見出し画像

犯罪心理学

善人と悪人という言葉は、私たちの日常生活の中で頻繁に使われています。善悪の判断こそが、社会生活を営む上で最も大切なこととも言えます。

教育の現場でも、何が善いことであり、何が悪いことであるのか、その区別をはっきりと教えていかなければ、教育ということにはなりません。

しかし、私達が、普段使う善悪の区別は、社会生活を営む上での区別にすぎません。つまり、みんなが平和で傷つかずに営む社会生活にとって、それを乱すような行いは悪として裁かれ、刑事罰が与えられていきます。
逆に、平和な社会生活を支え助長していくような行いは、善とされ褒賞が与えられていきます。

殺人を例にとります。
人を殺すような人は平和な社会生活を乱していく危険人物ですから、当然、悪人として裁かれていきます。
一方で戦争中は、国の平和な社会生活を維持するために、敵国は邪魔な存在であり、悪となります。そうすると、悪である敵国の兵を殺すことは善なる行為とみなされ、褒賞が与えられていくのです。

人を殺すという同じ行為が、その時の都合によって、善にもなり悪にもなるのが、人間の判断なのです。

私を取り調べた刑事はこの理屈を使ってきました。

「もし自分が警察をクビになって家族も食べるものがなくなったら、俺はスーパーで食料を盗むよ。だから、あんたが人のものを盗む気持ちもわかる。それだけ切羽詰まってたんだね。」

は?いやいや、それは違う。
今警察官をやってるんなら、何があっても正義を貫く発言をしなくてどうするの?と思いました。冷静に考えると全く説得力がありません。ぼんやり聞いていたら、こんな罠に引っかかるんですね。

取り調べでは、強圧的な態度と親身さを交互に繰り返し、それとなく誘導を図りながら自白を迫ってくるんです。
そして、否認していても一つ一つ丁寧に同意させながら、犯人確定への階段を登らせるのです。

警察の取り調べでは、<生い立ち>が聞かれます。
育った環境や通った学校、就いた仕事や家族のこと・・・
そこから、犯罪に至るまでを上手くストーリー化させます。

私の場合も、警察があらかじめ調べてきた私の生い立ちをもとに警察が取り調べをしてきましたが、どこをどう調べたのか間違いだらけで、YES NO答えることもなく黙秘しました。話したところで、私がこの事件の犯人ではないという結論にもなりそうもないですし。笑

犯罪心理に関しては、<日本犯罪心理学会>なるものが存在し、相当な研究がなされているようです。
犯罪を犯す人間はある程度、分類化されており、答えの如何によっては犯人である可能性が上がるようです。

色々勉強して思ったことは、本当に無実なのであれば、何も喋らないのが一番のような気がします。

ここから先は

0字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

★★★ 本記事は「投げ銭」形式です ★★★ 価格設定をしていますが、記事自体は全文無料で読めます! 頂いたサポートにつきましては、裁判傍聴や各種調査等の活動に使わせて頂きます。よろしければ、サポート頂けると嬉しいです。