実名犯罪報道ツイートの削除を命じた最高裁令和4年6月24日判決
最高裁判所第二小法廷は、2022(令和4)年6月24日、Twitter社に対し、ある一般人の逮捕報道を紹介した投稿14件を削除するよう命じました。
逮捕や刑事処分は、8年以上前のことでした。
実名犯罪報道やこれをインターネットで転載・紹介する行為には、誹謗中傷を招いたり、更生を妨げる弊害があり、深刻な議論が続いています。
Googleの検索結果については、2017(平成29)年1月、厳しい要件を満たした場合に限り削除を認めるという最高裁決定が出ていました。「忘れられる権利」について論じられた事案としても有名です。
今回の判決の要件は平成29年決定の要件より緩やかなので、被疑者を実名で報じた記事・投稿の削除が認められやすくなるという見方が出ています。
注目度の高い判決と言えるでしょう。
ただし、筆者は上記の見方にやや懐疑的です。
今回の最高裁判決の結論には賛成であり、「忘れられる権利」については、確かに一歩前進かも知れません。
しかし、法廷意見や補足意見には、削除請求を制約する方向の論理も含まれています。今後、一線の実務家が、本判決をどう使うかが重要でしょう。
なお、実名報道問題関連は、下記記事もぜひご参考ください。
今回の判決について
最高裁判決の全文
最高裁判所令和4年6月24日判決(令和2年(受)第1442号)の全文です。
ポイントは後でまとめますが、できれば全文読むことをお勧めします。
原判決の全文
原審である東京高等裁判所令和2年6月29日判決の全文です。
削除請求を認めないというものです。
これを令和4年6月24日最高裁判決が覆したものです。
ポイント
最高裁判決の法廷意見のうち、最も重要な部分をピックアップします。
判決へのコメント
①「公共の利害」と「速報性」の強調
まず、判決は、上告人(原告、一般人)が建造物侵入の事件で逮捕されて、その段階で一斉に実名報道されたことについては、軽微でない犯罪事実に関するものであって「公共の利害に関する事実である」と述べています。
「公共の利害に関する事実」については、名誉毀損罪の特例が規定されており、民事事件でも参照されています。
さらに、判決は、元の実名報道記事は既に削除されていること、今回問題となった各ツイートは報道記事の一部を転載したものであって、ツイッターの利用者に本件事実を速報することが目的であったとします。
この「速報性」については、報道機関が、実名犯罪報道の重要な根拠として主張しており、最高裁もこの主張を念頭に置いていると思われます。
最高裁は、本件逮捕直後の実名報道やその転載が「適法である」と断定したわけではありませんが、「公共の利害」や「速報性」に言及した以上、適法性を示唆しようとしたと読まれかねません。
また、仮に元の実名報道記事が短期間で削除されたとしても、インターネットでいったん拡散されれば取り除くのは困難です。Googleの検索結果から削除できればマシになりますが、平成29年最高裁決定は、高いハードルを掲げています。
つまり、実名報道は、短期間で削除されれば良いという問題ではなく、被疑者を特定できる形で報道すること自体が最大の問題なのです。
(なお、今回の事案では、Googleの検索結果からの削除は実現できており、Twitter上の投稿の削除は出来ていないという事案のようです。)
②刑の言渡しの効力への言及
報道ないし投稿から、どれくらい経過すれば削除請求が可能かというのも重大な論点です。
最高裁は、いつから請求可能とは述べていませんが、上告人の逮捕から8年以上経過していること、逮捕後に受けた10万円の罰金刑は5年経過によって言渡しの効力が失われたこと、に言及しています(刑法34条の2第1項)。
刑罰を受けると、特定の職種や資格の取得等が制限されます。
刑の言渡しの効力が失われると、このような制限は無くなるのです。
なお、本件は違いますが、懲役刑では執行終了後10年、執行猶予付き懲役刑では猶予期間の経過をもって、刑の言渡しの効力が消滅します。実務上、執行猶予期間の標準は3年となっています。
さて「刑の言渡しの効力」が、実名犯罪報道に関する削除請求の基準に持ち込まれてしまうのであれば、それは一つの問題となります。
とある一般人が逮捕されて実名報道となり、その後に罰金刑あるいは懲役刑を受けたとします。もし、刑の言渡しの効力が失われるまで、実名報道投稿の削除が認められないとすれば、刑の確定から3~10年間、削除が認められないことになるからです。
③ 刑罰権の強調と判断基準のねじれ
上記①②で述べた事と重なりますが、最高裁は、随所において刑法の規定を引用しています。本判決の特徴といえるでしょう。
草野耕一裁判長の補足意見で、その理由が述べられています。
