笑)。
 香港映画においてブロックバスターSFは流行りません。なぜなら世界一のスタントマンを大勢擁す彼らはアクションとアクションをつないで映画を作れてしまうからです。CGを制作して宇宙戦なんてそんな野暮なことはやりません。ただ『霊幻道士』(キョンシー)シリーズ、『かちこみ!ドラゴン・タイガーゲート』、『少林サッカー』等を見ればわかるように、スパイス程度のSF(CG,SFX)の受用が香港作品の素晴らしさにつながっているのも確かなことです。その素晴らしさが全開になっているのがこの作品です(笑)。舞台は近未来であり、所々にSFチックな建物が見受けられます。また、ジャッキーの敵は人造ソルジャーであります。そいつを相手に少々爺さんになってしまったジャッキーがSFギミック、ハイテクスーツを使って戦うのです。面白くないわけがない。これこそが恥も外見もないエンタテインメントなのです。多くの日本人がこの作品を見れば、ジャッキーも自身の超名作映画を捻じ曲げてまで作った甲斐があるというものです。見るべし!


・『ウルトラヘヴン』全三冊・小池桂一(2002〜)

 昔は『ラスヴェガスをやっつけろ』、『スキャナー・ダークリー』、最近では『ドクター・ストレンジ』、『レギオン』、もっと昔は『イージーライダー』、音楽ならクリーム、ピンク・フロイドと言うふうに人々はサイケデリックな表現を追い求めてきましたが、その点でこの漫画はいずれにも引けを取りません。
 幻覚剤が気軽に使用できるようになった近未来が舞台、誰もが手軽な気持ちよさを求めてそれを吸引しています。主人公はもっと良いブツをと衝動的にドラッグを探し求めている。物足りない!「現実」をくれ!仮想現実じゃなく「現実」を!典型的なジャンキーですね。そうして壮大でそしてちっぽけな、現実的でかつ虚しい文字通りtripが始まります。相次ぐフラッシュバックで何重にもなった、異常なまでに緻密にかかれたサイケデリック描写は非常に読み応えのあるものです。


・『時間都市』J.G.バラード(1969創元推理文庫)

 つらつらと偉そうなことばかり書いていますが、SFをきちんと読み始めたのはここ数年でありまだまだ知らないことが多いです。今年はたくさん読みましたがその中で、一番楽しめた作品が何であったかと問われればこの短編集を挙げようと思います。一應大学生であるためテスト期間という悪夢の時間が存在するのですが、その乾涸びた点数競争の時間に彩を与えてくれたのが他でもなくバラードでありました。
 「内面世界」にこそSFのむかうべきところであると言ったこの方は「サイエンス」の文化に何やら怪しげなものを混入させようとしているのでは無いか?と批判されたりしました。読んでみるとわかりますが確かにSFらしくない。どちらかというとファンタジーに近いのです。或る動きがあったとしてその力の源が物理学的、論理的にはわからない。不条理であると言って良い。彼を中心としたニューウェーブSFは物理学的ハードSFへの批判でもありました。そのため一風変わった作品になっています。ですが、なぜか読者は彼の丁寧でかつ執拗な「その動き」の描写に涙が出てくるほどのノスタルジアを感じ、「その動き」の源泉思想に刺激を受けるのです。夢の中にいるような気分にさせてくれるような、詩情溢れるこの短編集は古びることなく我々に不思議な体験をあたえてくれるのです。
 バラードにはもう一つのジャンルというか方向性があります。たっぷりの皮肉と共に世界を極端に表現してみせるような作品群です。これこそがSFの為せる業であるというのはいうまでもなく、古くはウェルズ、ヴォネガットからディックまで、現実世界の趨勢に鋭く切り込むような優れた作品を生み出してきました。我々の小さな小さな思考の幅では考えもつかぬような、そういった世界や価値観を与えてくれるのもSFであります。私がバラードの魅惑的な文字の羅列に、全く残酷で巧妙な物語のオチにハッとしたことが何度あったことか。


SFに興味のある方は是非体験にでも来てください。
自由なサークルですから気負う必要などは全くありません。
このノートの内容は非常に偏向的ですが、サークルにはいろいろな人がいますから安心してください。


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