手塚治虫のSF~「漫画の神様」が描いた未来

文責:おむしす


前書き

手塚治虫といえば、「漫画の神様」とさえ称えられる、日本で最も高名な漫画家の一人です。紹介したい作品は色々ありますが、SF研究会のnoteということで、ここでは彼の多様な作品のなかからSFというテーマに絞って幾つかを選び、少し解説したうえで感想等を述べたいと思います。

※「作品紹介・あらすじ」では核心に迫るネタバレはなるべく避けますが、感想部分には本編の内容が少なからず含まれるので、前情報なしで読みたい方はご注意ください。


① 『火の鳥 未来編』(1976)個人的おすすめ度★★★★★

作品情報あらすじ:生き血を飲んだ者に永遠の命を与えるという鳥をめぐる、過去から未来を舞台とした長編シリーズ『火の鳥』の第二作。西暦3404年、荒廃した地上を捨てた地球人は地下都市に細々と生活し、電子頭脳にすべての決定を委ねていた。宇宙戦士山之辺マサトは所持を禁止されていた種族ムーピーの女性タマミを愛したために、上官にあたるロックらに追跡され地上に亡命する。その先で出会ったのは、絶滅動物の再生を目指す孤独な科学者・猿田であった。やがて電子頭脳によって引き起こされた核戦争によって人類が滅びさったとき、地球の分身を名乗る「火の鳥」がマサトの前に現れ、人類と地球の復活を見守る使命を与える。


感想・解説:なんといっても驚かされるのは、人類が滅亡し、原始生命の発生が再び起きるまでの何十億年の気が遠くなるような歴史を語るというスケールの大きさだろう。しかもそれをただ淡々と語るのではなく、強制的に永遠の命を与えられた語り手マサトの孤独にさいなまれる描写と結びつけることによって、絶望的なまでに長い時間が過ぎていくことが効果的に表現されている。

 また、登場人物同士がぶつかり合った結果、最終的にマサト一人が取り残されるという過程も印象的だった。タマミとともに生きたかっただけのマサト、彼女を奪おうとするロック、彼女を愛してしまった猿田博士、「自分の決定が計算上最善」と頑強に主張し合い戦争を命じる電子頭脳たち…結果、核戦争によって人類は滅び、ロックの行動で対放射線手術もできなくなり、彼も猿田もマサトを残し死んでいってしまう。何十億年という孤独の果てとはいえ、最後に「宇宙生命」としてマサトとタマミが安住の地にたどり着けたのはせめてもの救いだろう。

 本作は一種の「終末もの」であるといえ、当時の現実における核兵器やコンピュータ技術の発展を反映し、その延長線上にあり得たかもしれない未来を描いた作品として完成されている。強いて欠点を挙げるならば、猿田の過去エピソードなどを少し冗長に感じる方もいるかもしれない。


② 『来るべき世界』(1951)個人的おすすめ度★★★☆☆

作品情報・あらすじ:『ロストワールド』『メガロポリス』と並び、手塚治虫の「初期SF三部作」と称される作品であり、のち『フウムーン』としてアニメ化。超大国スター国とウラン連邦の対立が激化するなか、世界各地に重力操作技術を持つ謎の第三勢力が出現する。彼らの正体こそ、両国の核実験の影響で突然変異を起こし生まれた新人類「フウムーン」であった。ケン一少年は友好的なフウムーンの女ロココと力を合わせ行方不明となった叔父の探偵伴俊作(ヒゲオヤジ)を探しにウラン連邦へ向かうが、彼はその先でウ連人のイワンやポポーニャ、スター国のスパイとなった少年ロックらとともに地球に迫るもう一つの危機を知ることになる。


感想・解説:「あらすじ」を見るといかにもSF冒険漫画という風に見えるが、手塚特有のユーモアとギャグが随所にちりばめられた一作である。そのシュールさとは裏腹に、テーマが反核兵器・あるいは戦争反対にあることもまた明らかである。冷戦期の米ソを(ステレオタイプ化されすぎている感は否めないが)戯画化したような二大国・スター国とウラン連邦の男たちが原子力実験の危険性について訴える山田野博士に耳もかさず、すったもんだの小競り合いを演ずる場面などによく表れているだろう。「笑い事じゃない」というお声もあるかもしれないが、どちらかと言えば本作は冷戦期の核軍拡に勤しむ大国を皮肉った一種の風刺喜劇作品として読むとしっくりくるかもしれない。

 コマ割りや作画にだいぶ癖があってなじみにくい点は少々気になるが、独特なキャラクターたちが織りなす群集劇はなかなか興味深い。特に以前からいがみ合っていたレドノフとノタアリン(ア連とスター国の高官)が、地球滅亡寸前になって「人間バンザイ 世界の文化‼ バンザァイ』と叫び抱擁しあう姿は、コミカルながらも何か胸を打つものがある。


③『U―18は知っていた』(1976、『ブラック・ジャック』シリーズより)

個人的おすすめ度★★★★☆

※手塚治虫文庫全集063『ブラック・ジャック』6巻などに収録

作品情報・あらすじ:法外な治療費を要求する代わり、あらゆる手術を成功に導く黒服の無免許医「ブラック・ジャック」を主人公とする物語の一エピソード。米国のある病院では、ワットマン博士の設計したU-18(通称『ブレイン』)という名の人工頭脳が院内の全てを統御し、手術までも行っていた。ある日この「ブレイン」は反乱を起こし、患者全員を人質にとって職員たちを脅迫する。その要求はなんと、天才医師であるブラック・ジャックを読んで自分を治療させる事であった。はたして彼は、この前代未聞の「患者」を治せるのか。


解説・感想:リアルな医療漫画というイメージが強い本作だが、実はこのエピソードの他にも意外とSF的なエピソードが存在していたりする。ブラック・ジャックの患者は時にエスパーであり、時にはミイラであり、幽霊であり、宇宙人(!)なのである(気になった方は是非該当エピソードを探していただきたい)。しかし相手が何者であれ、治療費さえもらえれば全力を挙げて治すというのが彼のポリシーであり、今回の患者U―18も決して例外ではない。ブレインの電源が切られた隙に解体してしまおうと主張するワットマン博士を「産みの親なのに、自分の子どもが病気だからと言って捨ててしまうのか」と一括する彼の姿からもそれがよくわかる。

 ブラック・ジャックの頑固とも真剣ともいえる心意気が伝わってくるとともに、70年代に書かれた回でありながら現在の人工知能技術の発展を予期したかのような作品である。ただ個人的には、U-18側が治療を求めるようになるまでの動機付けがもう少し詳しく欲しかったということで☆4つとさせていただいた。


あとがき

ここまでお付き合いいただきありがとうございます。ここで紹介した3作は、手塚治虫の多様なSF漫画作品のごくごく一部に過ぎません。それでも、少しでもSFや手塚作品に興味のある方に読んでいただけたならば嬉しいです。

興味を持ってくださった方もそうでない方も、是非一度SF研に足を運んでくださると光栄です。ご連絡はtwitterのDM(@keio_sf)まで。週約二回の読書会でいろんなSF映画、アニメ、小説、漫画などを鑑賞したり、議論したりしている団体です。

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