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Vol 7.再び、キンシャサに行く決心をした日!

★どの時も自分の耳で生の音を聴いて、これだと思ったものに対してはまっすぐに、それに向かって突き進み行動してきた。

 どんなに周りから反対されようが、関係ない。     私自身が決めた事だ。

 自分の耳を100%信じブレない。誰がなんと言おうと自分はこれ!                                                     そうやって私は大きな人生の選択をしてきた。   

                

 そして、私の人生は、音と人の出会いによって、導かれているようだ。


 カリブ海諸国など、数年の音楽放浪旅の中で、コンガ(太鼓)をやる決心をして帰国。東京でコンガを習いに行きだし、少し経った頃、女のその細い腕じゃ無理だと言われ、        

 ”なんじゃそれーーっ!! ”
て、怒り、呆れ、なら、日本とその先生に見切りをつけ、一流のコンガ奏者が沢山いるニューヨークに行って 一流のコンガ奏者の弟子になってやると再び、日本を飛び出しニューヨークへ向かった。

そして、約半年間、ほとんど世界的に有名なコンガ奏者のライブは見尽くしたが、自分がこの人と思う人はいない。困ったと、思っていた頃 無名ではあるがキューバ人のコンガ奏者のグループのライブを、見に行ったら、!!
これが感動もの! 
  キタ〜!
 
こんな美しいコンガの太鼓の音と柔かでしなやかな叩き方は見たことない!もう、魂が打たれた感!?一瞬で、この人の弟子になると決めた。これが自分のコンガの師 ロベルト ボレロ氏との出会いだった。それから、数年、ニューヨークに住み、彼のもとで1年、弟子入り?コンガ修行?と、サルサのダンスを踊り明かした。

 その後 帰国して、サルサのバンドに入るかと思いきや、日本の伝説的なバンド ”じゃがたら”のメンバーとしたやっていた矢先、東京でアフリカはコンゴのスーパースターこと 
  ”Papa wemba &Viva la musica” が来日していて、そのライブを見て、ブラックアフリカンパワーの音とリズムにやられ、このバンドに入りたいとじゃがたらをやめて、パリに向かった。まあなんと本能の赴くまま!? いや、これも音のお導き!? 音が私を誘う!!

 しかし、周りから出る言葉は、           
「日本人の女が有名なアフリカのバンドに入れる訳ない。」
「その歳で?フランス語もアフリカの言葉もわからないのに、無鉄砲すぎる。」   絶対ムリ ムリ、、、。」

 出ました!日本人 得意の出来ない理由探し!! 
 まだやっていもいない事、なんでそう断言できるのか? やってみなきゃ わからない。ダメでも自分で行動した結果がそれなら納得できる。

 そんな中、”ケイコちゃん、ならきっとできるよ”と唯一、応援してくれ、送り出してくれた母と父には本当に感謝だ。こうして、パリに旅たち、その半年後にはメンバーになれ、その数年後にはワールドツアーにも参加することもできた。                        

 上の絵はコンゴの伝統的な太鼓、 Mbumda,Ngoma と呼ばれ、一本の木をくり抜いて牛皮を張ったもの。Papa&Vivaと並行してこの太鼓のグループ    ”E LIMA”(元は旧ザイール国立舞踊団)のメンバーにもなり、ここでコンゴの伝統的なリズムを覚えた。パリに住み、練習とコンサートの日々が約14年続き、帰国。そんな私がしばらく、そんな劇的なこともない月日が続いたのだが、ある日 突然、その時はまたやってきた。   

 2014年の8月の夏 富山のスキヤキ祭でコンゴのキンシャサから ”jupiter&okwess international”と言うバンドが初来日することになった。DVD "Jupiter's dance"を、見て以来、彼らの大ファンになった私はその知らせに喜んだ。ドラマーはMontanaだ。2011年に来日した"Benda Bilili"で、私はゲストとして、一緒にステージで演った。その時のドラマーが彼だったので、今回、来日する前にMontanaとメールで連絡を取り合った。   コンサート当日、私は富山に向かった。  駅を降りて歩いているとドラムの音が響いてきた。近ずくにつけ、次第に音楽が聞こえくる。ジュピター達の音だ。その音が道案内となり、私の心は踊り、吸い寄せられるように向かう。一体 何度、同じようなシチュエーションでこんな気分になったことか、ニューヨークのだだっ広いブルックリンの公園での夜のコンサートの時もフランス郊外のフェスティバル会場の時も道に迷った時、いつも太鼓の音が道案内人となり私をその場に連れて行ってくれる。いや、人生そのものが導かれていると言う気がしないでもないが。        この時もそのまま音につられ行くといとも簡単に中に入れ、ステージ前に着いた時、ちょうど サウンド チェックが終わったところだった。ステージからMontanaが私を見つけ、”keiko 久しぶりー”とやって来て3年振りの再会後、みんなを紹介してくれた。 富山の気持ち良い風が吹き抜ける中、野外コンサートは始まった。

 いきなりアップテンポな曲から始まり、そのままグイグイ飛ばす。それにつられ、子供から年寄りまで、みんな踊る。踊る。一見 ロックっぽく、ファンクっぽく、アフロビートっぽく、、しかし その中にはぎっしりコンゴのフォークロールが散りばめられていた。ギターの独特のメロディーのリフレインは少し呪術的で私たちをどこか異次元に連れて行ってくれるような、、、、?この夜はステージと観客達とが 一体になるくらい大きなグルーブ感に包まれた。
 そして、私の心に久しぶりに大きな火がついた。彼らのコンゴの音に呼び醒され、キンシャサに行きたいと燻っていた火がパッと燃えついてしまった。この感覚は久しぶりだ。                              コンゴの神様に呼ばれている。だから必ず行く。と、、。勝手に思う私であった。

Papa Wemba& Viva La Musica Dixieme commendement                                      ワールドミュージックが流行っていた頃。初めてコンゴ人だけのアレンジでリンガラポップスを世界に向けてアピールした名曲!

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