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読書は錯綜する。

読書は錯綜する。

イリアスとソラリスとエミリー・ディキンスン。
エミリー・ディキンスンの詩は大好きで度々立ち返るところですが、少し彼女の名前で検索してたら、多和田葉子さんのエッセイが出てきた。

多和田さんは岸見先生が紹介されてて興味を持った方です。
詩人で面白い小説も書かれている。
母国語ではないドイツ語で書いた本も多数ある。

エミリー・ディキンスンに惹かれて多和田さんの本を取り寄せてみたら、彼女のことが書いてあるのは、アマスト(ディキンスンが生涯を過ごしたところ)の僅か4ページの章の中の最後の1ページ。

それでも、その僅かな行から、彼女がディキンスンの目で眺めようとしているのが伝わってくる。
最後に、
〜ディキンスンの詩集を借りて読み始めたので、わたしの中でアマストへの旅はその後もしばらく続いた〜
とあった。

私はこれで十分である。

ディキンスンの詩を彼女と一緒に読んでいるような気分になれるから。

英語で読みたいけれど、なかなかハードルが高い。
でも、随分前に買ったこの美しい本は読まれるのを待ってくれているようだ。

彼女は手紙を多く書いた人でもある。
詩は彼女にとって世界への手紙だとある。

彼女からの手紙を読むように詩を読む。これこそ読書の醍醐味というものだろう

ただ、今はまず『ソラリス』。

このように、読書は錯綜するのであった…

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