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ボイルボイルボイラーマンボボボボボボラティリティ①

「よろよろよろしくくくくお願いします。」
扉から半分顔を出していたバーコード & はげ & メガネのオッサンは、
こちらを一瞥した後、何も言わずにアゴで明後日の方向を指し示した。

その先には、邪知暴虐の王に激怒したメロスのように震えながら蒸気を吹き出し続けている寸胴型のタンクとそこから伸びるパイプ群。
吹き出す蒸気には白煙が混じり、熱膨張する鋼鉄がパキパキと悲鳴を上げている。
セリヌンティウスは処刑間近のようだ。
胸ポケットから抜き出したラッキーストライクに火を付ける。
深くひと吸い。
もはや震える、というより上下に揺れているタンク ─"火気厳禁"と書いてある ─ で吸い殻をグシグシと揉み消した。
銃声のような甲高い破裂音。
ナットが吹き飛び、パイプの抜けた穴から高圧蒸気が噴き出る。
それを意にも介さず、彼女は背中に担いだ化け物みたいなサイズのモンキーレンチを抜いた。


渋谷のスクランブル交差点の地下から突如出現した"アンゴルモアの大王"は、全長145m(ひよこ、ぴよぴよ)の巨大な体躯を持っていたが、自分を見下ろす渋谷ヒカリエ(175m)に出鼻を挫かれたのか、暴れまわることも無く、何日経っても微動だにしないまま、その場に立ち尽くしていた。

恐らくは人類の歴史上最大規模の出オチに、最初こそ人々は困惑したが、この世のどんな道具を使っても、切り倒すことも移動させることも出来ず※、その間もなんら反応を見せないでいたダイダラボッチに、人々の興味・関心は徐々に薄れていった。

※"アンゴルモア"のゴム質の表皮は、とてつもない硬度だが、その構成成分は驚くべきことにほぼ「タンパク質」であり、切り倒そうとした際に削り出された表皮組織の欠片は人間でいうところの"垢"にあたると想定される。

気付けば"アンゴルモア"の東西南北には喫煙所が設置され、瓦礫に埋まった「忠犬ハチ公」と「モアイ像」に代わる新たな待ち合わせ場所になった。「アンゴルモア西」に位置するセンター街を皮切りに飲食店が営業を再開していき、各店舗はこぞって「アンゴルモア定食」なる珍メニューを掲げ、行動力にステータス全振りしてるヤツが「アンゴルモア饅頭」を、胡散臭い外国人が「アンゴルモアTシャツ」を道で売り込み始めた。

そんなある日、誰かが頭上を指さして言った。
「なんか動いてるわな。」

それまで微動だにしなかったアンゴルモアの大きな口がゆっくり、ゆっくりと開き始め、ぼわりと輪っか型の黒煙が吐き出された。
愛煙家が暇つぶしにタバコを輪に吹くように吐き出されたその黒煙は、その形をキレイに保ったまま、渋谷ヒカリエ(175m)の顔面にぶつかり、砕けて散った。
散り散りになった煙の残滓は、そのまま天へ。

見上げる人々は、その黒煙が、続くシンゴジラ的熱光線の序章に違いないと我先にと逃げ出し、甲州街道に末期的渋滞をもたらした。
全国の喫煙者たちは、慌てて点けたばかりのタバコを一吸いだけして灰皿に投げ捨てて喫煙所から飛び出し、非喫煙者は「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」と似非関西弁を喚きたてながら阿波踊り、イカれたインスタグラマーが「まじアンゴルモア」というつぶやきとともに写真を上げた。
マスコミ各社の報道ヘリが、どれだけ近くからの映像を国民皆々様にお届けできるか?のチキンレースを繰り返し、世界の終末をカウントダウンのように報道し始めて一週間。

"アンゴルモア"の口からは黒煙だけが垂れ流され続けた。
言い出しっぺのマスコミ各社が、それでもなんとか世界を終末させようと躍起になって、日々の変化を探し続けたが、開ききった口はこれ以上は開きようもなく、第二形態や第三形態への進化もありそうもなかった。

一カ月が過ぎ、半年が過ぎ、忘新年会で、全国の喫煙者たちが「アンゴルモアの形態模写」としてタバコを輪に吹く芸を披露し、底辺にまで落ちていた喫煙者の市民権がホームレス程度に向上したり、しなかったりした時にも"アンゴルモア"の口からは黒煙が垂れ流されていた。

年が明け、「今年の冬はなげぇな」が喫煙所で聞く他人の会話No.1になったころには時すでに遅く、垂れ流された黒煙は空を覆いつくし、
この国から春と夏が消え、永遠の冬が訪れた。

"アンゴルモアの冬"を生き抜くために、ボイラーの火は絶やせない。


つづくー、どうぞよろしく、よろしくどうぞ。



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