最終話 あなたの来る場所じゃない
いつもの朝だと思っていた。
何の前触れもなく、そのときは訪れた。
工場に出ていた僕は七ヵ月にわたり過ごした独房に戻され、少ない荷物をまとめて看守に促されるまま移動した。
釈前寮に移るという。
そのとき初めて、二週間後に自分が出所することを知った。
一般的な旅館の客室みたいな部屋に入れられた僕は、なんだか落ち着かなかった。
ほんの少しだけ開く窓から、懐かしい街の景色が見えた。
間もなく自分はあそこに帰れるのだと思うと、安堵とともに不安が襲ってくる。
不自由さからようやく解放されるのに、急に自由が怖くなった。不自由はある意味、無責任でいられる。何かや誰かに従っていればいいからだ。
自由の身になったとき、僕はちゃんとやっていけるのだろうか。
ただ、ただ、心細かった。
出所する数日前、僕がお世話になった看守が様子を見に来た。
彼女は涙ぐみながら、僕に言った。
「ここは、あなたの来る場所じゃない。二度と、ここに戻って来てはならない」
どうしてもそれを、僕に伝えたかったらしい。
世の中の底辺のような場所にいた僕に、そうやって言ってくれたことが有難かった。
罪を犯した人間が言うことではないのかもしれないけれど、刑務所は孤独でつらい場所だった。
それまで大切にしてきた多くのことを失い、生きていく術がわからなくなり、毎日不安を感じながら過ごした。
特殊な環境下で暮らすことに耐えられず、何度も気が狂いそうになった。
未来に希望なんてなかった。
じゃあ、それが現在も続いているのかというと、そうではない。
今の僕は、当時、想像すらしなかった人生を生きている。
欠点は、相変わらずたくさんある。ダメな自分を自覚するたびに、どうしようもない奴だなと思う。
そんな僕でも、人生をやり直すことはできた。
夢も希望もない、あのときの僕に、今の僕が声をかけられるのだとしたら、言いたいことは一つしかない。
「何があっても諦めずに生きろ」
人生は自己責任のもと、自分でいかようにも創れるものなのだから。
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