草野補足意見は、一般人の実名犯罪報道については、制裁機能(一般予防、特別予防、応報感情の充足)を事実上有していることを認めた上で、国家が刑罰権を独占していることから、実名報道の制裁による社会的利益は僅かなものであると述べています。この点は筆者も賛成です。
一方、犯罪者に対する刑罰権は国家が独占しているというのであれば、企業や私人が実名犯罪報道をすることが許されるかどうかも刑罰とは別個の観点から検討すべきではなかったか、と素朴に思います。
「いやそうではなく、法律上の制裁に『付加』して報道するのはOKなんだ」というかもしれませんが、今回の実名報道記事もそれを転載したTwitter上の投稿も、逮捕直後になされたものです。
刑事裁判の鉄則である「無罪推定原則」によれば、逮捕段階で国や私人が「制裁」をすることは許されない、という帰結になります。
そうすると、実名を掲載した者としては、「当初の実名掲載は『制裁』ではなかった。有罪確定後も実名掲載を続ける理由には『制裁』『社会防衛』も含まれる。」と説明するほかありません。
現に法廷意見は、「本件事実を公表されない法的利益」が「本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情」に優越した場合に削除請求が認められるとしています。
つまり、削除請求では、損害賠償請求とは異なり、掲載時点ではなく、現在も掲載し続ける理由が問題となるのです。
とはいえ、法廷意見は「本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化」を考慮事情として挙げており、本件各ツイートがなされた時の状況や「速報性」についてもかなり紙幅を割いて論じています。
つまり、実名掲載当時の社会状況において実名掲載の意義があったとすれば、その後に掲載し続けることについても、ある程度プラスに援用する余地が残されています。
論理的には中途半端ともいえるし、実名を掲載した側に配慮したとも取ることができます。
いずれにせよ、今後、個別の事件で激論が交わされるでしょう。
④ 救済拡大へのヒント
救済拡大に繋がりうる点にも着目したいと思います。
まず、最高裁は、今回の削除請求を認めるにあたり、既に、報道機関の実名報道記事がネット上から削除されていることにも触れていました。
重大事件あるいは公人の事件でなければ、実名報道記事は、報道機関のウェブサイトから短期間で削除されることが多いです。
つまり、今後の裁判実務で、報道機関のウェブサイトから記事が削除された事実を重視する運用となれば、刑の言渡しの効力が切れる3年~という月日を待つことなく、実名報道を引用したツイート等が削除できます。
また、前記のとおり、最高裁は、実名公表による不利益が、「本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情」に優越する場合、削除請求を認めます。
実名報道後に不起訴となった場合も、国家が刑罰権を発動しないという判断をした以上、制裁や社会防衛の観点から実名掲載をし続けることはできないので、早期の削除請求が認められる余地があります。
このあたりは、現場の弁護士や裁判官が本判決をどのように「使う」かにもかかってくる問題ですから、今後の動向に注視したいと思います。
⑤草野補足意見の疑問点について
最後に、草野耕一裁判官の補足意見の問題点に触れます(※全文は上記リンク先参照)。
同補足意見は、実名犯罪報道を痛烈に批判したとも取れる内容であり、法曹や報道関係者に強烈なインパクトを与えています。
筆者も実名犯罪報道には批判的であるため、草野補足意見には賛同できる点も多々あります。
しかしながら、疑問点や行き過ぎた記述もあります。
↑ 凶悪事件はそれに応じた重罰が科されるのであり(日本には死刑制度もある。)、それとは別に、実名報道記事を掲載し続けることでトラウマ解消の利益があるという理由や医学的根拠が分かりません。
また「犯罪者が公職に就く現実的可能性」については、その範囲や測定方法も気になるところです(※なお、原判決では、本件上告人が公務員試験を受けた事実は認定されている。草野補足意見の「公職」は狭義か。)。
↑ 実名報道記事を掲載し続けるブログ等の読者には「地元で犯罪者と接点を持ちたくない。」「犯罪者を雇用したくない。」「凶悪事件の犯人が誰か知っておきたい。」「単純に事件や犯人に興味がある。」という素朴な関心を持った人もいると思われます。
逮捕された被疑者の氏名や容貌等をあげつらって嘲笑する報道・投稿があることは事実です。
しかし「実名報道の効用の一つは嗜虐心である」「それはわが国の古来のサブカルチャーらしい」というようなまとめ方は、対立論者を挑発するだけであって『説得』『対話』に相応しくないと思います。
参考
以下、参考にさせていただいた記事とツイートのうち、いくつかを貼っておきます。
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